第2話 幼馴染み

よう、君」


 放課後、僕の席にやってきた真昼がそう僕に話し掛けてきた。


 ちなみに、洋と君の間に変な間が出来たのは、ちゃんと言い掛けて慌てて君に言い直したからだろう。


 さすがに学校でちゃん付けで呼ばれてはたまらないので、高校入学を期に学校の敷地内では僕の事を君付けで呼ぶように真昼 まひるには言い聞かせた。真昼としてはなぜそんな面倒な事をするのか分からなかったらしく、交渉は難航を極めたが、最後は僕のねばり勝ちでなんとか現在の状況をもぎ取った。

 まぁ、たまに間違えて呼ばれる事もあるけど、それはもう仕方がない言葉だとあきらめた。


「一緒に帰ろ」

「あぁ」


 かばんを手に取り、椅子いすから立ち上がる。


 異性の幼馴染おさななじみとのやり取りを恥ずかしがる男子もこの世界にはいるらしいが、僕の場合それはなかった。というか、異性の幼馴染みに話し掛けてもらっておいて邪険な態度を取るやつは、何様なのだろうと僕なんかは思う。お前はそんなに偉いのかと。


「? どうかした?」


 僕が立ち上がったのになかなか動こうとしなかったためか、真昼がそう言って小首をかしげる。


「いや、真昼は可愛かわいいなって話」

「え? 何、急に」


 僕の言葉に真昼が、慌てふためく。

 いかんいかん。つい、いつもの調子でからかってしまったが、ここはまだ教室、自重せねば。


「ほら、真昼帰るぞ」

「え? あ、うん。そうだね」


 思考が若干トリップしていた真昼を、呼び掛けと頭部への軽いチョップで呼び戻すと、俺は真昼を促し教室を後にした。


「もう。急に可愛いなんて言うから、びっくりしちゃったよ。いつもの冗談なら、冗談ってすぐに言ってくれなきゃ」

「今度からはそうするよ」


 というか、先程の言葉は真昼をからかうために言った言葉では確かにあったが、だからといってそれが心にもない言葉だったかと言うと、決してそう言うわけでもない。


 真昼は普通に可愛いと思う。そこに嘘はない。ただ面と向かって、マジなトーンでそれを本人に告げるのに、若干の照れがあるというだけで。


「でもダメだよ? 他の人にはこういう事しちゃ。あんま軽々しくこんな事ばかり言ってると、洋君がチャライ男だって思われちゃうよ」

「いや、誰にでも言うわけじゃないから。お前と、後は精々よるに言うくらいかな」

「へー。そうなんだ」


 僕が特定の人間にしかそういう事を言わないと聞いたからか、真昼がほおわずかに赤く染め、視線を天井の方へさ迷わせる。


「ちなみに、夜はどんな反応するの?」

「別に、普通にありがとうって」


 あいつは真昼と違って、自分の容姿の良さを自覚しているから、特に抵抗なく僕からのめ言葉を受け入れる。

 まぁ、可愛いのは事実なので別にいいのだが。


「洋君は夜みたいな子がタイプなの?」

「なんでだよ。お前にも同じように、可愛いって言ってるだろ?」

「だってー」


 まったく。同じ顔をしていながら、どうしてこうも自己評価が正反対なのだろう。


「いいか。一度しか言わないからよく聞いておけよ。僕は真昼も夜もどちらも可愛いと思うが、どちらが好きかと聞かれたら間違いなくお前を選ぶよ。言っとくけど、これは冗談じゃなくてマジなやつだからな」

