第34話-歴史研究部④

 結果だけ述べると、グラルはファンクにこっぴどく叱られた。


 グラルにはどうやら驚きが気づかぬうちに声に出てしまうようである。しかし、それが前世で散々指摘されていることだったという自覚は本人グラルにはなかった。


「ぷっ、くっ……あっははははははははははは!!」


 放課後、歴史研究部が使う会議室で“そのこと”についてマレーネに愚痴をこぼした途端、マレーネは大きな声で笑い始めたのである。

 いくら警戒するべき人物だとはいえ、グラルの警戒心は壁一枚の防御力すら無かった。

 因みに、アイズはグラルの傍で苦笑をこぼしているが、内心はグラルを今すぐにでも止めたい気分だった。


「いや、だって……それはおかしいわよ! 少し周りに注意を払えばそれで済む話じゃない! ヒーッ!!」

「…………」


 少しずつ下品な笑い方に変わっていくマレーネだったが、笑い疲れたのだろう──荒い呼吸を繰り返して落ち着きを取り戻していた。

 それとともに、マレーネの目がキリッと細められる。


「はあ、はあ……私のことを笑い殺しに来ないでくれるかしら?」

「すいません、どうしても愚痴をこぼしたくて……」

「まあ、いいわ。ところでグラル君、あなたはファンク先生の授業で言った『2はどうした?』って、一体どういう意味なのかしら? まるで2があったみたいに言うじゃない」

「あっ……」


 ふと、失敗したことに気がついてグラルは間の抜けた声をもらした。それにニヤリと口元を歪ませたマレーネはさらなる追い討ちをかける。


「それに……入学式の“あの魔法”、どうやって“あの立体”を水で形づくったの? しっかりとしたイメージがなければ上手く作れるはずがないわ」


 “あの魔法”とは言わずもがなグラルが作り上げた正十二面体の形をした水である。

 正十二面体を精密に再現するには並はずれた空間認識能力と頂点や辺、面の数をしっかりと知っている必要があった。

 その点、グラルには数学オタクとして数学という学問を突き詰めていたために、そのような条件はとっくにクリアしていたのである。


 しかし数学やその他の理系的な学問の発展の見られないこの世界でそれを真似るためにはかなりの努力と知識が必要になってくるだろう。


「さて、説明してもらえるかしら?」


 そして、グラルは窮地に追い込まれてしまったのである。




「なるほど、“五種類の学問”の一つについては極めているということね……」

「はい、それが“数学”です」


 グラルは【転生者】の話を省いて数学を突き詰めていたことだけをマレーネに話した。これは、言ってしまえば当然のことであるが、変に嘘をついて色々と勘ぐられることのほうがリスクが大きいとグラルが判断したためである。


「やっぱり私の見立ては間違ってはいなかったようね……!」

「見立て?」

「そうよ、でも……アイズちゃんもだけど“五種類の学問”に限りなく近いとは思っていたけどまさか極めていたとは思ってもいなかったわ!!」

「は、はあ……」


 この推測が“確信”を持った言動なのか“勘”なのかグラルには分からなかったようで、このタイミングになってやっと警戒心を改めるべきだと思った。


 傍でこの光景を見ていたアイズは、グラルがこれ以上ぼろを出さないように意識しなければならないことと、それをどこかで失敗してしまいそうな気がして不安を覚えるのであった。




※※※




「グラル、ちょっとだけ……いいかな?」

「ん? なんだアイズ?」


 クラブ活動が終わって学院からそれぞれの寮に戻る最中、アイズはグラルの“先程のこと”についてのアイズの心境を伝えるためにグラルに言葉を投げかけた。


「【転生者】とかの話をしなかったのは助かったけど、それでも沢山の情報をマレーネ先輩に与えるのは厳禁だよっ!」

「何を当たり前のことを……あれで情報が多い方なのか?」

「十分だよね!? 馬鹿なのっ!?」


──その瞬間、グラルの表情が驚愕の色一色に変化した。


「なっ……!? アイズ、お前、今……」

「え? な、何?」


 グラルの前世──葛木一也としての人生において、自身の軽はずみな行動や少しズレた行動に水谷由香里によく「馬鹿なのっ!?」と言われていたグラル一也はアイズの姿と由香里の姿が重なって見えてしまったのである。


「いや、何でもねぇよ……」

「?」


 少し残念そうな表情を浮かべた後、ばつが悪そうに頭を掻きながらグラルは帰路についた。

 そして、アイズは依然として首を傾げたままであった。


「グラルの今の表情、一体何だったんだろう……?」

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