p2.現状確認しよう

 

 私は、まず日記帳を開いた。

 施政者として日々の行動は記録しておくべき、という理由でつけられたジセリアーナ……ジセの日記。


 すぐに閉じた。


 これは日記というより、恨みと妬みと呪いを込めた黒歴史帳だ。封印せねば。


 私は新しい日記帳を開いた。


 そこに、覚えている『乙女ゲーム』の設定をできるだけたくさん書く。

 すでに、『私』とジセの記憶は混ざりあい、曖昧になってきている。

 書いておかねば、忘れるかもしれない。



 こうだ。


 タイトルは『ゆめ見る黄昏たそがれ~My Sweet Knight~』。略称『夢黄』。『ゆめたそ』とか『ゆめき』とか『むおー』とか読む。それはいい。


 舞台は中近世ヨーロッパ風、剣と魔法の異世界。

 内容は、男爵令嬢が様々な高貴なイケメンと恋愛をしながら、この世界を救う、というよくあるタイプ。

 主人公である男爵令嬢は、聖属性魔法を使うことができる唯一の存在で、聖属性でなければ、この世界の崩壊を止めることができない。

 それゆえに、様々なイケメンからサポートを貰えるのだ。



 さて、この聖属性魔法だが、ジセの異母妹、リスティナも使うことができる。何なら主人公より強い。

 なのに、何故『唯一の存在』となっているのかというと。



 ジセが殺したのだ。あのリスティナを。



 理由は、婚約者を誑かしたから。

 つまり、今回倒れて、『私』の意識がここにある原因。あのガゼボでの二人の会瀬を見たことが、リスティナ暗殺計画の発端なのだ。


 あっぶな。もし、『私』の記憶や意識がジセに介入しなければ、今頃、暗殺者でも雇っていたかもしれない。



 ゲーム開始時に、主人公は16歳、ジセは二つ上の攻略対象である公爵子息と同じ、18歳だ。

 今、ジセは15歳。ゲームでジセの妹が死んだのが何歳かは言及されていなかったが、ジセの性格上、すぐに動いてもおかしくない。

 むしろ、開口一番、殺害を指示しそう。


 ダメだ。ゲームをやり込んだ上で、この場に転生したからこそわかることだが、この世界の崩壊は、このリスティナ暗殺から始まっている。


 『夢黄』での一番のバッドエンドは、悪役の妨害による攻略失敗ではない。

 主人公や攻略対象が住む、この世界の崩壊だ。


 確かに主人公は、聖属性持ちだが、世界崩壊の阻止には、ギリギリの力しか持っていなかった。攻略にかまけて、主人公の育成をサボると、すぐにバッドエンドになってしまう。


 世界崩壊の原因は、魔王の干渉による魔素の循環不全。


 水が地球の中を循環するように、穢れはこの世界を魔力のもと、魔素となって巡る。それを、魔王とその配下が独占するために穢れのまま溜め込み、それにより世界が維持できなくなってしまうのが崩壊の元凶だ。

 誰かが世界中の水を溜め込んで、世界的な水不足になるイメージ……かな。地球じゃ不可能だけど。


 魔素は、この世界に生きるすべての動植物にとってまさに水。なければやがて死んでしまう。



 阻止するためには魔王を倒し、穢れを浄化せねばならない。その浄化に必要なのが、聖属性魔法。



 主人公では足りない聖属性魔法も、リスティナならば十分だ。なんならあと3年で、さらに成長するかもしれない。


 ジセの小さな嫉妬で、世界を崩壊させてはいけない。



 ちなみに、ジセは、世界が崩壊する前に死ぬ。すべてのシナリオで、必ず。


 主人公に様々ないやがらせや妨害をして、処刑されたり、追放後に魔物に殺されたり喰われたり、盗賊に襲われて殺されたり、逃げようとして民に見つかって殺されたり、魔王と結託しようとして失敗して殺されたり、魔王に捕まって見せしめに殺されたり、とにかく、ろくな死に方をしない。

