008 『リアルパパ活ならぬ、逆パパ活だよ!』

 四月二十九日、昭和の日。

 昔はみどりの日だった気もするけれど、いつの間にか昭和の日になっていた。

 まあ、ゴールデンウィーク初日ということに変わりはない。


 昼下りの午後、今日は五月三日から行く予定となっている一泊二日の家族旅行の準備のため、近くのショッピングモールに来ていた。

 大型連休初日というだけはあり、駐車場は満杯だ。なんとか空いている所を見つけ、車を駐車する(奈月は結構運転が上手い)。

 車から降りた直後、みなとに腕を掴まれ、左右に揺さぶられた。


「ねえねえ、パパの洋服も買ってあげるからさ、みぃなとお洋服見に行かない?」

「なんで実の娘に、お洋服を買ってもらわなきゃならないんだよ」

「ほら、みぃなはパパとデート出来て楽しいしぃ、パパはお洋服買って貰えて嬉しい! みたいな? リアルパパ活ならぬ、逆パパ活だよ!」

「お前がそういう言葉を知っているのをとがめはしないが、蓮花れんかの前では言うな」


 悪影響だ。

 それは湊にも言えることだけどな。小学五年生の口から、『パパ活』なんて言葉聞きたくなかった。いずれその言葉とその意味を知るのは仕方のないことだとしても、早過ぎる。スマホの影響だろうな。

 ただ僕は、湊に関してはそういうことは心配していない。

 湊ほど真面目なやつを僕は知らない。


「まあ、服は要らないけど、一緒に行くくらいなら––––」


 僕は奈月なつきの表情をうかがう。うん、オッケーの顔だ。


「––––いいぞ」

「やったっ」


 ニンマリと八重歯を見せて笑う湊。

 これは八重垣やえがき家では、よくある定番の組み合わせだ。

 僕と湊。

 奈月と翔奈かな蓮花れんか

 僕は湊のお買い物に付き合い、奈月が翔奈と蓮花を見る。小さな蓮花も、奈月と翔奈が一緒なら問題はないしね。

 ただ、これをよくやっていたからこそ、翔奈は我慢をするハメになってしまった。

 ので、僕はもう一度奈月を見る。うん、オッケーの顔だ。


「翔奈も一緒に行くか?」

「え……」


 急な提案に戸惑う、翔奈。


「あ、それいいかもっ! ねぇねにも、みぃながお洋服買ったげるよー。ねぇねはスタイルいいからねー、選ぶの楽しそうかもっ」


 いいぞ、ナイスアシストだ湊! こいつは後で、タピるのに付き合ってやろう。


「いや、私は服とか……興味ないし」


 断る翔奈、対して畳み掛ける湊。


「じゃあさ、パパが迷子にならないように見てて。パパったら、すぐどっか行っちゃうから買い物に集中出来ないの」

「おい」


 それはお前が、オマセに下着とか見るからだ。僕は悪くない。

 翔奈はチラッと僕を見下ろし、


「まあ、それならいいけど」


 渋々といった感じで頷いた。

 湊は、「どう? みぃなのおかげだよ」とでも言いたそうなドヤ顔を浮かべていた。最初から僕の魂胆を分かった上で、強力してたわけか。


 先日の僕の痛い詩を家族の前で読み上げて以降、湊はやたらと僕と翔奈の仲を取り持つように立ち回るようになった。自分も子供だっていうのに、大人顔負けの気遣いようだ。

 子供は気なんか使わなくていいっての(僕も子供なのはスルーだ)。


 ショッピングモールの入り口に着き、中に入った所で僕は小さな末っ子に声をかける。


「じゃあ、ママの言うことよく聞いて、ママとちゃんと手を繋いで、いい子にしてるんだぞ」

「パパもね!」

「いや、パパはいい子じゃなくて、いい大人だから」

「ぷっ、パパ面白いー」


 僕のギャグが今日も湊だけには好評だ。

 ここで、奈月にいつもの注意をされた。


「迷子呼び出しされないでくださいね」

「されねーよ!」


 僕は一人でこういうショッピングモールに居ると(湊の下着売り場から逃れるためだ)、必ず誰かから声をかけられる。


「ぼくー、迷子かなー?」


 と優しく声をかけられる。

 違うとか、そうじゃなくて、とか説明しようとすると、それを迷子特有の慌てっぷりと勘違いされ、迷子センターに連行される。

 そして。


『––––からお越しの、八重垣やえがき翔太しょうたくん五歳が––––』


 てな感じに屈辱の迷子アナウンスをされ、大体奈月が「もう、本当にしょうがないですねー」みたいな顔で迎えにくる。

 僕は迷子じゃないし、子供でもない。


「とにかく、迷子なんかにはならないから大丈夫だ」


 奈月はそれを聞いて含み笑いをしてから、蓮花の小さな手を取り、


「では、一時間半後くらいにLINEしますね」

「ああ」


 奈月は小さく、蓮花は大きく手を振り、離れていった。ったく、そう何回も迷子にならないっての。


「じゃあ、まずは水着からでおけ?」

「おけじゃない」


 湊と提案に僕は異議を唱える。


「えー、なんで、なんでー?」

「いや、今は四月だし、そもそも去年も三つくらい買ってたじゃないか」

「ぶっぶー、五つでーす」


 買い過ぎだ。僕は女の子のこういう所が、全く分からない。水着なんてそんなに必要なものなのか? 一つあれば十分じゃないのか?

 とりあえず、真面目な翔奈を味方につけて、水着売り場行きは回避しよう。


「翔奈もなんとか言ってくれ」

「泊まるホテルに、温水プールとかあるみたいだよ」

「じゃあ、新しい水着は必須だねっ」


 なんとナイスアシストを決めてしまった。くそ、翔奈は味方として計算出来なさそうだ。とにかく、水着を買わなくてもいい理由を並べろ、文字を並べるのは得意だ。現国の教師のボキャブラリーを舐めるなよ。


「水着なら去年買ったのがあるし、今水着を買っても大きくなったら着れないし、湊には去年着ていた青いやつが似合うし、とにかく買う必要は無いと思うな」

「パパ」


 湊は真面目な顔で、僕を見つめる。


「ママも新しい水着欲しいって言ってたよ」

「よし、ママの水着は僕が選ぶぞ」

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