第27話


 訓練場には何人かの冒険者がいたが、マリアスのツルの一声で外に追い出された。


 一方でタイグルは訓練場に到着するなり、ゆったりとした動きで準備運動を始める。

 元腕利きで普段から動いているとはいえ、年齢が大きい今はこういった準備運動が重要になっているようだ。


「ん? お前さんたちは準備せんでいいのかね?」

 ただ立って眺めているユウマとリリアーナにタイグルが質問する。


「いや、俺とリリアーナのどっちからやるのか、そもそも二人ともやるのか、俺だけやればいいのか、戦うのか能力だけ見せるのか。何も決めてないからなあ」

 何を持って実力を確認したことにするのか、結論が見えないので、二人はその説明を待っていた。


「おぉ、そうじゃったな。ふむ、わしは元冒険者。しかも元Sランク冒険者じゃ」

「ほう」

「す、すごいです……!」

 ユウマは興味深そうに、リリアーナは素直に驚いている。


「じゃから、お主たちは二人でかかってくるとええ。わしはこの拳で戦う、お前さんたちは好きな武器を使うといい」

 元Sランクの余裕を見せたタイグルはぱしんと拳と手のひらをぶつけるとそう言ってニヤリと笑う。

 挑発の意味を込めた言葉だったが、対する二人は冷静そのものだった。


「わかった。とりあえず俺は片手剣を使わせてもらう」

 真剣な表情でユウマは腰に身に着けていた剣を軽くたたく。


「私はいつも使っているこれにします」

 気合の入った表情でナックルを装着すると、リリアーナは前に進み、攻撃態勢に入りながらタイグルと向き合う。


「ふむ、冷静な対応、そして片手剣に格闘とな。ほっほっほ、なかなか面白いのう」

「エルフが格闘……」

 面白そうに笑うタイグル、そして奇妙な光景に思わず呟いてしまうマリアス。


 しかし、そのことに触れられても今のリリアーナは気にすることなく笑顔でいる。

 以前の彼女なら気にしていたかもしれないが、それも過去のことだった。


「それじゃあ、マリアスさんが開始の合図を出したら始めってことでいいのかな?」

「はい。危ないと思ったら私が止めます」

 マリアスの返事に三人が頷く。


 彼女は危ないと口にする時に、先ほどのユウマとリリアーナのやりとりを思い出していた。

 しかし、それを聞いていなかったタイグルは自分のことを指していると思ってニコニコしている。


「それでは三人とも、それぞれ開始位置について下さい」

 戦いは四角い石でできた舞台の上で行われる。


 中央にタイグル、少し離れた位置にリリアーナ。更に離れた位置にユウマが立つ。


「ほう、嬢ちゃんが前衛で坊主が後衛か。エルフが前衛というのも面白いが、片手剣のお前さんが後衛というのは……何を企んでるのやら」

 ここでもタイグルはニヤリと笑う。戦いを楽しんでいるといった風である。


「準備はいいようですね――それでは、始め!」

 開始の合図とともにリリアーナが走り出す。

 タイグルは二人の出方を探るべく、その場で迎え撃つつもりであり、力強く踏み込んで駆けだしながら拳を構えていた。


「せやあああああ!」

 リリアーナは大きな声をだし、強力な一撃を放つために拳に魔力を込めていた。


「”展開、石石石石石石石石石石石石石石”」

 その後ろでユウマが急に石を連呼し始めたため、それが聞こえたタイグルとマリアスは怪訝な表情になる。


「――なっ!?」

 しかし、タイグルは自分に訪れた状況に驚き、視線を巡らし、そして固まってしまう。


 ユウマが連呼したとおもった次の瞬間には周囲に大量の石が突如現れた。一つ一つの大きさは拳大より少し小さいサイズ。

 それが出現したと同時にタイグルにぼとぼとと落ちながら襲いかかった。

 接近してきたと思っていたリリアーナは気づけばある程度のところで足を止め、距離をとっている。


「……くっ! なにくそ!」

 タイグルは降りかかる石たちのうちいくつかを避け、いくつかを拳で撃ち落とす。

 しかし、突如現れた石全てに対処するのは難しく、いくつかを身体に受けてしまう。


「ぐおおおおお!」

 そんなに大きい石とは言えないが、高いところから落ちてくるそれらは意外にも凶暴だ。

 石程度でやられるわけにもいかないため、タイグルは全身に魔力を込めて防御に転じる。

 魔力により防御力が上がっているため、身体へのダメージはかなり軽減されていく。


「はあはあ、ま、まさかあんな手を……」

 全ての石を受けきったタイグルだったが、これが一瞬の油断を招く。

 今でも身体を鍛えているとはいえ、実戦から遠ざかっていることが勘を鈍らせていた。


「せやあああ!」

 突然襲いかかった石がなくなったことで息つくタイグルの懐に入りこんだリリアーナはがら空きになっている腹に渾身の一撃を撃ち込んだ。


「っ……うぐああああああ!」

 思わず声をあげ、後ろに数メートル吹き飛ばされるタイグル。

 それでも、ダメージを軽減するために腹に魔力を集中しようとしたのはさすが元Sランクといったところだった。


「なあ、次は石じゃなく剣を出すつもりだが……どうする?」

 一歩も開始地点から動いていないユウマは腰に携えた剣に一切手をやることなく、右手を前に突き出して質問する。

 質問の相手はタイグルではなく、マリアスだった。


「し、終了! この勝負、ユウマ・リリアーナ組の勝利です!」

 そう宣言すると、マリアスは慌ててタイグルのもとへとかけつける。


「タイグルさん! だ、大丈夫ですか?」

 質問しながらもマリアスは回復魔法をかけていく。


「う、うむ、なんとかな。――しかし、あやつら何やら力を秘めているとは思ったが……あれほどとはな」

 座り込んで治療を受けるタイグルは、離れた場所で話している二人を見て驚愕と少しの恐れを抱いていた。


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