魔力ゼロの童顔魔王(予定)とショタコン女神たちが仲良く平和を目指します!

真夜中のうま茶

第1話 旅立ちの日

 15歳の成人の日、僕は、それまで育った家族とも言うべき人たちが住む孤児院から巣立とうとしていた。


 このミズガルド大陸には、大陸名でもあるミズガルドの名を冠したミズガルド王国をはじめ、多くの国が存在している。ここで暮らす人族は、十五歳の誕生日になると成人して、それぞれの道に進むことになる。僕はこのミズガルド王国に暮らしている。


「フォーちゃん、頑張ってね。辛くなったら先生のとこに戻ってくるのよ!」

「やっぱり心配だから受付まで一緒について行こうか? フォーちゃん可愛いから誘拐されちゃうわよ…」


 孤児院の外でお世話になったシスターたちが涙ながらに見送りしてくれる。

 ロタ姉とスクルド姉だ。フォーちゃんという子供っぽい呼び方はやめて欲しいと何度も言っているが、ついに聞き入れてもらえなかった。僕にはフォルセティという名前がある。ちょっと言い難いかもしれないが、15歳の成人男性にフォーちゃんはないだろう。ご近所さんの手前ちょっと恥ずかしい。


 ただ、このブリュンヒルデ孤児院のシスターたちには、生まれた時からとても世話になった。


 ロタ姉は、燃えるような赤い髪をショートカットに切り揃え、褐色の肌が特徴的な健康美人タイプだ。スラっとしているが女性らしい丸みが彼女の優しさを全力で表現していた。いつも元気で運動神経も抜群で、武闘に関する稽古はすべて彼女が行なってくれた。強く、優しく、元気な美人さんだ。身体の線が細く、なよなよとした幼い頃の僕を親身になって強くしてくれた先生でもある。

 剣技では追い抜いてしまった今でも、たまに僕の悪い癖などを見つけ、注意してくれる。


 まあただ、教えながら息を荒げ、目が血走り、僕の身体のあちこちをベタベタ触り過ぎな気もするが…。


 スクルド姉は白い肌に金髪でふわふわした雰囲気がいかにも優しそうだ。胸の膨らみが包容力を感じさせる。すごく幼い頃、怖い夢を見てなかなか寝付け無かった僕を抱きしめながら添い寝してくれたのをよく覚えている。

 夜安眠できるようになったのはスクルド姉のお陰だ。魔法の使えない僕に魔法の理論や知識について丁寧に教えてくれたのを覚えている。


 まあただ、今でも人の布団に入り込んで人を抱き枕にするのはやめて欲しいけど…。


 後ろには理事長先生もいた。

 年の頃はわからない。いわゆるおばちゃん世代だと思う。顔は綺麗だと思うが、がっちりした体つきなのでゴツい人、という印象が強い。もちろんそんなことは本人に絶対言えない…。


 この孤児院では、シスターたちを先生と呼ぶ。初等教育で必要なことをすべて教えてくれるからだ。理事長先生はその筆頭である。


 ちなみに僕は、院長先生を除く先生たちから、名前+姉という呼び方で呼ぶように指導されている。というか強要されている。そうして指定された呼び方で呼んであげると、先生たちが喜ぶので、僕としては特に文句はない。


 あと、さっきも言ったが僕は魔法についての才能が全くない。

 知識や理論はスクルド姉が丁寧に教えてくれたおかげですごく身に付いたが、魔法の実践が全くできない。ただ魔力も全く無い。全く無いというのはこの世界では相当珍しいらしい。魔法に詳しいスクルド姉も院長先生も、こればっかりは首を傾げていた。


 それでも生きていくためには、ロタ姉が教えてくれた剣術もあるし、そこまで困らないだろう。


 ただ、魔法の実践はできないが、似たようなことはなんとなくできる。


 最初それを院長たちに見せた時、皆驚き、それからというもの、その魔法に似た何かを面白がって僕にいろいろなことを教えてくれた。


 魔力量に関係なく魔法に似た何かを実践できるせいか、禁術のようなものまで再現というか、なんとなく真似することができた。

 院長は僕が何か覚えて実践するたびに、


「フハハハ、…また一つ禁呪を使えるヤツがミズガルド王国に誕生したぞ! ザマアミロ!」


 と目を見開き怖い顔をして叫んでいた。本当に怖いので止めて欲しかった。


 ちなみに理事長先生は昔、歴戦の国家魔法士さまだか騎士さまだったらしく、魔法研究の第一人者でもあるとか…。


 孤児院によく偉い人が来て教えを請うている。みんな感動して帰っていくのできっと素晴らしい人なんだろう。たまに応接室からボコン、ドカンという音がしており、その後、顔を腫らして帰って行く人を見たことがあるが、まさか理事長先生の仕業ではないだろう、と信じたい。

