餌召喚から始まる異世界無双←ウソ! あと僕は餌じゃない←ホント!

小鳥屋エム

第1話 前編



 突然、僕は二本足で立つシロクマに囲まれていた。

 何を言っているか分からないと思うけど僕だって――などと有名な台詞が脳裏に浮かぶ。こういう時、人間の脳はおかしくなるらしい。

 僕はとにかく「なんだこれ」って唖然としていた気がする。

 でもさ。白い部屋の中でシロクマに囲まれる僕。どう考えたって唖然とするしかない。


 しばらくして、シロクマが「言葉」を発しているかもしれないと思い始めた。

 ずっと「グォーガォー」と鳴いているとしか……。

 ついでにドーン、ドーンという音もどこからか聞こえる。まるで誰かが遠くで怒鳴っているみたいだ。ハウリングか?

 そもそも、これ、喋っているのだろうか。

 第一、僕はシロクマが「鳴いている」ことすら気付いてなかった。それぐらい衝撃だったんだ。


 だけど残念ながら、僕の頭は冷静になろうとしているらしい。彼等の鳴き声が言葉として聞き取れるようになってしまったのだ。


「オラたちの言葉は通じているだっぺか?」

「同じ獣人族でなければ無理だっぺよ」

「言葉がわかると可哀想でよ」

「んだんだ。だっぺ、『只人族』の呼び出し用だった召喚術を『獣』に書き換えただっぺ」

「それなら言語スキルは消えるだっぺな」


 だっぺがゲシュタルト崩壊。あと、微妙に方言間違ってる気がする。

 変なことを考えてしまうのは、目の前の光景がやっぱりおかしいからだ。


 ――おかしいよね!?


 僕は目を見開いてシロクマどもを見た。今すぐ襲われることはなさそうだ。

 そして、どうやら夢ではないらしい。

 念のため自分の頬を抓ろうとして、つね、つ――!!


「ふぁっ!?」


 何この手!!

 指が僕のじゃない!

 しかも、普通に立てない。転がってしまった。そして見てしまった、僕の体。ふわふわの毛玉だ。

 僕はこれに見覚えがある。


 そう、このふわふわ具合は、友達に旅行の間預かってほしいって頼まれたコツメカワウソの「ウソたん」だ。まだチビなので、ふわふわしていて可愛いかった。

 旅行を終えた友達が引き取りに来たから名残惜しく別れたんだ。そう、アパートの階段で見送った。そして足を踏み外して、ってところまでは覚えてる。

 ……なんで僕が「ウソたん」になってるんだ?


「餌の旦那が変だっぺ」

「んだ。ひょっとすっど、獣人族かもしれね」

「あんな獣人族がいっぺか?」

「知らねど」


 僕はショックで呆然としたい気持ちに駆られた。けど、シロクマの言葉に頭の片隅がチリチリする。よく考えるんだ。今、シロクマ、なんて言った?


「まあ、獣人族でもよかべ。どのみち、旦那は死なね」

「んだんだ」

「問題はコイツがええ餌を孕ませられるかってことだっぺ」


 餌、餌って言った!?


