035. 大妖火車お燐VS毒神龍九頭大尾竜:承

 頭を潰せども潰せども。潰した端から再生する。

 爆炎で回転力を増した自慢の火の輪も可燃性の毒息と相性が悪い。爆発の衝撃が厄介だ。火の無い車輪では可燃性の毒息を散らそうにも回転力が足りない。強酸の毒液に負けてすぐボロボロになって消失してしまう。ましてや九頭大尾竜の尻尾や頭部から繰り出される強力な一撃を防ぎきることもできない。


 何度目かの尻尾振りがきた。

 火の輪を用意するも耐え切れずに吹っ飛んだ。

 はてさて。吹っ飛ばされるのは何度目か。

 同じことの繰り返しでさすがに限界が来ていた。

 軋む体。自分でも動きが悪くなってきた。霊体だから生者のころのように心臓や頭と部分的にやられても死ぬことは無いが、霊体を跡形もなく散らされれば消滅するし、生者時代の記憶が肉体の損傷を引き起こして再生を遅らせる。精神を消耗して心が折れれば自身を保てずに消滅することもある。無傷無消耗とはいかない。

決定打の無い消耗ばかりの攻防に大分精神的にまいっていた。

 心は逃げて走馬灯を見るように記憶をなぞる。

 メディアに拾われた自分。猫として生きて死んだ猫生ねこせい。化け猫になってまでメディアの元に戻った自分。思い起こせば化け猫になってからだいぶ長い年月が経った。

 われながら往生際悪くこの世に長い間しがみ付いたものだと思う。


 もういいのではないだろうか?


 もともと自分はすでに生を終えた身。メディアはあたしの死を一度は受け入れた身だ。きっと納得してくれるだろう。


 チヨメ。仇を取るとか息巻いてこのざまさね。でもあんたすごいね。死んででも一度はこいつを退けたんだから。あんたあたしより強かったさね。そんなあんたにいつでも連れ戻しに言ってやるとか。顔から火が出そうだ。死んだあんたは何処行ったんだろうね。あんたにもう一度会えなかったのは残念だったけど。お互い死んだ身さね。自身で選んで生を謳歌したんだからあたしがあれこれいうのもおこがましい。

死んだチヨメに口なし。


 弱った心が弱音を吐いた。


‐‐お燐!

 シニエが呼ぶ声が聞こえた。


 転がる中で地面を叩いた。軽く浮き上がった空中で身を捻る。


 シニエはあそこで待ってる。

 あたしが消えたら誰が向かえに行くんだい!?


 地面を認識して四足付いてしっかりと地を踏みしめる。地滑りで勢いを殺した。

 追撃を想定して中空の火の輪を解除。その分を荷車の火の輪に回した。

 追い討ちのブレスが迫るが構やあしない。多少毒の息を背にかぶりながら、全力で火の輪高速回転の四足で逃げた。

 追いかけてくる地響きで距離を測りながら走る。お燐のほうがなんだかんだいって早い。逃げ切ることも出来るだろう。ただ逃げる気は無かった。

 距離を開けることでまずは必要な間合いを確保したのだ。


 九頭大尾竜を倒すには一気に九つの首に致命傷を与えなければいけない。個別に動く九つの首の攻撃を避けながら同時に潰すことは不可能だ。となると取るべきすべは一つしかない。


「九頭大尾竜。あんたを地獄の業火で焼いてやるよ」


 それはとっておきの技だった。

 荷車の火の輪がボボボボボボボと今までに無いほどの爆炎を上げる。六本足で走るお燐の速度が上がった。軌道は徐々に左へ反っていき気がつくと九頭大尾竜の周囲を回っていた。

 お燐に風が巻き上げられて気流が生まれて九頭大尾竜を隠すほどの巨大な竜巻が立ち上がる。しかも竜巻には火の輪の業火が巻き込まれて混っていた。

やがて九頭大尾竜を囲む業火の竜巻が出来上がっていた。


 強酸と毒の息を吐くが業火の壁に焼き払われて霧散してしまう。

可燃性の毒息では近距離で爆発を浴びることになる。九頭大尾竜の強力なブレスにお燐の極熱業火を纏った爆発となればその破壊力は計り知れない。

 九頭大尾竜が業火の竜巻まで顔を近づけると熱気が漂ってきた。お燐の扱う炎は地獄の業火。いくら強靭な肉体と鱗を持つ九頭大尾竜でもダメージを受けるものだった。この業火に爆発の発破が加わったら自身もただでは済むまい。自滅するようなものだ。九つの首が自然と顔を引っ込める。

 とそこで徐々に業火の壁が近づいていることに九頭大尾竜は気づいた。

 お燐は徐々に業火の竜巻を小さくしていた。そうして九頭大尾竜の逃げ道だけでなく、動けるスペースも削っていたのだ。

 九頭大尾竜がそのことに気づいたときにはもう手遅れで身動きが取れなくなっていた。

 このままではただ焼き殺されることになる。

 焦った九頭大尾竜はとある行動に出る。

 体をひねって回転を加えて体を包むように円を描いた尻尾を業火の竜巻根元に振り入れた。

 足元を走っているのなら進路を阻害して止めればいい。尻尾を犠牲にした。

 しかし予想外なことに尻尾は何にも当たらず空振りに終わる。

 進路妨害されたらと考えていたのはお燐も同じだった。だから対策として業火の竜巻を発生させた後は駆け上がって宙を走っていた。つまり竜巻の上から下の何処にいるかわからないようにしていた。

 業火の竜巻を作るために必死に駆け続けるお燐には竜巻内部は見えない。しかし徐々に竜巻の内径が予定通りに縮まっていくことからも手ごたえを感じていた。

 だからこそお燐は気づけなかった。


 竜巻の中で九頭大尾竜の首の一本が身を縮めた。その首一つを三つの首が守るように渦巻状にとぐろを巻いて覆い隠す。そして五つの首が五つの方向に可燃性の毒ガスを吐いた。


 ボンッ


 五つの首による五方向への同時着火の爆発は業火の竜巻を一瞬にして散らした。

 全周一斉爆発に逃げ道は無く。お燐も爆発に巻き込まれて吹き飛ぶ。

 一瞬の爆発音の後に訪れた静寂の中でお燐と荷車のバウンドと地滑りの音だけが響いた。

 爆心地では九頭大尾竜が鎮座していた。ところどころ爆発に体を抉れられて凹凸した歪な巨影の周りには飛び散った肉片と鱗が落ちていた。抉れた凹部分は赤黒い中身を晒している。

 ブレスを吐いた五つの頭は最も酷く。すべて長い首の根元から先が無くなっていた。

 とぐろを巻いた三本の首は爆発に触れた部分の側が吹き飛んで半分無くなっていた。肉が飛び散って骨が露出している。そこから三本の首の残骸を跳ね除けて無事な首が一つひょっこりと頭を出した。

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