021.憑き者

「さてと。それじゃあ。憑きものがどう危険なのかはその目で見てもらうとして、回収してきた憑きものの選別を始めようか。とりあえず、処分確定の憑き者からかな」

「そうだね」

 向けられた視線に頷き返したお燐がシニエをオオビトの前に下ろす。

「荷を解くからオオビトの側にいるさね」

「わかった」

 荷解きを始めるお燐。車輪が両サイドに付いた箱型の荷車。その上部を囲う柵にかかる紐をはずして乗せた荷を覆う幌を退かす。作業するお燐を視界に納めながらオオビトはシニエと向き合うと説明を始めた。

「道中でも軽く話したが、憑きものは大きく分けて二つある」

「二つ?」

「そうだ。『憑き物』と『憑き者』だ。それぞれ憑いているものが違ってな。基本『憑きもの』は前者の魑魅魍魎に呪いと危険なものが憑いた『物』の『憑き物』を指すんだが、『もの』とは『物』以外に人物等の意思ある『者』も指す。後者の『憑き者』は死んだ後も怨念によって肉体にまとわり憑いて生者もどきとしてこの世に留まった亡者。つまりは世の理から逸脱した悪霊や物の怪のことをいうんだ」

「『物』と『者』?」

 あ~と悩ましげな声を上げて頭を掻く。説明をもっと噛み砕く必要があるらしい。

「そうだな。『物』は動かん。『者』は意思を持って動く。『憑き物』は触れて使わない限り危険は無いものだが、『憑き者』は考え動くものだから物よりもやっかいだと覚えておけばいい」

 あ~と口を開け。呆けた顔でシニエは思う。つまり憑き者は白い人なのだろう。


「準備できたよ」

 荷を降ろした荷車の前でお燐が言う。離れたた場所の壁際に降ろした箱や壷、葛籠が置かれている。荷物の無くなった底板には切れ目があり、開き扉になっていた。文字の書かれた札が貼られて封がされている。荷車は二重底で中に憑き者がいるのだろうとシニエは思った。

「アーネルとトロイメアの戦争は続いているようだし、今回もまた戦死者の憑き者か?」

「そうだよ。小競り合いだけどね。本当に二十年もよく続けるものさね」

 お燐の顔が険しくなる。実は戦争にはお燐の身内の不幸が関係している。お燐がそんな顔をする理由を知るオオビトはそれを嗜める。

「そう怖い顔をするな。シニエが怖がるぞ」

「大丈夫。お燐は怒っても美猫びねこ

「ありがと」

 お燐の表情がほころんであっさりと崩れる。さっきの慌てぶりといい、お燐が本当にシニエを気に入っているのがオオビトにも分かる。やむ負えない事情があったとはいえ、シニエには自分もあっさりと加護を与えてしまった。どこか放っておけなかった。中々不思議な魅力を持つ子だ。


「じゃあ出すさね」

 お燐が荷車の扉に張られた札をはがした。

 バンッ

 扉が激しい音をたてて扉が開いた。

 黒と紫の煙霧が噴出して立ち上る。

「がああああああああああ・・・・・」

 怨嗟のこもった雄叫びが上がり、煙霧の中に腐った肉のこびりついた骸骨現れた。鎧姿に戦場で戦って散った兵士なのが分かる。掘り込まれた鎧の紋様。手の込みようといい意匠の作であるのが垣間見える。もしかしたら生前は名のある将軍の憑き者なのかもしれない。

「私は。まだ・・・まだ死ねないいいいい」

「やれやれ。よっぽどのこの世に心残りがあるんだろうさね」

 未練のある怨嗟の声。弱い亡者はこの世に留まれない。留まるには生者の肉体のようなくさびが必要だ。彼は深い憎しみを楔にして体に霊体をつなぎ止めていた。悪霊としてこの世に留まっていたのだろう。お燐に叩きつぶされて回収されるまではの話だが。

「姫の。姫の敵をおおおおおお」

 アーネル国の将軍だったか。その叫びに思い当たるものがあったお燐は眉をひそめる。


 一方。シニエは、おおっ!、と初めての憑き者に感嘆の声を上げていた。頭上の軽い重み。オオビトが心配ないと口にする。頭上に目を向ければ重みは消えて乗っかっていたであろうオオビトの手が目に入る。シニエは首をかしげる。何を言っているのだろうか?心配ないのは当たり前だ。そもそもお燐が捕まえたのだからお燐が負けるはずが無いだろうに。

 バキャ。

 案の定。処理は一瞬で終わった。両手を叩き合わせる用に左右からフルスイングされた両前足に骸骨は挟まれて頭部が粉砕された。ただ怨み辛みの思いにヒビを入れることまではお燐にもできない。骸骨は弱弱しくもまた姿を形作ろうとするが、お燐の左前足の掬い上げで極熱業火の炎中に吹っ飛ばされた。

「あああああがががあああああああああ」

 亡者を塵も残さず焼きつくす地獄の炎に骸骨も危険を感じ取る。もがき泳いで炎の海から出ようとするが。

「いいからちゃっちゃと浄化されるさね」

 お燐は火を纏った車輪を出して骸骨を炎の海に押し込んだ。

 地獄の業火にすべてを焼かれて燃え尽きてしまえばいい。憑いている怨み辛みが燃えてしまえば彼は憑き者からただの亡者になる。そしたら地獄で裁判を受けてみそがれていつか生まれ変われる。

 悲鳴は過細くなりやがて消える。お燐は火の輪を消してシニエに振り返る。

「シニエ。これがあたしの仕事の一端さね。地獄の仕事は大まかに言うと『この世のものをあの世で禊いでこの世に返すこと』さね。それは裁判を受ける亡者だけじゃない。憑きものもさね。ただ勝手にあの世に来る亡者と違って、物である憑き物は勝手にあの世に来ないし、この世に未練があって彷徨う憑き者だって同じさね。誰かが回収しなきゃいけない。あたしの仕事はそいつらの回収なのさ」

「わかった」

 お燐のお仕事説明にシニエは返事を返した。

 あ~、とオオビトが頭を掻きながら悩ましげな声を出す。

「お燐だからあっさりと憑き者を処理してるがよ。本来はもっと凶悪で危険なものだからな?シニエも憑き者を軽くみたりするんじゃないぞ?」

 オオビトはシニエが憑きものを軽んじないように注意しておくのだった。

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