7.即席パーティーは三馬鹿を見つける

「そういうわけで、【シーカー】さえ始末すれば、ここは素通りだ」


「なるほど」「ふむふむ」


「あと、そこの罠だが──」


 道すがら、アルバは自分の仕事をケイティとユリシャに説明していた。

 二人が抱いている斥候幻想を打ち砕くためには、正しく斥候の仕事を理解してもらうのが一番だと思えたからだ。


 現実問題として、三馬鹿を無事救出できたとしても、アルバが【鷹の目】に復帰するのは難しいだろう。

 なにより、アルバ自身があの三馬鹿と再び組むのはお断りだ。


 ならば、アルバがこの二人と組むという未来も現実味を帯びる。

 事前にこちらの仕事を知っていてもらうに越したことはない。


 なにより、こういった説明を三馬鹿にしてこなかったことが、今回の事態を招いた一因と言える。

 反省もしようというものだ。


「いやはや。なるほど。大したものだ」


 ケイティからは感嘆の声がしきりに上がっている。


 その感心の内容が、戦力九割の幻想から現実的な斥候の重要性へと変化していることをアルバは願うばかりだ。

 本来、自分の功績を自慢するような行為はアルバの苦手とするところだ。それをわざわざやっているのだから、結果が伴わなくては堪らない。




 そうこうしているうちに、一行は広めの通路が直角に曲がった場所に差しかかった。


「この先に【シーカー】が一匹残っている可能性がある。合図するまで、ここで待機」


「分かったわ」「はい」「心得た」「ラッジャ?」


 アルバは【消音】と【迷彩】を発動し、通路の照明を避けて、壁伝いに素早く移動を開始する。


「ほう……」と背後でケイティの感嘆が聞こえた。

 距離からして、彼女の目からアルバの姿が消える頃合いだ。


【シーカー】に出会うことなく、アルバは角の窪地が見渡せる距離まで到達した。


 窪地にゴブリンは一匹もいなかった。

 嫌な予感しかしない。


 そのとき、曲がり角の先から聞こえてきたゴブリンの声に、アルバの背筋が凍った。

 その嘲笑には聞き覚えがあった。抵抗できない相手をいたぶるときに、決まって発する声だ。


 アルバは【迷彩】を解除した。ラキアなら【暗視】でアルバの姿が見えたはずだ。


 パーティー全員での突撃を手で合図し、後方の四人が動くのも確認しないまま、アルバは全力で走り出した。


 角を曲がり、通路の先で照明に浮かび上がるゴブリンの姿を確認する。

 弓兵が七匹、こちらに背を向け、完全に油断している。


 アルバは一番端のゴブリンへ走り寄り、背後から首筋を斬りつけた。

 さらに、二匹目のゴブリンも首を掻っ切る。


 残りのゴブリンが異変に気づいてアルバに向き直るが、事態が飲み込めずに呆然と突っ立っている。

 今なら、ただの的だ。


 アルバは両手で交互に投剣を抜きつつ四連続で投射する。狙いは喉元。


「ギャ!」「グギョ!?」「ゲギャ!!」


 三匹のゴブリンが喉を傷つけられ、倒れた。


 だが、最後の一匹は投剣に反応して身をひねった。

 投剣は喉元を外れて肩口を傷つける。致命傷には程遠いが弓の威力は削いだ。


 肩を負傷したゴブリンと無傷のゴブリンの二匹が矢を番える。

 しかし、ゴブリンが狙いを定めるより早く、アルバは横方向へと移動を開始していた。


 ゴブリンの弓は中距離では侮れないが、それでも動いている的にそうそう当たるものではない。

 立ち止まった瞬間を狙われない限りは、脅威ではないのだ。


 一匹のゴブリンが焦って、狙いもそこそこに矢を放った。

 当然、その矢はアルバを外れて飛んでゆく。


「後は任せて?」


 その声がアルバに届いた瞬間、二つの首が宙を舞った。

 驚異的な速度で追いついてきたユリシャの二刀が、ほぼ同時に、アルバを狙う二匹の弓兵ゴブリンの首を刈ったのだ。


 ユリシャはそのまま、通路の先にたむろしているゴブリンの群れへと突っ込んでゆく。

 目にも留まらぬ速さだ。


 ゴブリンたちは、背後からの予想外の襲撃に、完全に浮足立っている。


「こら! 吾の分も、残せ!」


 さらに追いついてきたケイティが、アルバの横を通り過ぎて、ゴブリンの群れへと突っ込む。


