第三話 どいつもこいつも

 六月。


 降りしきる雨の中。俺は、怪獣を追いかけていた。


 今日も、あきらめてこちらを振り向くだろうな。それならいつも通り、観客を盛

り上げてやるよ。


 そう思っていたのに、やつはなかなか止まってくれなかった。


 むしろ、自分のペースを上げやがった。


 「クソッ!」


 俺も、ペースを上げたいのに、横腹が痛くなってきた。


 光線銃を使いたかった。


 しかし、俺は怯えて使えなかった。


外した時のリスク。


光線銃がチャージされる時間は、週に一回。つまり、一回の戦闘に一回しか使えな

い。『神』がもらったメモにはそう書かれていた。


 すると怪獣は、ビルにつけられた外階段を昇って行った。


 バカめ! 人ごみの中を走っていった方が逃げやすいのに、こんな障害物がないよ

うな場所に行って、屋上で行き止まりのはずだろうに。


 しかし、怪獣はある程度高いところまで上がると、


 「おらぁぁぁぁぁ!」


 階段から、落ちた。


 俺は、あまりに驚いて立ち竦んでしまった。


 頑丈とは言え、あんなところから落ちたら…。


 あいつは、本当に人間なのか。本当は平日も怪獣なんじゃないのか。


 怖い。


 俺は、動けなかった。


 下を見たら、何か肉が飛び散ったような跡が残って、歓声が悲鳴に変わってしまう

んじゃないのか。


 怖かった。


 しかし。


 そんな俺の懸念を裏切るように、怪獣はそのまま俺を一瞥して走り去ってしまっ

た。






 「クソがっ!! あの野郎あの野郎あの野郎あの野郎!!!」


 一人暮らしのアパートの一室。


 俺は、自分の拳を固めて壁、ではなくベッドに向かって何度も腕を振り下ろし

た。


 「なんでだよっ! チクショーが!!!」


 悔しかった。


 あんなノロマに逃げられて、俺のプライドは崩れそうになった。


 そこで、スマートフォンが音を立てて震える。


 「もしもし」


 母だ。


 「あんた、最近連絡してこないけど、どうなの? 勉強してるの?」


 メッセージを未読のまま無視していたら、とうとう電話が来た。怒りで興奮しき

った俺は、思わず出てしまった。


 「やってるよ」


 俺は、むきになったような声音で返事する。


 「でもあんた、この間の模試の結果、家に送られてきたけど、こんなのでいい大学

に行けると思ってるの!? ちゃんと勉強しなさい!」


 「分かってるってば!!」


電話越しで、こんなに怒鳴ったのは初めてだ。


「もう分かった。大学に行く気、ないみたいね。お母さん、分かりました」


「別に、そんなことは…」


そして、母は予想だにしなかった言葉を口にし、それにより俺の今の生活を脅かす

ことになる」


 「分かった。あなたバイトしなさい。仕送りはお父さんに頼んで今の半分にする

から。勉強する気がないなら、働いてもらいます」


 「ちょっと!?」


 母は、急に思い切ったことを口にした。俺は、怒りから恐怖に変わる。


 「以上です。バイトをしながらでも勉強頑張ったら、仕送りを元に戻すから」


 母は、そう言って一方的に電話を切った。


 「なんなんだよ…。どいつもこいつもぉぉぉ!!! あああああ!!!」


 俺は、再び同じ体勢でベッドを殴った。




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