帰り道

彩乃を駅まで送り、店へと戻る。

夜の十二時を回っているせいか、酔っぱらいが多く。大声で叫んだり、吐いたり、変な笑い声を上げたりしている。

自由気ままに自分達の世界に入り込んでいる姿を眺めながら溢れるのはため息だ。


「道の往来で、やるなよな」


他人の迷惑なんて考えることの無い酔っぱらいたちを眺めるのと気持ちが悪くなる。飲めば、自分もそうなる可能性はあるけれど、こんな風な酔い方なんてしたくはない。


バカヤローと叫びながら四人で肩を組んで道を塞ぐサラリーマン。

ここまでやらないと今の仕事をやっていられないのならば、社会全体が病気なのではないかと不安になる。


「めんどくさい」


星が一つもない夜空。ネオンの明かりがあるせいで昼間のように明るいからだ。

こうして空を見上げれば、田舎の夜空を思い出す。

あの頃は何気なく見ていた空。しかし、場所が変われば違う感想になる。

懐かしいと思うほど、地元を恋しく思っているのだろう。


「駄目だな」


酔っぱらいから距離を取り、人のいない方へと道を選択する。

やることは山ほどあるのだ。気持ちを沈めていて書けるものではない。明日も早いのだし書けるとこまで書いて寝ないといけない。


自分でやると決めたのだ。彩乃に背中を押されるだけではいけない。

それは分かっていても、甘えてしまう自分が居る。弱い自分が心の奥底で笑っている。


諦めようと。楽になろうと。


それを振り切って、足を店へと向ける。

ネオンの少ない方へ。

暗い道へ。

少しでも人が居ないへ。

一人になれるような場所へと歩く。


「俺は……」


ドンッ。


「うぉ?」


手のひらを眺めていたら、後ろから何かがぶつかった。

近くの店は閉まっている。走り出した酔っぱらいかと後ろを振り向けば、小さな頭を押さえた少女が蹲っていた。


「えっ?」


こんな夜遅く。それもビジネス街に子供?

疑問が頭をクルクル回る。


「いたた。あれ? 痛い……」

「大丈夫、か?」


蹲った少女が勢いよく立ち上がる。

ネオンから離れているとは言え、近く程度ならばしっかりと見えるくらいには明るい。

金色の、腰まで届く長い髪を揺らし、大きな瞳でジッと俺を見つめる少女。


外人、かな?


日本語が聞こえたが、見た目は日本人離れしている。目鼻などは日本人と同じ感じではあるが、髪が特徴的だ。

こんな見事な金髪。染めてなんて無理だろうと思う。漫画やアニメでしか見ないような透き通る金色だ。


「お兄、ちゃん?」

「いや、俺に妹は……」


言い淀む。どう答えるべきか悩んでしまった。

俺は……


「分かってるよ」

「えっ?」

「お兄ちゃんの妹さんは、もうこの世に居ないんだよね」


真剣な眼差しで見つめる少女に、ふつふつと怒りの感情が沸いてくる。

分かっているにも関わらず、俺のことをその名称で呼ぶことに、強い苛立ちを覚えたのだ。


「俺の妹は、奈々ななだけだ」

「うん。それは分かってる。でも、お兄ちゃんのことをお兄ちゃんと呼びたいんだ。駄目、かな?」

「お前は、どこまで、何を知ってる?」


見た目は、小学生程度の少女にしか見えない。それなのに、何か得体の知れないものを目の当たりにしているような気分になる。自分のことを、全て見透かされているような嫌な感じだ。


「お前。じゃないよ」

「なら、なんて呼べばいいんだよ?」

七機なき僕の名前は七機だよ。神様が作った人形ひとかたの一人」

「七機。人形ひとかた?」


なんだか、訳の分からない展開になってきた。そのために、怒りがどんどん消え失せていく。

脳が状況を整理するために冷静さを取り戻そうとしているようであった。


「そう。七機は、数字の七と機械の機で七機。人形ひとかたは人の形って書くよ」

「つまり、人形にんぎょうってことか?」

「そうとも言えるね」


神様の作った人形ねぇ。

事実は小説より奇なり。なんてことはよく言うけれど、こんな物語から飛び出たような状況が目の前に訪れるなんて思いもしなかった。

しかし、そうであるならばなおさら不思議である。


神様が、俺なんかのことを知ってるとは思えない。

人間なんて、神様から見たら蟻のようなものだろう。一人一人のことを調べたり観察したりしないはずだ。

だとしたら、なんで七機は俺のことを知ってるんだ?


「なぁ、さっきの質問を繰り返すんだが……」

「どこまで、何を知ってるか?」

「そう」

「僕は、お兄ちゃんのことならなんでも知ってるよ。神様からそう作られたわけじゃ、ないけどね」


にゃははと笑いながらあっけんからんに言う。


「頭がこんがらかってきた」

「大丈夫。お兄ちゃん?」

「基本的に、おま……七機のせいだよ」


お前と言いそうになり、言い直す。

そう呼ばれることを嫌っているように感じたからだ。


「めんどくさいなぁ」

「もう。お兄ちゃん」

「面倒は面倒なんだよ。しかし、人形にんぎょうねぇ」


頭に触れてみる。

柔らかい手触りや暖かさは、人のそれである。

絹糸のような髪はずっと触れていたいと思わせる質感で、やみつきになりそうだ。


「うにゅう。いきなり、何するの?」

「ああ、悪い。人形にんぎょうって言うから、そんな感じなのか確認したくて」

人形にんぎょうじゃなくて人形ひとかた。人の形をしているだけだよ。動けるしね」

「動く人形ねぇ。コッペリア人形かな」

「コッペリア人形?」

「なんか、そんなのがあるんだよ。アニメでそれらしい言葉あったから覚えてるだけだ」

「ふぅん。でも、それいいね! 僕のことは、コッペリアンって呼んでよ。コッペリアン七機。よくない?」


嬉しそうな七機に頬杖をつく。


俺のことをお兄ちゃんと呼ぶ不思議少女七機。この出会いが、俺の人生を大きく変えたことを、今の俺は……まだ知らない。

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