p6.返却と不在のお知らせ


「まずは、一番多い財務部会計課ね」


 山のような書類を、四人で抱えて持っていく。もちろん私も持っていくわ。ドレスだから、一番少ないけれど。


 会計課は階段を二つ降りた三つ先の部屋。扉をノックすると、中から訝しげな表情の男が出てきた。


「何だ? どこのお嬢様だ」


「ここは、財務部会計課で間違いございませんか?」


「そうだが……って、オイ!」


 私は遠慮なく中に入ると、整頓された机の上に、どんどん書類を置くよう命じた。

 部屋の中には彼ともう二人しかいなかった。しかも二人は、遊戯盤ゲームしてるんだけど。昼休みには早くない? 人数だって机の数から倍以上はいるはずだわ。書類を持って行った直後かしら?


「は? なんだこりゃ!」「うん? どうし……はぁ!?」「ちょ……お前これどういうことだ」


 三人の男たちが騒いでおりますけれど、知ったこっちゃないわ。どさどさと積み終わって満足。


「王太子の執務室に間違ってやって来た会計課の書類ですの。確かにお返ししますわ」


「何を言って……!」


「それとこちらは、清書待ちだった書類ですわ。この程度ならわたくしもできますから、お手伝いしました」


 会計課の清書待ち書類『今年前半の会計課の予算案』と『会計課慰労会のお知らせ』。慰労会というのはどこもこの時期にやる行事なのかしら。


 にっこりと渡した、それを見た男は困惑している。


「おま……これを書いたって、お前がか?」


「そうですわ。あと、今日の午後から明後日までトゥール・ヴェーレは王太子執務室におりませんの。第一王女の命令で」


「は?」


「なので、火急のもの以外はお持ちにならないでくださいまし」


 では、と言って私は三人を引き連れて出る。会計課の文官にも、引き続き手伝ってもらう。

 だって多いから。めっちゃ多いから!



 そこから四人で、各庁、各部署に書類を持って往復し、とおる君不在のお知らせと、不要な書類を持ってくるな、をとても丁寧な言葉で言っていった。


 割りと悪役我儘王女の顔は知られていないっぽかったので、自分が何者かはわざわざ言ったりしなかった。お嬢様って言われたから、貴族だとは思われてるんだろうけど、王女とは思わないみたいだし。聞かれてないので言いませんー。

 まぁ、以前よりも大分地味な服装をしているものね。悪役我儘王女といえば、派手な格好。それは知れ渡っているんでしょう。



 さてさて、最後の部署に向かいましょうか。


 総務部中央課。


 ここは私を知っている、宰相のいる部屋。ノックをするまでもなく、衛兵に誰何された。これは名乗らないわけにはいかないわね。


「第一王女、ジセリアーナ・フィア・ダビィスレイアですわ。『王太子』として宰相に相談したいことがありますの。いらっしゃるかしら?」


 すると、一瞬驚いた顔をした彼はすぐに表情を引き締めて、宰相に取り次いでくれた。


「王女殿下がおいでとは、どういったご用件ですかな?」


 睨むようにこちらを見る、このダンディな方が、宰相のホーカンソン公爵。父の従兄、って私の何って言ったらいいのかしら? 

 彼はジセのことが嫌いなの。だけどそれは彼が公正公平な方だからよ。無茶な癇癪で、不当に虐げられる人がいるのが嫌なの。愛妻家だし、『私』の理想なんだけど、まぁそれは置いといて。


「王太子の執務室にこのような書類が来ておりましたので、わたくしの執務の練習にしてしまっても良いものか、お尋ねしようと思いましたの」


 そこで出したのは、とある法案の草案。宰相は目を丸くした。


「これは……」


「わたくしの補佐をしてくれているトゥール・ヴェーレの机の上には、他にもこれだけの総務のものと思われる書類がございましたわ」


 三人の文官に持たせた書類を示す。会計課ほどではないけど、まあまあの量。宰相は顔をしかめた。


「わたくし、今更ですが、王太子としての仕事をきちんとしたいと思って執務室に通っておりますの。けれども補佐の彼はいつも大量の書類に追われておりまして、まだ簡単な書類しか戴いていないのですが、合っているのかどうかもなかなか聞きづらいんですのよ。そこで、彼のお仕事を減らすことはできないかとご相談に上がりましたの」


 総務部の仕事は広い。地方の取りまとめや各部署との橋渡し。新事業の発案に法務部への提案。冒険者の取りまとめもこの部署で、だから似たような書類でも担当課が違うなんてことは、総務では当たり前。


 こちらから持っていくには、この中央課に来るしかなかった。


 ならばついでと、総務にかかわらずすべての部署の権限も預かる宰相に相談と言う名の警告に来たのである。


 すごいよ! 悪役王女に、各部署の秘密が丸見えだよ!