 院長先生は厳しいけど良識があり、本当は優しい先生なのだ。


 まあ禁術は人に教えたりしてはいけないらしいが…。


 とにかく、とても明るくて元気で、そしてキレイで優しい、僕の自慢の先生たちだ。

 本当に僕たちのような孤児のことを、大事にしてくれる。親のいない僕がこうして成人できたのは、間違いなくこの孤児院の温かい環境があったからだろう。


 …ただ、ちょっとやり過ぎというか、愛情が深過ぎるというか、というときもあるような気がするけど…。


「フォーちゃん、やっぱり冒険者なんて止めない? ここに居てよ、ね?」

「そうそう、それがいいわ。お風呂とか今日も一緒に入ろ? ね?」


 未だロタ姉、スクルド姉が必死になって引き止める。

「バカ言ってるんじゃないよ! 男の子は強くならないといけないんだよ。自分で自分を守れるぐらいにね。あとここの家賃もフォル坊が稼ぐ予定なんだからね!」


 後ろから理事長先生がロタ姉とスクルド姉を叱る。

 確かに仕送りができるようにならないと、とは思う。家賃、家賃っていつも言ってたし…。

 こういったシーンも、この孤児院では日常的だ。通りかかる近所の人はクスクス笑っている。

 ちょっと恥ずかしいが、ここを離れるのが寂しいのも確かだ。


「なんだか最後までちゃん付けは止めてもらえませんでしたね…」


 などと言ってみる。寂しいのを隠すための照れ隠しだった。ただ、すごくお世話になった人たちだが、年頃の男子としては、ちゃん付けを止めて欲しいというのも事実だ。


「え~? そんなこと言うフォーちゃんも可愛い!!!!」

「こらスクルド! フォーちゃんのこと、ちゃん付けはダメでしょ? 嫌がっているでしょ? ねえ、フォーちゃん?」


 と咎めるロタ姉もちゃん付けを止める気がないようだ。


「…あ、アハハ、ハア…」


 ため息が尽きない。


 まあ確かにこの童顔じゃしょうがないかもだけど…。

 まあ確かにこの背丈じゃしょうがないかもだけど…。


 魔法はともかく、剣をいくら頑張って鍛えても、背丈と童顔は治らなかった。まるで呪いのようだと思った。本当にちゃんと成長するんだろうな、といつも心配になる。


 僕の心配を余所にロタ姉、スクルド姉は目に涙を溜め、僕にしがみついて離れない。こうなると僕もなんだか出立し難い。

 ともあれ、男子の旅立ちである。


「…なんか寂しいけど、僕はそろそろ行きますね。活躍して孤児院にしっかり寄付できるように頑張りますよ」


 そう、僕は1人前の男子として、恩返しがしたかった。育ててくれた先生たちや理事長、孤児院に仕送りができるぐらい活躍して…。


「うわあああああん、ぶぉーじゃああああああん…」

「ハハハハ、スクルド姉、鼻水垂れてますよ」

「うおおおおおい、おいおいおいおいおい」

「ロタ姉、みんな見てますって、ちょっと落ち着いて…」


 下町にある孤児院なので、通りを通る人たちからは様子が丸分かりである。

 先ほどまでクスクス笑いながら通り過ぎていた人たちが、面白がって人を呼んでちょっとした見せ物になっていた。

 かなり恥ずかしい。


「仕送り、忘れるなよ。…フフフ、仕送り、仕送り、これで家賃の心配がなくなる…」

「ハハハ、も、もちろん忘れませんよ…」


 理事長だけがちょっとだけ違うテンションだったけど、とにかく僕はこれから新しい一歩を踏み出すことになる。


「それじゃ! 行って来ますね!」


 泣きじゃくる姉先生たちを適当にいなし、僕は駆け出す。期待に胸を膨らませて。

 

 後世、多くの歴史家が「史上最凶、最強の、少年の姿をした魔王誕生秘話はここから始まった」と触れているが、その分岐点はこの旅立ちであると伝えているらしい。

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