第10話


 引っ越し作業の手伝いを終えたユウマは、受付で受け取っていた完了用紙にサインをもらう。


 追加報酬を出したいと、金や物を渡そうとしてくる夫妻を何とか振り切ってユウマは家をあとにした。



「ふう、まさかあんなに高評価だとは思わなかった」


 ユウマにしてみれば、手に入れた能力を少し使っただけであるためあそこまで感謝されると思っておらず、あまりの反応に少し驚いていた。



「とりあえず……次は森だな」


 冒険者ギルドの受付で薬草採集の依頼を受諾する際に、ミリシアから簡単に説明を受けていた。


 南の森に行けば色々な場所に生えている。



 使用頻度が高いため、常時募集しているが報酬が高くないため受ける人が少ない。だから、今回は依頼を受けてくれるのは助かる。との話だった。



 街を出てゆっくりと歩いて二十分ほど経過したところで、南の森へと到着する。



「えっと、確か雑貨屋で買った……”展開、薬草”。これが、薬草だな」


 手元に出した薬草を確認しながら、足元に生えている草を確認していく。



「ん? おぉ、これだ! すごい、かなりあるぞ!」


 五分ほど進んだ場所で薬草の群生地に到着する。



 薬草を採集する際の注意点として、乱暴に引き抜かない、葉をちぎらない、一定量を残しておく。などなどをミリシアから聞いていた。



「まあ、せっかくの説明だけど俺の場合は……”収納、薬草”」


 地面に生えている薬草が一瞬で収納される。その際についていた泥は全て落とされて収納されるため、採りたての新鮮さと汚れのない綺麗さを維持していた。



「持っていっただけ買い取ってくれるってことだけど、他にも生えているところはあるかな?」


 注意されたとおり、一定量を残して次の場所へと移動していく。



「ん? 魔物の死体?」


 移動の最中に、見たことのない、といってもユウマはゴブリンにしか遭遇したことがなかったが……とにかく魔物の死体が転がっているのを発見する。



「狼の魔物か、小さな角が生えているな」


 普通の狼と異なり、頭部に生えている二本の小さな角が魔物であることを現している。



「”収納、魔物”」


 名称がわからないため、とりあえず収納してみる。



『魔物の解体を行いますか? YES/NO』


 すると、ゴブリンの時と同様に確認のメッセージが出てくる。もちろんYESを選択して、これまた同じように狼の魔物が解体されていく。



「”一覧”……ワイルドウルフか」


 こうやって一覧で確認することで、知らないものの名前を確認することができるのは便利な機能であり、ユウマが気に入っているものである。



 しかし、ユウマはこの機能に喜ぶのではなく険しい表情になっていた。



「これは、人に倒されたものじゃなさそうだ……」


 先ほどの魔物だけでなく、しばらく進んだ場所にも魔物の死体が転がっている。しかも、傷口は剣や魔法でできたものではなく、ナニカに噛み千切られていた。



「これは……まずいな」


 恐らく鋭い牙で攻撃されて、しかも解体した一覧に魔石がなかったことから、魔石を食っていったことが予想できる。



 ゴブリンのものでも魔石はかなり固かった。それを、丸のみにできるほどデカイ魔物か、あれを噛み砕くほどの咬力を持っている。



 そんな魔物が近くにいるということは、今現在のユウマは危険な状態にある。



「帰ろう」



 そう呟いたユウマは一歩後ろに下がる。



 パキッ



 その一歩の足が枝を踏み、折れて音をたてる。


 周囲にナニカの気配はなかったため、この程度の音で反応するとは思えない。しかし、想定外の音にユウマは身体をビクリと震わせる。



「…………セーフか」


 なんの反応もないため、ユウマはホッとしながらゆっくりと入り口の方向へと歩みを進めようとする。



 しかし、ドゴンという大きな音とともにどこか離れた場所でミシミシと木が倒れていくのがわかった。


 ユウマは足を止める。



 先ほどと同じように魔物が襲われているのであれば、放っておけばいい……しかし、もし、万が一、誰か人が襲われていたら? その考えが頭にチラついてしまった。



「あー、もう!」


 踵を返すと、ユウマは音がした方向へと走り出す。


 つい先日も同じような状況だったな、そんなことを思い出しながらも音への距離が近づいていく。



 音は断続的に聞こえてきて、その合間に人の声も聞こえてきた。



「待ってろ!」


 既に誰かがいることを確信したユウマは更に速度を上げていく。特別なスキルは一つしか持たないユウマだったが、身体機能は勇者としてこちらの世界に召喚された時に強化されている。



 それゆえに、全速力のままその場所へと到着することができた。



「待たせた、助けに来たぞ」


「ありがとうございま……あ、あれ? ひ、一人ですか?」


 そこにいたのは杖を構えた魔法使いの少女。ワンピースの上にローブを羽織り、いかにも魔法使いという帽子から、サラサラと美しい金髪が見える。



「一人だ、それよりも……」


「そ、そうなんです! この魔物!」


「あんたエルフか?」


 尖った耳からエルフであることがわかったため、ユウマは確認をする。



「そ、そうですけど、その確認って今必要ですか!?」


 ユウマの質問に答えている間も魔物の攻撃は続いており、エルフの少女はなんとかそれを回避する。



「いや、獣人は結構見かけたんだけど、エルフは街で見なかったもので……それより、助けて大丈夫か?」


「あ、当たり前です! は、早く助けてくださいいい!」


 少女が軽やかな動きで魔物の攻撃を避けているため、大丈夫だろうとユウマは話をしていた。


 しかし、彼女にしてみれば悠長なことを言わないで早く助けてくれと必死な様子である。



 彼女に襲いかかっているのは真っ黒な毛に覆われ、赤い目を光らせた熊の魔物の姿があった。サイズはユウマよりもはるかに大きく、恐らく五メートルほどの身長である。



 ユウマはこの魔物の名前を知らないが、実はクリムゾンベアと呼ばれる魔物であり、熟練の冒険者でなければ倒すのは難しいと言われるほどの強力な魔物だった。



 そんな魔物を相手に、前衛職ではない彼女が攻撃を避け続けるのは奇跡に等しかった。



「わかったよ……おい! お前の相手は俺がしてやる!」


 そう言いながらクリムゾンベアに向かってユウマが石を投げつける。すると、クリムゾンベアはギロリと視線を彼に向けた。



「まあ、気配だけでかなりのやつだってわかるよなあ」


 それほどの強敵を前にしても、落ち着いた様子で軽口をたたくユウマ。



 クリムゾンベアは赤く光る両の目でユウマを捉えていた。


 空腹なのか口からは鋭い牙とよだれが垂れてきているのが見える。


 クリムゾンベアはゆっくりとユウマとの距離を詰めていく。



 ユウマも戦闘態勢に入る。

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