023.十王・初江王

 お燐とシニエは二七日(ふたなのか)の裁判所に来ていた。

 これから次の裁判までの合間の時間をもらい初江王に謁見する。シニエと手をつないで裁判所の扉の前に立つ。上司に会うこともあって荷車はオオビトのところに残りの憑き物と一緒に預けてきた。上司への報告が終わったら荷車を回収してこの世に戻るつもりだ。


 入るようにと自然と扉が開いた。

 お燐がシニエの手を引いて裁判所へと入ると一段上の台座に設置された裁判官席にお燐の上司初江王がニコニコと笑って座っていた。

 初江王の初江の由来は三途の川めの入りにいることから。死んで十四日目の二七日ふたなのか。三途の川を渡る亡者の審議、生前亡者にかかわった動物の証言や盗みに関しての罪を見る。本地垂迹ほんじすいじゃくで語られる垂迹(仮の身)が初江王でその本地(真実の身)は釈迦如来――苦行の末に悟りを開いた釈迦族の仏陀ゆえにすべてを見通したようなところがある。部下にはすべて承知していますだから心配ありませんと穏やかな顔に、部下からは慕われている。

「初江王様こちらの子は――」

 左側に並んで立つシニエのことを説明しようとするお燐の言動を初江王が手で制する。

「話は先に閻魔王の第一補佐官殿から聞いています。シニエさんをあなたの補佐獄卒として雇いましょう」

「ありがとうございます」

 どうやら閻魔補佐官が勘違いしたまま突っ走ってくれたようだ。思わぬうれしい誤算。これで大々的にシニエを地獄でもつれて歩ける。

「地獄は万年人手不足。生者の手も借りたいくらいなのです」

「猫の手も借りてるくらいですからね」

 お燐がわざとらしく右前足でコイコイと小招きして猫の手を強調する。

「ただしシニエさんは生者ですから今のところアルバイト扱いになります。後であなたの保護者名義で地獄銀行に口座を作っておきますね」

「よろしくお願いいたします」


「さて。では改めて。遅くなりましたがはじめましてシニエさん。地獄の十人の裁判官のうちの一人。十王の初江王と申します」

 初江王の挨拶に少しだけ口を開いて呆けた顔のシニエの口元が動く。

「ね」

『ね?』

 お燐と初江王が首を傾げる。

「猫は愛情深い・・・」

 場の空気が固まった。

「ああ。うん。確かに地獄に行ったら裁判で言えってあたしがいったね。確かにここ裁判所だけど今使う場面じゃないさね」

 違う違うんだよシニエ。でも間違いじゃない。間違いを正そうにも指示した手前言葉に詰まるお燐。反して以前お燐に言われたとおり答えたシニエは初江王とお燐の反応を見るに自分が何か間違いを起こしたことを雰囲気から悟り硬直する。何がよくなかったのか、どうすればよかったのかと考えが頭の中でグルグル回る。間違ったのなら正せばいい。白の塔で考えたって何もいいことが無かったことを思い出してシニエはちゃんと挨拶する。

「シニエ。よろしく」

 お燐の左前足をつかんだ右手とは反対側。左手を上げて元気に声を張り上げて言う。雑なシニエの挨拶に今度は礼儀を教え込まなければとお燐の口からアハハハと乾いた笑声が出た。

「はい。よろしくお願いします」

 初江王は温和な人だった。

「小さな子は小動物みたいでかわいいですね」

 初江王様は十王になる前、閻魔補佐官の話どおりなら仙境にいたころから動物と戯れるのが大好きで大層動物好きなかただ。しかも一部で動物好きの変態と呼ばれているのをお燐は知っている。ただ小動物とは違いシニエは人の幼子。まさか少女趣味?と少し冷や汗が出た。

「白装束のままだと紛らわしいですね。あとで獄卒の証と共に服を都合しておきます。帰りに受け取ってください。さて。報告を聞きましょうか。この世の情勢はどうですか?」


 この世でのことをお燐は報告をする。

 お燐の担当地区は生前世界この世の東洋。要はこの地獄が管理する大陸の東側全部だ。大陸は東西中央北で四分割されていてそれぞれの地域に根ざした宗教の地獄がある。大陸の一部分と意外と範囲が狭く思えるかもしれないが、実は他にも平行世界や異世界と世界線を股に駆けていて、すべてをひっくるめるとかなりの規模になる。複数の世界線を股にかけているのだから地獄の世界一つが亡者で満杯の人手不足になるのも頷ける。 はやく死人が少ない世界になってほしいものである。

 この世では二十年前からアーネル王国とトロイメア王国の小競り合いの戦争が続いており、ここ何年もお燐はそこにかかりっきりになっていた。戦死者の供養と憑きもの回収。弱い憑き者の場合は退治して、ただの亡者にする。そんないつもどおりの報告に今回は鬼灯の森の白の塔壊滅。そこでシニエを拾ったことを話す。そして、二十年ぶりに姿を現した九頭大尾竜の情報も。

「九頭大尾竜については閻魔王の第一補佐官殿からも報告が上がっています」

 初江王の眉尻が下がる。困った顔で両手を組み。

「世界の創世。神代の神々による世界の構築も終わりました。いまはもう構築された世界は後に生まれた者たちの時代です。我々は世界から離れ、世界の管理に徹しねばなりません。神竜でもある九頭大尾竜もこの世にいてはいけない存在です。我々地獄としても見過ごせる問題ではありません」

 組んだ両手に顎を乗せてふ~と長いため息をつく。

「しかし九頭大尾竜は生者。せめて神代に神々のいざこざや半神半人の英雄に退治されていれば話は違ったのですがね」

 地獄の管轄で亡者。相手が亡者であれば強硬手段も取れた。しかし生者に対してはそれも通用しない。生者自らが地獄に来るならまだやりようはあるがそれはありえない。だからこそ。誰かが九頭大尾竜を倒さなければいけない。


「お燐さん」


 初江王は気乗りしない心を律して上に立つものの責を口にした。


「あなたに九頭大尾竜討伐の依頼が来ています」

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