011 『パパは何を着ても可愛くなっちゃうねっ』

「ねぇねは、こういうのいいんじゃない」

「少し派手過ぎない?」

「大丈夫、大丈夫、ねぇねなら似合うってー」


 なんて会話を予想していたが、そんなことにはならなかった。


「お父さん、これ着てみて」

「オーバーオールをパパほど上手に着こなせる人は、中々居ないと思うよっ」

「お父さん、このくまさんの耳がついたパーカーとかいいと思う」

「それはありよりのあり」

「もしくは、このリボン付いたやつ」

「あーそれなら、このボレロにこっちのワンピを合わせて––––うん、可愛い! 思いっ切り女の子のやつだけど、うん、パパならイケるねっ」

「いや、イケナイから!」


 二重の意味で! 似合わないし、犯罪的な匂いもするぞ。

 服を見るとは言ったものの、それは僕の服のことであり、僕は二人の着せ替え人形にされていた。

 湊一人なら、ある程度なんとかなるのだが、二人だともうダメだ。女性の比率が多い家庭の人なら分かってくれると思う。押されて流されて諦める––––そんな感じだ。


「ていうか、そういう可愛い服なら蓮花れんかの方がいいだろ」

「うーん、レンちゃんはねぇ、もっと動きやすい服の方がいいんだよねぇ」


 確かに湊の言う通りだ。

 蓮花はもう本当にいつも元気で、よく動く。外でも家でも元気いっぱいなのだ。

 奈月が「めっ」と言わなければ、大人しくならない。スカートとか、ヒラヒラした服とかは、絶対にダメだ。

 なので、服装もなるべく動きやすいものを選んでいる(主に奈月と湊が)。

 すぐにボロボロになっちゃうし、すぐに真っ黒になるので、湊とは別の意味で服にお金がかかる。もう必要経費だと思って諦めている。

 僕がそんな事を考えている間も、湊はいくつかのワンピースを僕に合わせている。

 そして、納得のいく服が見つかったのか、


「とりあえず、これとこれを試着してみる感じでおっけまる?」

「おっけまるじゃない」


 その提案は当たり前のように却下だ。キッズの服を着るのは仕方ないとしても、女の子用の服を着るのはナンセンスだ。


「いいか、よく考えろ。お前らがやろうとしていることは自分の父親を女装させようということなんだぞ」


 僕の抗議に湊が反応した。


「だって、パパって男の娘じゃん」

「おい、字が違うぞ」

「なるほど、文字通りで行くと、さっすが国語のセンセーっ」

「だから、字が違う」


 それは『地で行く』だ。多分、湊のことだから分かっていて言ってるんだろうけど。


「もう、本当にもじもじとしちゃって、可愛なーパパはっ」


 もじもじと、文字文字としちゃって。こいつ、絶対に狙って言ってやがる。なんか、ドヤ顔浮かべてるし、絶対にそうだ!


「でもお父さんって、本当に女の子みたいだよね」


 翔奈がそう言いつつ、ずいっと顔を近付けてきた。


「目もパッチリ二重だし、まつ毛も長いし、赤ちゃん肌でモチモチしてる」

「やめろ」


 翔奈にほっぺをふにふにされた。

 まあ、赤ちゃん肌を散々触ってきた僕なので、それは分かる。赤ちゃんや、子供の肌というのは本当にフニフニで、モチモチなのだ。


「シミも無いし、毛穴も見えないくらいツルツルだし」

「それは子供だからだろ」

「髪の毛も猫っ毛で柔らかくて、赤ちゃんみたいな匂いもするし」

「おい、それは僕が赤ちゃんだと言いたいのか、こら」

「ちょっと抱っこしてもいい?」

「ダメだ」


 このお願いは、あのポエム誤爆事件以降、時々される。翔奈はどうしても僕のことを抱っこしたくて仕方ないらしい。

 あのポエムは、僕にとって後悔しかないのだけれど––––こうやって翔奈との関係が改善するのに役立ったのだから、封印の扉を開いた甲斐かいはあったのかもしれない。

 その後の被害は尋常じゃなかったが。

 手始めに約束通り、家族の前でアレを読まされ、次にあのポエムを書いた紙は翔奈が欲しいと言うので渋々渡し、今は翔奈の部屋に額縁に入れ飾るという名の公開処刑にあっている。

