@sEVEn
東京都の中心たる皇居に寄り添うように聳え立つ警視庁のとある会議室の一室では、とある捜査会議が開かれていた。
警視庁捜査一課、その上で現在進行形の専従捜査に従事している者以外には全て召集がかかっていた。ただ、その8割はほとんどやる気がなさそうな面持ちで頬杖を付いている。
懸案となっている遺体の状況から、その捜査に関しては猟奇殺人捜査専従班に割り振られることが目に見えているからであろう。参加人数は30名ほどいるにも関わらず、その部署に所属する
「あーじゃあ、どうしよっかな。いいや。
捜査一課長である
「はい」
指定されて立ち上がったのは朝霧だ。
「本日10時46分に判明しました練馬区における殺人事件について報告いたします」
「前置き、いいから」
「すみません。遺体の状況から報告します」
「ああ」
答えるのは尼別芽だ。
「遺体の状況を報告します。被害者は
「…おえ」
会議室のどこかに座っている捜査員何某が、不快をそのまま言葉にしたような嗚咽を漏らす。
しかし朝霧は止まらない。
「…申し訳ありませんがさらに詳細の報告をいたします。腹部は胸部の直下からかなり鋭利な刃物によって縦一文字に引き裂かれておりまして、腸などの臓物がはみ出している状況でした。脚部に関しても、その骨のほとんどが、金づちなどの鈍器で執拗に骨を砕かれた痕があるとのことです。症状としては股関節以下粉砕骨折とのことでした。こちらも現在、詳細は調査中の情報です」
「……オーケイわかった。朝霧、あとはなんかあるか」
「はい。頭部の損傷はほぼなかったのですが、一点、左目の眼球がくり抜かれていました。鑑識の生天目氏が断面を一回見た程度の判断ですが、腹部を切り開いた刃物と同じではないか、とのことです」
「生天目さんか…ならまあ、信用できる情報ではあるな」
「はい。現在科捜研にも協力を仰いで検証中です」
「オーケイ了解。他になんかあるか」
「この件、
「問題ない。あの嗅覚は頼りになる」
「了解しました。報告は以上です」
「わかった。他に何かあるか?」
他の捜査員からは、一切手が上がらない。
その代わり、まるでため息のように嗚咽が聞こえてくる。
朝霧は、そんな精神的体力ならこの会議に来なきゃいいのに、と思った。
「……聞き込みは強行犯、やっとけよ。猟専班は鑑識と斑鳩、連携がちゃんとできるように動いてくれ」
「はい」
「了解です」
朝霧と
「現状手がかりが少ない状況だ。とりあえず今ある材料だけでなんとか追うぞ。一課一班、福岡県警に協力打診。最優先。もし、これが縁故を起点とする殺人であれば、そのあたりにいる親戚は危ない。半分はもう今すぐ福岡に飛べ。何もなきゃそれでいいが、なんかあったときのためだ。あー、えっと人選は鈴木と田村。二班、聞き込みを集中的に。とにかく徹底的に頼む。三班、二班のフォローに回りつつ、いつでもなんでも別起動できるようにしとけ。続きがある感じもしなくはないからな。じゃ、解散、とりあえず。個別に何かあるやつは個別に俺んとこに来ていい」
その号令を聞き届けて捜査員たちは自らに与えらた指示を全うすべく散り散りになっていった。
「あ、まずい」
朝霧が何かに気づいたように席を慌てて立ち上がる。すると隣でゆっくりと立ち上がる昼々蕗を無視して、正面に気だるそうに佇む尼別芽の元に駆け寄った。
「課長」
「……ん?なんだまたおまえか、朝霧。なんだ?」
「すみません」
「いやいいよ。なんだ?」
「いや実は、先ほど報告事項が多すぎて抜けてしまったんですが」
気だるそうではあるものの、ぞんざいには扱わない尼別芽だった。
「おう」
「殺害現場のアパートの部屋の前に、一切血液型が一致しない血痕があったんです。すみません。無関係かもという可能性のせいで重要度が下がっていて、報告が漏れました」
「…現場である室内の血液反応とは別ってことか?」
「はい」
「…なんだそりゃ」
「わかりません。しかし、生天目さんの見解では、時間的に新しいものだということなので、もしかすると何か関連性があるのではないかと思いまして」
「…んー。まあ、可能性としてはあるけどよ。それがどこの誰のもんかもわからん状況じゃなぁ。まあ、いい。合わせて追ってみろ」
「はい。そのつもりではあるんですが」
「なんだ?まだなんかあるのか?」
「先日から猟専班に届いている、不可解な都内の血溜まり案件、課長も知ってますよね?」
「……ほう」
「それとも関連があるのではないかと」
「…オーケイ。どちらにせよ猟専班は一課であるとはいえ別の動きをとって問題ないしな。多角的に行こう。とりあえず、先生のところ行ってきな。報告は忘れるなよ」
「了解しました」
そして嬉々として朝霧が返事をして、待っていた昼々蕗の方に振り向いた途端、また声がかかった。
「あ、朝霧」
「はい?」
「無理するなよ。お前さんはこういう件に関わりすぎだ」
「…杜乃女史にも、同じことを言われました」
「自覚があるなら、いいから少し休め。クマひどいぞ。26歳女子のツラじゃねぇ」
「相手が相手なら、セクハラですよそれ」
「ウルセェよ。これでも心配して言ってんだ」
「ありがとうございます」
「まあただ、先生のところ行ってくるとちょっとスッキリしてる感じあるからな。そこに関して制限する気はねぇけど、休むのも必要だぞ。事情は、知らぬわけでもないが」
「いえ。いつもお気遣い、ありがとうございます」
「いいよ。なんだ気持ち悪い。ほれ、飯でも食ってからいけ」
「了解しました」
凛として踵を返す朝霧を見送る尼別芽。昼々蕗に声をかけて、部屋を出て行った。
見送った尼別芽の目線は、まるで。
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