032 『ピクニックデー』

 本日は八重垣家、ピクニックデーである。

 天気は晴れ、太陽はやる気十分というか、もう勘弁してくれというくらいの暑さで、一か月後にはさらに暑くなるとか––––もう本当に勘弁して欲しい。


 ピクニックの目的地は、ご近所にある総合公園であり、本当は徒歩でも行ける距離なのだが、蓮花れんかが自転車に乗れるようになった記念で、仲良くサイクリングで向かっている。


 荷物はそれぞれ分担して持つことになり、奈月なつきがお弁当(楽しみだ)、みなとが遊び道具とか(バドミントンとか、フリスビーとかだ)、蓮花れんかがお菓子をカゴに入れている(二回目のおつかいで買ってきたらしい)。

 で、翔奈かなは––––


「お父さん、娘のおっぱい触るとかえっち」

「ちょっと手が当たっちゃっただけだろ⁉︎」


 僕という名のお荷物を運んでいた。

 前にちょろっと話したが、僕は現在乗れる自転車がないので、こうやって誰かの後ろに乗っけてもらう必要がある。


 本当は、奈月の後ろに乗っけてもらおうと思っていた。

 奈月の自転車は、子供を後ろに乗せられるタイプではないのだけれど(家は徒歩で行ける距離に大体の物があるので、自転車に子供を乗せるくらいなら、歩いた方が安全となった)、二人乗りってのは、二人分の体重を乗せてペダルを漕がないといけないので、結構力が必要なのだ。

 なので、現状一番力持ちの奈月にお願いしようと思っていた。

 奈月はかなり力持ちだからな。

 実例を出すと、十キロのお米を片手で持ち上げられる。

 まあ、僕のことをお姫様抱っこ出来るのだから、そのくらい余裕に決まってるか。


 だけど、翔奈に「お父さんは私の後ろに乗って」と身体を持ち上げられ、二台に敷かれた座布団の上に標準セットされてしまい、僕は翔奈の後ろに乗ることになってしまった。

 理由を訊いたところ、「一番重要なお弁当はお母さんが運ぶべき」ともっともな事を述べた。

 確かにそうだ––––と僕も思った。

 お弁当を前に乗っけて、後ろにも僕を乗っけたんじゃいくら奈月とはいえバランスが崩れる可能性は大いにあり得る。お弁当は絶対死守しなければならない。

 つまりこれは、リスク回避ってやつだな。




 *



 てなわけで、自転車で行くまでもない距離にある総合公園にやってきた。

 距離にして、大人の足で徒歩六分ってとこだ。

 まあ、蓮花が外でもちゃんと自転車に乗れるのかをチェックするのが本来の目的だったりするので、このくらいの距離がちょうどいいのかなと思う。

 で、その蓮花なのだが、自転車に免許証があるとするなら(一応あるにはある。法的な効力は無いが)、一発で取れるような安全運転だった。

 急に飛び出したりしないし、変にスピードを出したりもしないし、曲芸運転もやらない(僕は子供の頃よくやっていた。左右に揺れたり、両手を離したり)。

 意外としっかりしていて、僕自身ビックリだ。

 まあ、それはさておき。


 この総合公園は広々とした芝生のスペースが中央にあり、他にもプールとか、テニスコートなどもあったりする。

 週末で天気もいいためそこそこ人は居るが、元々広い公園なので、気にはならない人数だ。


 とりあえず、日陰となる場所にレジャーシートを敷いて、四方に重りとなるような物を置いた(水筒とか、靴とかだ)。


「バミトントンをやります!」

「バドミントンだろ、蓮花」


 クレヨンしんちゃん的な間違いをする蓮花。可愛い。

 バドミントンって言い辛いからな。バミトントン、バミトントン。お、こっちの方が思ったより言いやすいな。


 子供が言い間違いをするのって、本当に可愛いと僕は思う。

『エレベーター』を『エベレーター』って言ったり、『スパゲッティ』を『スペレッティ』って言ったり。

 一番面白かったのは小さかった頃の湊が、『おはぎ』の事を、『ごはんのまわりあんぐるり』って言った時かな。

 ご飯の周りあんぐるり。間違ってはいないし、正しいし、『おはぎ』という物を正しく認識出来ている。僕と奈月と翔奈は、大爆笑だったけど。

 ちなみに『おはぎ』は翔奈と蓮花もそれぞれ面白い事を言っており、翔奈は『チョコレートのおにぎり』で(甘いのと色合いは合ってる)、蓮花は『爆弾餡子餅ばくだんあんこもち』だった(形と食感は間違ってない)。

