魔王の従者ー偽りの勇者ー

不適合作家エコー

オープニング

「また来たのかクソ勇者」

「あぁ、今日こそ俺が勝つ」


 俺は今も嘘を吐き続ける。

 でも、後悔する気はない。あの嘘が今を作っているというなら、それを後悔してしまったら、この未来がまるでバッドエンドみたいじゃないか。……そんなのは嫌だ。俺はこの失敗だらけの未来をどうにも嫌いになれないのだ。


……


 信じがたい事に、この世界はつい最近ファンタジーになった。

 学業を終え、就職して年金を払う。そういう事が普通だったこの世界に突然、『魔物』が現れたのだ。それも、人間の体の一部が動物と化した不気味な連中だ。


 Q、しかし、それは変形、奇形とはいえ人間ではないのか?


 A、そういう声も初めはあったが、今では国が認めてそれらは『魔物』と呼ばれている。正式に『人外』と扱われているし、魔物達もまたそれを『魔物化』『魔物化被害者』という呼び方で区分している。


 とにかく、そう国が決めた原因は大きく2つだ。


 1つは頭の魔物化した魔物が大暴れ、死傷者を出した事。

 2つ目に魔物化に魔物からの感染疑いが噂されたことから国民間で魔物の対処について混乱が生まれた事だった。


「ふん、魔物の人外指定の理由? お国の本音などせいぜい程のいい人体実験要因の確保か、医師を手籠にして政敵を屠るに好都合な素材にでも祭り上げたかったのだろうさ」

「……お前はまた、どうして口を開くと敵を増やしそうな事ばかり言うんだ」

「私は悪くないよ。世界が悪いんだ。世界が綺麗なら腐海の植物でさえ毒を吐かないんだからな」

「……」


 俺の契約するマンション、一人暮らしにしてもやや手狭なこの一室で特集番組「魔物化の真実」が語る魔物化と急造の法整備についての解説を見ながらぶちぶちと文句を言うこの男は灰崎……という偽名で、未だに本名を教えてはくれない。俺は彼の事を『ザキ』と呼んでいるのだが、そう言う俺もここでは『エニス』の名前で通しているのだからあまり人のことは言えない。


 ここは俺の家であるが、同時に事務所でもある。

 俺とザキ、今は不在のメラミと管。俺たち4人はこの場所を拠点に魔物関連の事件を主に解決する事で生計を立てる『勇者』という仕事をしている。


『Prrrrrrr』

「はい、エニス勇者事務所です」


 事務所の電話が鳴り、慌てて応じる。

 もしも先にザキが電話に出ようものならどんな粗相を起こすかなんて考えるだけでも恐ろしい。もっとも、ザキが自分から電話(面倒)にでる事は滅多とない。


「エニスさん!! 芽良(めら)です。今、外で魔物が暴れていて……」


「なんだって!? すぐに向かう!! 場所は……分かった。それなら数分で着く。1人で無理はするなよ」


 電話を切るが早いか靴を履き替える。


「ザキ!」

「単体ならばお前1人で問題あるまい。行ってこい。メディアへの情報発信(喧伝)はしておいてやる」

「……あぁ、まぁいいよ。それで……じゃあ、後は任せたからな」


 こちらを振り向く素振りさえなくソファーから手を振るザキに見送られ、釈然としないまま俺は現場へと向かった。


 態度はかなり業腹ではあるが、ザキの言い分は間違っていない。

 確かに単独の魔物相手に俺が負ける事はない。……というより、よほどのことがない限り俺が負けることは想像できない。俺がチームを組むのは戦力ではないある目的や成り行き……そういう理由だった。


