王子様は、甘党の吸血鬼。メイドの私を伴侶にしたいって本気ですか!?

柊 一葉

第1話 使者を追い返す王子様

暗闇の中、いかづちに似た光を放つ吸血鬼の城。


普通の人間は決して近づかない。近づいてはいけない魔の城。


私は、この城で仕えるメイド。

アウローラという名前は、亡き母がつけてくれたらしい。

薄茶色の髪に黒い目。メイド服を着た、どこにでもいるシンプルかつどこまでもメイド、それが私である。


母は人間だったので、私は吸血鬼と人間のダブル。とはいえ母体が人間ということで、私自身はいたって普通の人間だ。



そう。今、目の前にいる怯え切った男とは違う。



「ほ、本日は、ヴァンピールの頂点に君臨するシャビオベルク殿下にお目通りが叶い、恐悦至極に存じます」


ヴァンピールとは生き血をすする一族の総称であり、吸血鬼の国を示すもの。

この男は隣国からやってきた、和平のための使者だ。


つい二年前まで、人間が治める隣国とは戦争をしていた。向こうが勝手に「吸血鬼を駆除しよう!」と盛り上がって襲いかかってきたのだが、そもそもの戦闘力が違うので、ヴァンピールはあっさり返り討ちにした。


そして、たった三か月で和睦し、それ以来ずっとご機嫌伺いという形の訪問が続いている。


ようやく挨拶を言い切った使者は、顔面蒼白で今にも倒れそう。

けれど、その隣にいる聖女はもっと青白くカタカタと震えているのがわかる。


かわいそうに。

きっと無理やりここに連れて来られたんだろうな。聖女なんて連れてきても、何の意味もないのに。


「おまえたちの弁は聞き飽きた。用件を手短に話せ」


シャビ様ったら今日も冷たい。


「は、はい!」


彼らを見る我らが殿下は、煌びやかな玉座に座り、気だるげな顔をしている。

怒っているのではなく、やる気がないだけなんだけれど、使者は今にも泣きそうな顔になった。


シャビ様は齢80歳という吸血鬼にしては若年で、人間で言うと17~18歳くらいの青年に見える。


まっすぐの黒髪は、この国の名産であるバニラの実のように艶やか。

金色の目は凛々しく、赤い唇は青年期の色香を放っていてとても見目麗しいお方。


ただ、やる気がないのだ。


はい、これは大事なので繰り返す。この方は、やる気がない。

王太子になりたくてなったわけではないのだから、致し方ないか……。


「殿下、これは貴方様への貢物でございます」


シャビ様に怯え切った死者の男は、金髪碧眼の美しい聖女を差し出す。


貢物が人間って、どこまでも腐った国だなぁ。

そう思っているのは私だけではなく、周囲いた執事もメイドも重臣たちもみんながイラッとした顔つきになった。


「ほぉ、この娘の血を吸えと?」


殿下は無表情で、けれど静かに怒りのオーラをじわじわと放つ。


あぁ、謁見の間で人の血を吸うとかないわ。

バカにするのも大概にしてもらいたい。血が飛び散ったら誰が掃除すると?私だ!!


「おろかね」


「バカのやることだな」


謁見の間が、嘲笑で溢れる。


シャビ様は、半眼で使者を睨んでいた。


そして、つけていた王冠を使者に向かって投げつけると、とうとうブチギレてしまった。


「人間の血なんてマズイもんが飲めるかぁー!」


(((えーーー!?)))


使者は驚いた顔をしているが、殿下の血液嫌いは側近の間では有名だ。こうして公の場で宣言したことはさすがになかったけれど。


「おもたせって言ったら甘いもんに決まってんだろ!?おまえの価値観どうなってんだよ!?」


殿下は無類の甘いもの好き。

いえ、もはやお砂糖中毒と言っていい。


「帰れ!二度と来るなぁぁぁ!」


こうして使者は聖女もろとも追い返され、隣国からのご機嫌伺いは一瞬にして終了したのだった。







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