 なんか、おはぎで大喜利をされた気分になる。


 でもこういう言い間違いって、子供が大きくなっても、全部覚えてたりするんだよなぁ(家の親もそうだった)。

 なんか、微笑ましいな。


「じゃあ、みぃなとやる?」

「やるー!」


 湊の誘いに蓮花が乗り、二人はレジャーシートを離れ、芝生の上へと移動する。

 湊が蓮花の打ちやすい所へサーブして、蓮花がそれを打ち返す。

 湊は少しブレてもちゃんとに拾い、綺麗に打ち返していた。上手いもんだ。

 二人のラリーをボケーと見ていると、奈月に声をかけられた。


「あなた、お茶、どうですか?」

「じゃあ、もらおうかな」

「冷たいのと、温かいのがありますが、どうします?」

「冷たいので」

「はぁーいっ」


 奈月は元気のいい返事を返してから、プラスチックのコップを取り出し、お茶を注ぎ僕に渡してくれた。うん、冷えていて美味しい。


「まあ、流石にこんな暑い日にいきなり温かいお茶を飲む年寄みたいなやつは居ないだろ」

「悪かったね、年寄りで」


 背後から翔奈の声が聞こえ振り向くと、翔奈が持っているコップからは、湯気が立っていた。

 なんで暑いのに、熱いの飲んでるんだよ!


「そうですねー、お父さんからみたら、私なんてババアですねー」

「あ、いや、違くてだな……」

「あらあら、それじゃあ私なんか、ヨボヨボの魔女ですねっ」


 奈月も翔奈に悪ノリし、そんな事を言う。

 でも、歳をとっても老けない人のことを美魔女って言うから(『魔法をかけているかの様に美しい』から来てるらしい)、強ち間違いじゃないんだよなぁ。


 湊が蓮花とバミトントンもとい、バドミントンをしているので、今日は助け船も出ない。

 自業自得とはいえ、なんで冷たいお茶を飲んでるだけで、二人から責められにゃならんのだ。

 逃げよう。


「ぼ、僕もバドミントンしてこよーかなー」

「あ、じゃあ私と勝負します?」


 そう言って、ラケットを手にしたのは奈月だった(一応ラケットは2組分持ってきた)。


「私は見てるから、やってきたら?」


 翔奈にもそう言われ、僕もラケットを手に取り、芝生の上に上がる。

 なんか、こうやって奈月とバドミントンをやるのは久々な気もする。


「いきますよー」

「ああ」


 奈月はシャトルを高くあげ、サーブするのかと思いきや、ラケットは空を切り––––シャトルは奈月の頭にコテンと当たってから、胸の谷間にすっぽりと挟まった。

 奈月は数回瞬きをしてから、「ぷっ」と吹き出すように笑った。

 それは僕も同様だった。

 実は、以前も同じようなことがあったのだ。


 それで当時若かった僕は、とんでもない下ネタを言った覚えがある。

 確か、バドミントンの羽の正式名称、シャトルコックのコックを、英語の隠語として言い放ったんだっけな。


『シャトルがコックになってるな』


 当時の奈月は、意味を理解することが出来ずに首を傾げるだけだったので、あまり意味がなかったけどな。

 懐かしい話だ。


「……こほんっ」


 奈月が謎の咳払いをしてから、言う。


「『羽』とかけまして、『あなたが私のおっぱいを見る目』と説きます」


 なんか、唐突に謎かけをしてきた。

 理由は分からないけど、僕もノリは悪い方じゃないので付き合うことにした。


「……その心は?」

「どちらもよく(欲)がある」

「…………」


 数年の時を得て、あの時の仕返しを見事に決められた。

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