 人質ならぬ、物質だ。

 閑話休題かんわきゅうだい

 翔奈は抱っこは諦めたものの、未だに僕のことをジッと見つめている。


「ねぇ、お父さんはどうしてそんなに可愛いの?」


 その問いには、湊が答えた。


「まあ、みぃなのパパなんだから、#kawaiiのは当たり前だよねっ」

「おい、インスタに投稿するハッシュタグぽく言うな、しかも海外からのフォロワーも得ようとするな」


 湊はインスタのフォロワーが十万人も居るカリスマだ(編集部で管理しているため、親としても安心出来るアカウントだ)。


「とにかく、服は要らないし、試着もしない」


 僕がそう断言すると、湊が残念そうに嘆息する。


「そっかぁー、ママはお洒落なパパが好きだと思うんだけどなぁ」

「よし、早くパパを最高にカッコよくコーディネートしてくれ、期待してるぞカリスマギャル」



 *



「それで、あなたはそんなに可愛くなってしまったのですか?」


 買い物を終え、帰宅して早々に購入した服に着替えた僕を見た奈月なつきは、そう言って微笑んだ。


「いや、可愛いはおかしいだろ。ちゃんと男の子っぽい服だぞ、これ」

「そうですね、くまちゃんの耳の付いたパーカーなんて、とても可愛いと思いますっ」

「いや、翔奈がこれがいいって言うから……」

「それに、このオーバーオールも上の部分がくまちゃんになってますね」

「コレは湊が選んだんだ。これなら奈月も気に入るって言ってたし」

「そうですねっ、このくまちゃんコーデ、とっても可愛いですっ」


 あれ、なんかおかしいぞ。湊には間違いなくキッズ用の服ではあるものの、男の子の服の中から選んで貰ったはずだ。しかも、自分でちゃんと男の子の服だと確認もした。

 なのに、なんで可愛くなる? おかしくないか?

 ……僕は湊を見る。くそっ、笑ってやがる!


「……計ったな! 湊!」


 湊はニンマリとした笑顔を浮かべながら、こちらに近付いてきた。


「やっぱり、オーバーオールとパーカーのコーデは鉄板だよねー」

「それは知らないけど、パーカーの上からオーバーオールを着るのはなんかカッコいいとと思った」


 パーカーは羽織るもの、もしくは上に着るものだと思っていたが、こうやってオーバーオールの下からフードだけ出すのもなんかイケてる気がする。

 やっぱり湊は、モデルをやっているだけはあり、センスがいい。

 だが、それとこれとは話が別だ。


「おい、湊。どうして僕はちゃんと男の子用の服を買ったのに可愛くなっちゃってるんだ?」

「それはパパが、五歳児だからだよ」


 何を着ても可愛くなるに決まってんじゃん、と湊は僕の肩に手を乗せた。


「子供は可愛いものでしょ?」

「…………そうだな」


 何を着ても可愛くなってしまうだなんて、女の子からしたら憧れの対象かもしれないけど、僕はゴメンだ。


「パパにも衣装だねっ」

「まごにもな、そもそも孫じゃないし」

「あははー、二重の意味でねっ」


 流石は湊だ。『孫にも衣装』が誤用だとちゃんと知ってやがる。正しくは『馬子まごにも衣装』だ。

 こういうことをサラッとやるので、湊は周りから評価されるのだろう(僕を含めて)。


「それでその服、旅行に着ていくの?」

「うーん、どうすっかなぁ……」


 僕は奈月をチラッと見る。


「可愛いと思いますっ」


 すっごい笑顔で言われた。

 ……まあ、奈月が喜ぶなら悪くもないか。

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