……


「エニスさん、あそこです」

「あぁ、すぐ終わらせる」


 到着を待っていたメラミ、本名芽良実(メラ ミノリ)はよほど慌てていたのか未だにスマホを握りしめたままだった。


 無理もない。青髪の時の彼女に荒ごとは向かない。

 そういうのは赤の担当であり、青の得意分野は主に家事全般なのだ。まぁ、メラミについての話は後にしてまずは魔物の処理をしよう。


 魔物は既にこちらに気付いている様だ。

 見るに中背中肉の男性だが、下半身全般が魔物化している。カンガルー……だろうか、魔物化によって起きる部位のサイズは人間大に発現する事を考えるとネズミ科全般なのだろうが、それ以上の詳細は判断に難しい。とにかく栗毛に覆われた尻尾と脚部、野太い太ももは見るからに跳躍力に特化した形状をしている。


「逃げられると厄介……だろうな」

「へへっ! もう遅いわ!!」

「え? きゃああああああ!!」


 想像以上に俊敏な一足飛び。

 8メートル、或いはそれ以上の遠方にも関わらず、その一歩はメラミとの距離を詰め、彼女を人質として捉えるに成功した。


「ははぁ!! 馬鹿人間が。 カンガルーの脚力ナメるなよ!! カンガルーは後肢が発達しており、太い尾でバランスをとりながら跳躍することにより、四肢を使うよりも少ないエネルギー消費で、高速移動ができる。大型種であるアカカンガルーは跳躍により時速70kmほどのスピードを出すことができ、2km近くの距離を時速40kmで跳躍し続けることができる。また、移動距離も長く、発情期には100km/1日程度の移動も行う。またオオカンガルーの雌が時速64kmを出した記録があるほどだ」

「……随分詳しいな」

「あぁ、Wik◉で調べたからな!!」

「そうか……」


 情報源がしまらない。とはいえ、ありがちな話だ。

 今回のケースでは魔物化部位は足、思考を司る脳は人間のままであり、スマホを扱う手も人間のままだ。体に変調をきたせば医者かネットで検索というのは実に人間らしい普通の行いの末に得た情報なのだろう。


 いや、駄目だ。これはこの仕事をする上で1番考えてはいけない思想だ。

 相手に人間らしさを見てしまえば、争うことにどうにも罪悪感が芽生える。それは判断力を削ぎ失態の原因となる。魔物との戦いは害獣の何倍も危険なのだ。何故ならば奴らは悪い意味でも人間らしい狡猾さを持つ。現状の様に人質をとられてしまう事だってある。


「……そう興奮するなよ? で、お前はここで何をやっていたんだ?」

「ふふ……特別な事じゃないさ。ただの日課(下着泥棒)だよ」

「い……いやぁ……」

「ほぅ、君はなかなか僕の好みだね」


 あぁ、有難い。罪悪感が消えていく。

 カンガルー男の太い手が後ろから羽交い締めにしたメラミの膝下に迫り、スカートを巻く仕上げるとメラミは目に見えて怯えた表情を見せ、涙目を浮かべる。それは明らかに男の嗜虐心を助長させていた。


「まったく……どうせ『魔物』について調べるならお前たちの敵『勇者』……せめて、『筆頭勇者』の顔と特殊能力くらいは知っておくべきだったな」

「な、なに!? まさか、お前があのエニ……う、うわあああああ」


 俺の言葉に視線をメラミから移した時にはもう遅い。

 カンガルー男は情けない声を上げながらその身体を宙に浮かせ、抵抗の全てを奪われた。


「時速40キロ? それは足が地面につけば……だろう」


 速やかな決着。

 程なくして到着した警官に拘束したカンガルー男を引き渡し、途中から来ていた(ザキが呼んだらしい)メディアに挨拶をした。


「すぐに駆け付けられる場所で良かったです。今回の魔物は脚力がありましたから、もし暴れていれば被害は大きかったかもしれませんが……僕には勇者として受けた『天啓の力』がありますから」


 カメラ目線で笑みを作り、可能な限り好感度を稼ぐ。

 『勇者』という仕事の収益は募金だ。勇者協会に募金された金額から魔物の捕縛によって支払われる金額が大体1匹に対して1万円、それに加えて個人でホームページを作り募る勇者支援金を併用するのが基本で、数いる勇者の中でも1番支持を集めている俺、『筆頭勇者』への月の募金額は数十万にもなり、それは月のメディア露出が増えれば増す金額であるとともに、出演費も1日の拘束で20万からとかなりの高額だ。