 お腹の毛がぷるぷる震える。緊張とか意味不明さに感情が一気に爆発しそう。落ち着いて冷静に行動しないと。僕は前足を付いて、シロクマを見据えた。


「さっきから、何言ってるんだ? 大体あんたたちは何者だよ」

「おおっ? 喋ったど?」

「獣人族だっぺよ!」

「マァマァ、通じるなら話が早いだっぺ」


 僕の震え声を聞いて、シロクマたちは一気に喋り始めた。

 最初は「餌」って言ってたから、てっきり僕は食べられるんだと思った。けど、よくよく聞けばそうじゃないことが分かった。

 もっと恐ろしい話だったのだ。


「――つまり、僕は餌を生み出す雄のカワウソとして召喚されたってこと?」

「んだんだ」

「餌にはならないけど、あんたたちシロクマ族の食糧難のために、餌を生み出せってこと? 延々と?」

「んだんだ」

「……それってさ。餌が生み出せなくなったら僕も餌になるってことじゃないの?」


 シロクマたちが黙り込む。互いに顔を見合わせているから「あ、これアウトだ」と気付いた。


「ま、ま、おらたちは獣人族は食わねえだよ」

「んだんだ」

「しかも雌がたくさんだっぺ」

「んだんだ」

「よりどりみどりだっぺよ」

「んだんだ」


 んだんだ、うるさいんだよ!!

 とは怒鳴れなかった。だってシロクマたち、二本足で立ってるし言葉も通じるけど、どう見ても獰猛な獣姿だ。

 いつ、襲いかかってきて僕をバリバリ食べるか分からない。

 ハーレムだからいいだろって言うけれど、考えてもみてほしい。「雌がいっぱいるから孕ませろ」だよ? そして、生まれてきた子は餌として食べるってハッキリ公言してるんだ。

 こんな怖いことってない。


 僕は仕方なく、従順さをアピールすることにした。

 夢だろうがなんだろうが、僕は僕の危機管理能力を信じる。

 いやまあ、アパートの階段から落ちた僕が言う台詞じゃないんだけど。


 それより僕の体どうなったんだろう。たぶんだけど、今のこの体はウソたんだ。そのものだから、ほぼ間違いない。

 だとすると、ウソたんの体がここにあって、僕の心が入り込んでいる。それってさ、もしかして――。

 ヒヤッとする。

 だけどまだ考えちゃダメだ。

 今はただ逃げることだけを考えるんだ。



 *****



 僕は「繁殖場」近くの「雄専用部屋」に案内された。


 部屋に一人(一頭?)になってから、僕はぺたりと床に崩れ落ちる。

 もうダメだ。考えたくない。考えたくないんだけど、考えなきゃいけない。

 これって異世界召喚だよね。よく聞く、例のアレだよね。てことは、だよ。


「僕、元の世界で死んでるのかな?」


 それは嫌だ。

 ウソたんは可愛いけど、それは愛でる対象だからだ。僕自身が一生このままっていうのは困る。

 それにカワウソの寿命って十数年じゃなかったっけ。まだ人生二十年ぐらいしか生きてないのに、あと十数年しか生きられないなんて嫌だ。

 獣人族って種族があるらしいから、もしかしたらもう少し長いかもしれないけど。

 ううん、そうじゃなくたって人間に戻りたい。


 それより何より、僕は初めての相手が雌のカワウソっていうのが嫌だ。

 切実に嫌だ。

 全くもって嫌だ。


 そう、僕の一番の恐怖は、カワウソハーレムってことだ。

 なんでよりにもよってカワウソなんだ。

 せめて、人間の女の子が相手なら良かったのに。

 って、そっちの方が倫理的にダメだよ。うん。僕、何考えてんだ。ごめん。誰に謝っていいのか分からないけど。ごめんなさい。


 ……考えたらカワウソの雌だって可哀想な話じゃないか。

 動物のカワウソにそういう心があるのかどうか分からないけど、でもこれだけは分かる。餌のために子供を作るなんて許せない。有り得ない。


 考えたら腹が立ってきた。

 なんだってシロクマのために、僕たち・・が餌にならなきゃいけないんだ?

 おかしいじゃないか。

 カワウソにだって命はあるんだ。生きる権利がある。そうだろ!?


 世の中が弱肉強食だろうがなんだろうが関係ない。僕は生きる。雌のカワウソたちだってそうだ。


 僕は決心した。

 自分だけ逃げるわけにいかない。雌カワウソも逃がそう。

 ウソたんだって、きっと同じように思うはず。


 静かに待つんだ。

 それまでは黙っていよう。


 ……僕のこの体がまだ大人じゃないってことを。


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