 R18な本だと、泣き叫びながら犯され殺されるのが定番です。正気を失うまでがセット。絶対イヤ。



「私はせめて、穏やかに死にたい」


 そのための行動は、ぜひ今からしておかなくては。


 私は懸命に思い出しながら、『夢黄』の中の出来事や、人名・地名を書き出していった。


 全て日本語で。これなら見られても内容は私にしか読めない。鍵つきの日記とはいえ、念のためだ。




 ◆




「ジセリアーナ……様?」



 粗方書けたかと、見返している時に、音もなく侍女が入ってきて、私を見て目を見開いた。

 まだ、寝てると思ったのかしら。真っ昼間なのに。

 まぁ、たぶんだいぶん長い間寝ていたのでしょうね。それでもノックはするべきだとは思ったけれど。


 でも、タイミングとしては良かったかもしれないわ。ゆっくり日記を書けたしね。

 なので、飲み物を頼む。


「あら、ちょうどいいわ。お茶を入れてちょうだい……ゆっくりでいいから」


 悪役王女ジセの所業を思い出して、一言付け足す。

 どれぐらい眠っていたのか聞きたいけれど、後でいい。10数える間なんて、短気なことは言わない。


「は……はいっ。ただいま……!」


 それなのに侍女は慌てて出ていった。扉も閉めないままで。

 ゆっくり……って言ったのに、逆に受け止められちゃったみたい。あうぅ。これは修正が大変だ。

 けれど、扉の向こうもジセの部屋だけど、できれば閉めていってほしかったなぁ……。まぁ、仕方ないか。

 すぐに戻ってくるかもしれないので、扉は開けたまま、日記帳をベッド脇のチェストの棚にしまった。



 そして、1分も経たないうちに、茶器を持った侍女が、他数人の侍女を連れて戻ってきた。


「ジセリアーナ様! 具合はいかがでしょう」


 そう言って頭を下げたのは、侍女頭のララ。彼女の方がよほど具合が悪そうだ。顔が青い。

 まぁ、でも、ジセのこれまでの所業を思えば、そうなるわよね。

 心配でもすれば、逆に嫌みだと受け取られかねないし、それは言わないでおこう。


「少し頭がいたいわ。私はどれぐらい寝ていたの?」


「三日でございます、ジセリアーナ様」


 三日!


 そうかぁ、ジセは三日寝込んだのかぁ。


「ショックは酷かったのねぇ」


「ジセリアーナ様?」


「なんでもないわ」


「医師を呼んでよろしいですか」


「そうね、お願い」


 そう言って、髪を整え、ドレスを用意する彼女らを見やる。


「今日は、ベッドから出るつもりはないわ。髪を梳かして、寝間着を替えさせて。ああ、でも湯殿だけ、使いたいわね」


「左様ですか、かしこまりました」


 ……ジセの感覚が、けっこう残ってるのね。人を使うことに戸惑いがない。

 うん、第一王女で、王位継承者だ。この方がいい。


「しばらく、服装も、もっと控え目にしようと思うのだけど……それはまた、明日以降ね」


「控え目……でございますか」


「ええ、装飾品も、3つ以内にしたいの」


 ここで、全侍女が私を見て固まった。

 まぁね、ジセってばいつも最低5種は着けてたから。


「髪もあまり結い上げないで……楽なスタイルを探したいわ。手伝ってくれる?」


 侍女頭のララに向かって、すまなそうにみえるように笑ってみる。

 どうかな? いつものジセとは違って見えるかしら。


「もっ……もちろんでございます、ジセリアーナ様」


 どもられた。顔もひきつっている。

 まぁ、おかしいんだろうな、仕方ない。


「ありがとう。……いつも我が儘で、ごめんなさい」


 少し、付け足すと、全員が目を見開いて硬直。

 スッゴい絵面が怖いことになってるよ。


 まぁね、いままでのジセリアーナなら、絶対に言わないもの。

 少しずつ、少しずつ、ね。


「髪を梳かしてちょうだい」


 声をかけると、ブラシを持った侍女の硬直が溶けて、動き始めた。それに合わせたように、他のみんなも動き出す。


 うん。少しずつでいい。


 殺されフラグを避けるためには、少しずつ。

 自分に言い聞かせる。目標は遠いけど、一歩一歩進めば、確実に変わるはず。焦らず行こう。






 湯殿お風呂から帰ってくると、医者が待っていた。体に問題はないが、もうしばらくは休むように言われた。


 うん。しばらく部屋に籠ろう。



 

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