第38話-窮地③

 ロンバルド王国、王都ミラ郊外にある広場に“それ”はあった。蔦が半球状に“何か”を覆っており、広場の外側に家屋はあれど広場の周辺には人一人たりとも近寄ろうとしない。


 蔦は漆黒に染まっており、影にも見えなくはないが実体があることは、近寄らずに遠くから“それ”を眺める者にとっても目に見えて明らかだった。


 その中に閉じ込められている【勇者アイズ】は意識を失ったまま、身動き一つも取ることが出来ない状況で、外部から誰かが助けようとしない限りどうにもならない。


 さらに悪いことに、蔦は隙間を余すことなく埋めつくしているため、アイズの存在に気づく者がいれば助け出したかもしれないが、その可能性は限りなく零パーセントに近かった。




「えっと、この先か……アイズは!」


 グラルは入り組んだ路地や大きな通りを抜けて王都ミラの郊外までやって来ていた。


 しかし、グラルのいる郊外の道の区画はどうにも複雑に入り組んでいるようであり、アイズの場所を探し出すことは至難の業だった。


「仕方ねぇか……【疾風迅雷】!」


 グラルの【積分魔法】により付与された【疾風迅雷】の要素能力でグラルは家屋の屋根の上まで跳躍した。

 そして屋根の上に着地すると、屋根から屋根へと跳躍しながらアイズの居場所を探すことに努める。


「一体どこなんだ……!」


 屋根を飛び越えて郊外を探し回って外にいないと判断したグラルは、次に屋根から飛び降りて、この周辺に住む人達に聞き込みを始めた。


「あの、すみません。最近この周辺で誘拐……みたいなことがありませんでしたか?」

「うん? ロンバルド王立総合学院の学生さんかな? 悪いけど知らないな。もし誘拐があれば誰かが噂するだろうし、今のところは聞いてもいないよ」

「そうですか……」


 グラルは目線を下に向けて俯いた。

 しかしこのとき、グラルの探す時間がかかればかかる程にアイズに降りかかる脅威は大きくなるとも言えた。


 だからグラルは早急に探し出さなければならなかったのである。


「そういえば……今朝から広場が物静かだったとかそんな噂をしていたな……」

「そうですか……って、それは本当のことですか!?」


 グラルはつい流されてしまいそうになったが、物静かだということは人が来ていないということ、広場という憩いの場所であるのに人がいないのは明らかに不自然だった。


「その広場ってどこにありますか!?」

「広場は大通りを城壁の方へ真っ直ぐに進むと途中で右側に見えるぞ」

「ありがとうございます! 【疾風迅雷】!!」


 それを聞いてすぐにグラルは大通りへ戻ると、城壁側へ走り出した。


「い、今のは何だ……!?」


──郊外の住民の戸惑いの声は風に舞うように消え去った。




※※※




──グラルは走る。

 賑わっている大通りを人にぶつからないように屋根の上を走る。


「なっ、何だ、あれ……!」


 グラルは漆黒に染まった蔦のドームを認識するとともに、その中にアイズがいることを確信した。

 そのドームからその内側までは見えないが【勇者探知】の要素能力がグラルにそう告げていたのである。


「待ってろよ、今助けてやる……! 【疾風迅雷】っ!!」


 グラルは包んでいる蔦の一本を両手で掴む。

それを持ちながら今度は外側へ引っ張るようにグラルはとした。


「うぐっ、うわあぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 しかし、蔦の中から苦しむような悲鳴があがって、グラルは引っ張ることを止めてしまった。


「アイズ! 大丈夫か!?」


 その悲鳴がアイズのものだと確認したグラルはアイズに自分の声を聞かせることで、これから助けることを伝えた。


「で、でもトラインが……」

「トライン!? 何であいつが……」


 その時グラルの背後から声がかかった。


「会いたかったぞ、【賢者】ぁ! よくもこのワタシを待たせてくれたものだな! くははははははははは!!」

「っ!? トラインお前……一体どうしたんだ!? 何でお前がこんなことしてんだ!」


 現れたトラインはグラルの記憶にあるトラインとは全く異なっており、やはり一人称の呼び方が“ワタシ”になっていることはグラルにもかなりの衝撃を与えていた。


「何を言っているんだ? ワタシは断じてトラインなどという名前ではない! いいか? ワタシの名は……バースだ! 覚えておけ!!」


 トライン──否、トラインの顔を被ったバースは両手を広げるようにして自分の名前を言い放った。

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