 宰相は難しい顔をして、書類を見ていたが、やがてため息をついた。


「これは総務部総務課の書類ですね。お届けいただきありがとうございます」


 すごく眉間のシワが酷いが、まぁ、何か思い当たるものはあったのでしょう。


「では全て宰相にお預けしても?」


「はい。この書類は全て、私マルク・ロベルト・ホーカンソンがお預かりいたします、殿下。また、王にも宣上いたします」


 深く綺麗なお辞儀をした宰相を見て、ああ大丈夫だと思った。彼に任せておけば大丈夫。


「では総務部の書類は宰相にお任せいたします。ああ、ついでにこちらをご裁可いただけますか?」


「これは?」


 それは、とおる君の休暇届。


「書類の整頓中に聞いたところ、もう三ヶ月まともな休暇をとっていないようなの。まとまった休暇はまた改めて取らせるとして、取り急ぎ今日午後からと明日の休暇を彼にいただけるかしら?」


 唖然とする宰相にさらに書類を出す。


「あと、こちらの二人は会計課の文官と総務部の下官なのですって。わたくしが業務外のことをさせてしまったので、それにより本来の仕事ができなかったの。苦情や彼らに対する不当な扱いはわたくしに知らせていただきたくて」


 第一王女の名前で書かれた命令書と覚書。

 これがあると、その間に業務が為されなかったことに対する扱いを、その人物の名で補償してもらえる。さて、悪役王女とはいえ王太子、王族ですわ。文句も言えなくなるはず。


 ……文官と下官が驚いているわ。なんの補償もないと思っていたわね?


 宰相はそれを見て、考え込んでしまった。あのぅ……受け取ってくださらない?


「……そちらは、殿下の御名だけでも、十分に効を発します」


 まぁね。曲がりなりにも私は彼の上司。上司の許可さえあれば休みはとれるし、命令書と覚書は、そもそも書かれた時点で効力が発揮される。

 けれど。


「あら? わたくしにはそうは思えなくてよ。気まぐれな我儘王女の名前だけでは、すぐに認めていただけないのではなくて?」


 書いたのはジセリアーナ・フィア・ダビィスレイアよ。たとえ本人が書いていても、本人が知らないと言い張らないとも言えない。

 ジセの過去が、今の私に振りかかっている。単体では保証されない。


 すると、宰相はひとつ頷き、苦く微笑んだ。


「……よく御学びです。すぐに裁可いたしましょう」


 宰相は書類を受け取り、その場でサインすると、あとは関係部署に回しておくので、すぐに戻って構わない、と官に言った。

 三人はホッとしたようにお辞儀をして、会計課の文官と下官は帰っていった。



「ひとつ、お聞きしても?」


 宰相の言葉になにかしらと応じる。


「王太子の執務室には、今何人の官がおります?」


 私は首をかしげた。


「もちろん、トゥール・ヴェーレただ一人よ。わたくしがサボって有名無実となっていたのだもの。削られたのでしょう。でも、そうね。彼をサポートする下官がいれば助かるわ」


 宰相は目を見張り、けれどすぐに次の質問に移る。


「では衛兵は? 扉を守る衛兵は何人です」


「三人よ。三人が一人ずつ持ち回りしているの。ふふ、以前のわたくしなら、きっと一人だ、って言っていたでしょうね」


 なるほど、ジセリアーナがどれ程変わったか試しているのね。そうね、以前なら侍女や衛兵なんて飾りか部品だと思っていたから、いちいち数も顔も覚えていなかったでしょう。


 にこにこ顔で返せば、宰相は、左様でございますか……と考え込んでしまった。おやぁ?


「いえ、大変参考になりました。殿下はだいぶんお変わりになられたようですね。良いことです」


 やがて、顔をあげた宰相は、今まで見たことがないぐらいに朗らかだった。

 少し、認めてくれたのかしら。公正公平を胸とする宰相に認めてもらうのは、ジセが変化した証としてとても嬉しいこと。


 私も満面の笑顔で返し、とおる君と二人、部屋を辞した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る