 ゴブリンの群れは二人に任せ、アルバは喉を傷つけられて悶絶している弓兵ゴブリン三匹に止めを刺した。


「出番はなさそうね。あの二人、速すぎ……」


 後衛の二人も合流する。

 ラキアは肩で息をしているが、モナは見た目と違い体力があるので、息は上がっていない。


「けが人だ!」「結構、まずいかも。三人とも息はある。けど重傷? 満身創痍?」


「すぐに行きます!」


 ケイティとユリシャの声が通路の奥から響き、モナが慌てて駆け出した。


 ラキアは【照明】の魔術を奥の天井へと放った。

 ゴブリンの死骸の中に立つケイティと、脇道へ通じる穴をのぞき込むユリシャの姿が闇の中に浮かび上がる。


 ゴブリンを始末し終えたアルバも、けが人の元へと向かう。


 脇道の奥から、淡い光が漏れてくる。

 モナが使える中で最も高度な恩寵のひとつ【光の癒やし】を使ったようだ。

 光を浴びた味方全員の傷を癒やし、体力や失った血までも回復させる冗談みたいな効果の恩寵である。


 魔術師のラキアに言わせれば『恩寵はデタラメすぎる』力だそうだ。

 さすがは『神の御業』といったところか。


 それに比べて、魔術は単純な機能しかもたない魔法陣を組み合わせて行使するため、複雑な効果を得るのは難しい。

 たとえば、治療に関しては『自然治癒の速度を高める』程度が関の山だという。


 また、恩寵はあくまで神が起こす奇跡であり、神官が一日に行使できる恩寵の総量は、言うなれば神からの評価点に過ぎない。

 それ故に、神の慈悲にすがれば、ある程度は融通が利く。


 具体的には、一日の総量を超えて恩寵を行使することも可能だ。

 ただし、超過分は翌日の恩寵から差し引かれ、さらに数日は一日の恩寵の総量が減ってしまう。

 下世話な話に例えるなら、日当を前借りすると、査定が下がって日当自体が減額されるようなものだ。


 実は【光の癒やし】はモナが一日で行使できる総量を軽く超える恩寵である。

 ペナルティを覚悟でそれを使ったということは、それだけ三人の傷が深かったということだ。


 アルバが脇道をのぞくと、床に転がっている三馬鹿の姿が見えた。


【光の癒やし】には【清め】の効果もあるようで、三人とも傷どころか血の跡すらない。幸いなことに、身体の欠損もないようだ。

 ただし、服や鎧はズタボロで、槍で浅めに何度も刺されたことがうかがい知れる。


「そこに罠がある。踏まないように気をつけてくれ。塗料も汚れと見なされるんだな。目印が消えてしまっている」


 アルバは床に見覚えのある罠のタイルを見つけると、皆に注意を促した。


「こいつを踏んでしまったんだろう。ここの隙間から毒が噴出する罠だな。そうでなければ、この程度の数に後れを取る奴らじゃない」


「そうかしら? 普通に負けて、この場所に追い詰められただけじゃない?」


 ラキアが、意識のない三人を路上のゴミに向けるような目つきで見下ろしている。

 普段はあまり見せないが、こういうときの顔は、ゾクリとするほど冷徹に見える。


「絶対、なめてかかってたに違いないわ。だって、こいつら、奇襲による三倍戦力での戦いが当たり前になってたのよ? 見通しが悪い場所なら、アルバが見張りを倒してからの奇襲。見通せる場所なら、アルバが指示した位置に私が一発かましてからの突撃。奇襲もクソもない大物相手には、モナの強化支援があったし」


「だというのに、アルバさんを追放した。それはつまり、奇襲の効果をまったく理解していなかった、って証拠ですものねぇ」


 モナがラキアに同調した。


 アルバは、ラキアの言葉に対して反論が思い浮かばない。


 三人のおかげで随分楽をさせてもらった自覚があるアルバだが、もしかしたら、楽をしていたのはお互い様だったのかも知れない。


「ま、いいわ。どっちしろ、ギッタンギッタンにするのは決定事項だから。ほら、馬鹿ども起きなさい!」


 人差し指を立て、いつの間にか頭上に水の玉を集めていたラキアは、その指を三人めがけて振り下ろすのであった。

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