第31話 キスの味はステーキ丼

「美味しい!」

 妙な雰囲気が漂っていたのも忘れて言っちゃうほど、美味しいステーキ丼。

「昨日のイタリアンより?」

 ほら、やっぱり怒ってる。

「比べるもんじゃないよ。凄くいいお店だったからリュウの怪我が治ったら一緒に行こうよ」

 んー、なんか機嫌を取るような事いっちゃった。

「じゃぁ、明日行く」

 イキナリ!?

「明日ぁ!?」

「うん、明日」

「そんな慌てて行かなくても。ほら、子猫のお世話もあるし」

 リュウ、むすっとしちゃった。

 ピーッ!

 一瞬静まり返った部屋に、子猫の鳴き声! ナイス!

「はいはい。どうしたのぁ」

 急いで段ボールを除くと、目が覚めて寂しくなっちゃったみたいで一生懸命動き回ってる。

 はぁ、かわいい。

 しっぽはもうちょっと大きくなってから出会ったもんね。

「どれどれ」

 リュウが隣によっこいしょと座って、子猫を優しく掴むと鳴き声が止まった。

「すごい」

「名前、決めてやんないとなぁ」

 そうだね。

 そんな会話をしながら、リュウは慣れた手つきで子猫に排泄をさせた。

「おおおおお、沢山出たね」

 さっきまでの妙な雰囲気を忘れて、はしゃいでしまった……。

「さっき、沢山飲んだからな」

 リュウも何だか嬉しそうだし、いつの間にかシッポも私達の側に座ってる。

 何か、家族みたい……。

 なんてね。


 ☆ ☆ ☆


 子猫はたっぷりとミルクを飲んで、また眠ってしまった。

「で、今後の事なんだけど」

 リュウが食後の牛乳を飲みながら、あ、本当は珈琲とかビールといきたいところなんだけど昨日事故にあって、いや転んで骨折って手術した人が流石にね、と骨が早くくっつくようにカルシウム豊富な牛乳で。

 で、その牛乳を一口飲んで静かにグラスをテーブルに置きながら言った。

「暫くは一緒に住む事になるんだし、色々決めておいた方が良いんじゃないかと思うけど。ノリはどう思う」

 え?

 今何て言った?

 一緒に住む?

「ノリが嫌なら暫く子猫を預かって、俺のマンションに移動するけど」

 いやいや、子猫はうちの子にするってもう決めたんだけど……。

「じゃぁ、ノリが俺のマンションに子猫の様子見に通う?」

 は?

「どうせ俺この腕が治らないと仕事ならないし。だったら子猫の面倒くらいみれるし」

 それは確かに、確かに最強の助っ人だけど!

 ここだろうと、リュウのマンションだろうとお互いの生活スペースに侵入するって事よね?

「ちょっと、ちょっと一瞬だけ考えさせて!」

 って、なんでトイレに逃げ込むのよ私。

 別にリュウと生活するのは嫌じゃない。そもそも子猫の為だもん。でも、やっぱり緊張すると言うか、何というか。

 じゃぁ、リュウが子猫を連れて帰って私が様子を見に行く?

 いやぁ、正直仕事終わってリュウのマンションまで行って帰って来てなんて、考えただけでも疲労感が凄い。

 次の選択肢としては、リュウの助けを借りずに一人で子ネコの面倒を見る。

 これが一番のシンプルで良いんだろうし、子猫を引き受けると決めた以上そうするべきなんだろうけど。

 うん、自信ない。

 仕事だって、これから忙しくなりそうだって言うのに。

 となると自分の生活圏に助けてくれる人が居ると言うのは、非常に有難い状況。

 うん、選択肢は一つしかない!

 のに、決心がつかないよぅ。

 アキと同棲を決めた時は、こんなに悩まなかったのになぁ。

 ん? これって同棲な、の?

 脳裏に浮かぶのは、手慣れた様子で子猫の世話をするリュウの姿。

 何より今回の場合は、子猫にとって一番の選択をするべきだよね。

 よし!

 

 ☆ ☆ ☆


 意を決してトイレから出ると、リュウが帰り支度をしてた。

「ちょっと、何してるの?」

「いや、子猫も寝たし一度かえろうかと思って」

 一度帰る? どういう事

「朝ノリが出かける頃に来るよ」

 そんな、私決心したのに……。

「居てよ……」

 思わず声に出てた。

「いいのか?」

 リュウが手を止めた。

「うん。いて欲しい」

 おいおい、私どうした。

「そっか。仕事から帰って数時間置きの子猫の世話は無理だもんな」

「そうじゃなくて」

 うわー、恋愛リミッター吹っ飛んでいく音が聞こえた!

「ん?」

 リュウが何かを察した様子。

 何かって?

 私の恋愛リミッターが吹っ飛んだ事に決まってるでしょ!

 たぶん……だけど。

 リュウがゆっくりと私に近付いてきて、そして、そして……

「いてっ!」

 私を抱きしめようとして、折れてる腕を動かしてしまった。

「大丈夫!?」

「なんか台無しだな」

 リュウが苦笑いしてる。

「そんな事ないよ」

 ちょっと背伸びして、痛がっているリュウの頬にキスをしてみた。

 こっわー。恋愛リミッター紛失した私、こわい!

 でも。凄く幸せな気分。

 リュウはちょっと驚いた顔をしたけど、無事だった右腕で私を抱きしめた。

 抱きしめられて、見つめあって、そして。

 ほっぺにチュ、ではないキス。

 ちょっと待って。

 キスの間って息、どうしてたっけ?

 こ、このままじゃ鼻でぶわーっと呼吸をしてしまうじゃない!

 焦った瞬間、リュウの顔が離れた。

「骨さえ折れてなかったら、このまま押し倒すトコなんだけどな」

 見つめあって

 ふふふ♪

 うわー、こんなの何年振り!!!!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る