 とはいえ、それはテレビに出られる様な優秀な勇者の話しだ。

 俺がそれを為し得たのはこの『天啓の力』があったからだが、実のところこの力は天啓でもなんでもなく、物心がついた頃から俺が持ち合わせていた『超能力』だ。


 俺の持つ超能力は2つある。

 先のカンガルー男を浮かせた様に人や物を動かせる『サイコキネシス』と火を起こし操る『パイロキネシス』……思い出すのも嫌な記憶なので割愛するが、幼少期にこれらが人に気づかれては化け物扱いを受けていた俺はこの『魔物と勇者の戦い』に便乗してあるSNSにこう発信した。


「夢で天啓を受けて超能力に目覚めたから勇者をやろうと思う」


 添付した動画の反響は凄まじかった。

 数日後にはメディアがかぎつけ、今に至る。


 つまり、運が良かっただけ。

 俺も、この魔物たちと変わらない化け物に過ぎないのだ。


……


「ふぅ……今日も良い稼ぎだったな」


 自室に戻りソファーに腰を下ろす。

 座ると深く沈むこのソファーはここを事務所に使うと決めた時に奮発した30万の超高級品だ。


 ……もちろんただの散財家じゃない。

 勇者の活動は宣伝活動と切っても切り離せない活動だ。事務所の清潔感は大切だし、動画撮影でも大いに活躍している。しかも、ザキがソファーのメーカーに筆頭勇者推薦商品とする事を条件に交渉(ほぼ脅迫)したので今ではこのソファーが売れる度に3%のマージンが入る。


「あの、さっきはありがとうございました」

「え? ……あぁ、かまわないけど、次から気をつけてくれよ」


 申し訳なさ気に声をかけるメラミに簡単な返事を返した。

 青の時のメラミは落ち込みやすく、今も反省なのか椅子にも座らず俺の前に立っている。あまり強い説教は尾を引くという判断だが、今回は少しきつく言ってもいいかも知れない。


 なぜなら『魔物』は基本的に欲へのタガが外れている場合が多い。

 それは、その多くが自暴自棄になっているからでもある。人外と扱われる以上『じゃあ法律や道徳は無視して好き勝手に行動します』という思考で凶行に走る者は決して少なくない。


 経験上、魔物が性欲に走る事は特に多い。

 それに、メラミの見た目も悪い。小柄な身長に日を浴びたこともないのかと思う様な華奢で白い肌だというのに、部分的に女性らしいふくよかさはある。その上この性格だ。偏見かもしれないが、彼女には漫画に出てくる巻き込まれ系ヒロインの要素が強くあり、週刊誌のお色気担当漫画に1度でも興味を持った男の目を吸い寄せる様な魅力がある。


「……」


 未だに申し訳なさげなメラミを見てため息をつく。

 仕方ない。俺は立ち上がりメラミの頭を軽く撫でた。


「この話しはおしまい。メラミが教えてくれたから今回の事件は解決できたんだ。それでいいじゃないか」

「……お前は芽良に甘くないか?」

「……」


 隣でTVを見ていたザキが言う。

 うるさい。違う。俺が芽良に甘いんじゃなくて、お前に辛辣なだけだ。それに俺がそうなるのもお前の言動が原因だ。


「ありがとうございます。また、エニスさんに助けられてしまいましたね」

「あぁ……まぁいいじゃないか。今は仲間なんだ」

「はいっ!!」


 やっと元気の出たメラミの笑顔を見てひと息をつく。


 やれやれだ。

 そもそも、俺は彼らに戦力なんて期待したこともない。ザキは筆頭勇者になった俺に金の匂いを嗅ぎつけてやってきただけだが、そんな彼にも動画編集などの役割がある。


 青の芽良にも家事全般という得意分野があるし、何より彼女は俺を裏切らない。

 なぜなら、彼女にとって俺は『命の恩人』だからだ。




 


 

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