「……」


 折角腹をくくり恥ずかしい事を言ったというのに、真昼からの反応はまさかの無だった。そんなに信用ないのか、僕の言葉って。


 そう思い、うつむく真昼の顔を覗き込むと、その顔はゆでダコのように真っ赤で、口元は何かを我慢するように固く結ばれていた。


「なんだ、照れてるだけか」

「普通、照れるでしょ、そんな事言われたら」

「でも、真昼がー」

「私のせい!?」


 こうして僕達の放課後は、騒がしくもむつまじく過ぎていった。




「ばんわー」


 今日も今日とて、夜が僕の部屋にやってくる。


「こんばんわ、夜」


 勉強の手を止め、僕は夜の方に体を向けた。


 彼女は常に元気いっぱいだ。まるで悩み事なんてないように、楽しそうにいつも僕の部屋にやってくる。

 時々本当に、彼女には悩み事なんて存在しないのではないかと思ってしまう。それくらい夜は常に明るかった。


「なになに? 私の顔に何か付いてる?」


 僕がじっと顔を見ていたからだろう。夜がそう言って自分の顔をベタペタと触る。


「いや、別に。少しぼっとしてただけ」

「あー。ダメだよ、勉強のし過ぎは。何事も適量が大事ってね。といわけで、何かして遊ぼう」

「はいはい。で、今日は何する?」


 結局話がいつもの着地点に収まった事に苦笑を浮かべつつ、僕は夜にやりたい事をたずねる。


「そうだなー。じゃあ、トランプ」

「トランプ? 別にいいけど、トランプで何をするんだ?」


 確かトランプは、勉強机のどこかの引き出しの中に……あったあった、これだ。

 不確かな記憶を元にトランプを探した結果、一発でそれを見つける。


 だからどうしたという話だが、なんだかそんな些細ささいな正解が少しうれしかった。


「うーんと、とりあえずまずは神経衰弱でもどうかな?」

「神経衰弱、ね。オッケー。じゃあ、やろうか」


 昨日同様、ベッドの上に移動をし、その上で二人で適度な距離を取って向き合う。

 箱から出したカードを適当にカットすると、それをこれまた適当にバラけるように並べる。


 ジャンケンで先攻後攻を決め、ジャンケンで負けた僕の先攻でゲームは始まった。

 まずは様子見と、なんの考えもなしに二枚のカードをめくる。当然合うはずもなかった。

 次に夜がめくる。これも合わず、ただ四枚の違うカードの場所が分かっただけでお互いの一ターン目は終わった。


「よーはさ、真昼の事好きなんだよね」

「……なんだよ、やぶから棒に」

「いや、その割に全然進展がないからさ」

「真昼とは幼馴染みだからな。逆にその辺りが難しいというかなんというか……」


 言いながら、二枚のカードをめくる。かすりもしなかった。


「昨日も言ったかもしれないけど、私はいいと思うよ、二人がそうなるの」

「そうか」


 としか返事のしようがなかった。

 夜のおすみ付きを貰ったからといって、それがすなわち真昼の気持ちというわけでは当然ないし、思いが通じ合っていればいつ付き合い始めてもいいというわけでもないだろう。タイミングとか流れとか、色々な要素がそこには関係してくるはずだ。


 夜がカードをめくる。その数字は、どこかで見たものだった。

 すかさず、それと対となるもう一枚のカードを夜がめくった。ペアが成立し、夜が二枚のカードを自分の手元に置く。

 そして続けて、三枚目のカードに手を伸ばす。


「時は金なりとも言うしね。早いに越したことはないんじゃない? あ、またそろった」


 と言いながら、四枚目のカードを開く夜。相変わらず運がいい。


「人間関係において、それはなんか違うんじゃないか」

「じゃあ、先手必勝?」

「うーん。まぁ、それなら……」

「先手必勝!」


 そう叫び、夜が五枚目のカードを取る。またしてもそれは、どこかで見た数字が書かれたものだった。


「やりぃ」


 序盤で三連続のペア成立。これは最早もはやイカサマを疑うレベルだ。


「やってないよな?」

「何を?」

「いや、なんでもない」


 そもそも、このトランプは僕の部屋にあったもので、尚且なおかつ場に並べたのは僕だ。どう考えてもそこに夜のイカサマが介入する余地はない。つまり、これは偶然、あるいは夜の実力?


「あ、また揃った」

「……もう勘弁してくれ」

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