Step4 市役所に相談に行きましょうパート2



 そらのこ保育園

 当園の保育理論は、元気な子、優しい子、夢を叶える子。

 この三つの理念を持った、未来へ羽ばたく子供たちを育成するため、毎日の保育を通じてうんたらかんたら……年少さんになると、空の色を写した制服の着用することになります。

 そらのこ保育園の制服、めっちゃ可愛い! ネット調べてみたら口コミも良いみたい!

 制服だけじゃない、指定の運動服はスポーティなサファイアブルーでカッコいい!

 成長したりぃちゃんは、スカイブルーが似合うお洒落さんになるのかな? それとも、サファイアブルーが似合う活発なお転婆さんになるのか?

 今からママ、楽しみだよーーヾ(@⌒―⌒@)ノ

 そらのこ保育園に入園するために、また市役所の子育て支援センターに来たよ!


「保育園をご利用されるための理由は、就労、求職活動、その他どちらになりますか?」

「え~保育園って、働いていないと入れないの?」

「自治体の保育料補助を受けられる認可施設への入園は、日中にお子様の保育ができない理由が必要です」

「働く気なーい。めっちゃ忙しいから子供預けようと思ったのにー」

「では、認可外保育園をご利用ください。そちらは個人契約になりますので、実費徴収となります」

「保育園ってむしょーかしてタダでしょ! お金かからないって聞いたから、保育園使おうと思ったのに!」

「保育の無償化は、3歳児……年少組以降からが対象です。幼稚園でしたら、3歳のお誕生日を迎えて入園した時点で無償化ですが、保育園は4月1日時点で3歳を迎えていなければ……」

「なにそれ、聞いてない!」


 窓口で、保育園の担当職員が来るのを待っていたヒロミの隣の窓口が何やらヒートアップしてきた。

 どう見ても3歳は迎えていない幼児を連れたヒロミよりも数歳若そうな母親を、彼女の親ほど年齢が離れた職員が対応している。母親は、ヒロミのように育児休業からの復帰を控えている訳ではないようだ……保育園の無償化って、3歳以上じゃないと対象じゃないんだ。

 数年前に騒がれていた政策だが、当時はまだりぃちゃんが生まれていなかったヒロミはその制度をよく理解していなかった。

 保育料っていくらぐらいかな~と考えながら、窓口にやって来たのは先日と同じくヤナギであった。


「こんにちは。本日は、どういったご用件でしょうか」

「保育園を色々見学をしてみたんですけど、旦那の職場の近くのそらのこ保育園に入園したいな~って」

「そらのこ保育園……ああ、隣の市の保育園ですね」

「隣の市?」

「そらのこ保育園は、当自治体の管轄する保育園ではありません。ちょうど境にあるんです」


 と、ヤナギが市内の保育園マップを持って来て説明すると、本当に市と市の境ギリギリのところにそらのこ保育園は建っていた。カズさんの勤め先は住んでいる市のギリギリのところにあり、境界線を跨いでそらのこ保育園がある。

 しまった、HPは確認したが、住所までは確認していなかった。


「別の市の保育園って、入園できますか?」

「できないこともありません。管轄外入所と言いまして、別の市町村が管轄する保育園へ入園するため、役所を通して協議を送ることができます。しかし、あくまでその市町村に住所を置く児童の入園が優先されるので、向こうの審査によっては優先度が高くても入園できない可能性があります」

「そ、そうなんだ」

「あと、送迎方法はどうされるおつもりですか?」

「旦那が近くの工場に勤めていて、自動車通勤なので、旦那に送り迎えしてもらおうかと」

「……お母さんは、車はお持ちですか?」

「いえ、うち車は一台だけです」

「大丈夫ですか。慣らし保育の間のお迎えは?」

「慣らし保育って何ですか??」


 聞き慣れぬ単語を耳にしたヒロミに対し、ヤナギは「あ、そこ説明必要か」と言いたげな空気を出した。眼鏡をしていて、それでかつ表情が乏しいので顔には出ないが、絶対にそう思っていたはずだ。


「慣らし保育とは、お子さんが保育園に少しずつ慣れていくことです。お子さんは、今まではお母さんと一緒にいたでしょう。それが、急に環境が変わって知らない人ばかりのところへ預けられます。環境の変化に慣れさせるように、入園してしばらくは短時間ずつ保育園に通うことになります。最初は1時間、次は2時間。その次はお昼を食べて、大丈夫だったらお昼寝してと」

「え、じゃあ、入園して最初は1時間でお迎えに行かなきゃならないんですか?」

「そうなりますね。各施設によって慣らし保育の計画に微妙な違いがありますが」

「慣らし保育って、どれぐらいで終わるんですか?」

「そればかりは、お子さんによるそうです。慣れる子は1週間で慣れますが、環境の変化に敏感な子は1か月以上かかる子もいるそうです」

「……」

「それに、お子さんに何かあった時の送迎方法も必要になりますよ」


 ヒロミの中で、スゥっと血の気が引いた。

 そらのこ保育園へは、カズさんの自動車でしか送迎できない。かといって、カズさんに慣らし保育をお願いしてできない。最長1か月もカズさんに早退させるのは無理だ。

 そう考えれば、そらのこ保育園以外の保育園に入園するとしても、慣らし保育期間のヒロミの足が必要になる。今まで見学してきた保育園の殆どは、カズさん頼みの通園ありきだった。

 ここにきて、自分の考えが甘かったと。頭に鈍器でガツンと殴られたようなショックを受けた。


「あ、あの……保育園の、保育料って、どれぐらいかかりますか?」


 認可施設の保育料は、両親を始めとした児童の扶養者の収入を見て決定される。ヒロミたちの住む自治体が決定する料金表と、市役所税務課に申告されている情報によると、りぃちゃんが入園した際の月々の保育料は3万以上確定らしい。

 その日は、保育料の相談をしてそのまま帰った。市役所から出るバスに揺られながら、今日感じた悶々とした感情をSNSにぶちまけてしまった。

 慣らし保育って何!?

 保育料高すぎ! 小さい子は保育園無償化じゃないんだって!

 入りたい保育園は別の市の保育園だから入園できないかもしれないって(´Д⊂ヽ


『そんなことも知らなかったんですか!?』

『保活する前に下調べは基本でしょ』

『母親失格ですね』


 お気に入りのカバーに入ったスマホ片手に、りぃちゃんにも他の乗客にも見られないように、ちょっと泣いた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る