第4話 大事なもの

 次の日。

 

 俺は、前夜に考えた結果、とうとう決断を下した。

 

俺と同じ制服を着た生徒。


 生徒会長の俺を恨み、『怪獣』としての俺の弱みを握った男。


 正直、あんな男は嫌いだった。誰がどう見ても弱そうだし、実際にやることも、

その目的も卑怯な弱虫がすることだ。


 ああいう人間は、俺のことを嫌う。俺が女子と屈託なく堂々と話しているからと

か、友達が多いとか、勉強が出来るとか、気が強いとか。


 俺が、あいつに直接何かをした記憶が全くない。


 おそらくは、逆恨み。


 俺のことを勝手にライバル視して、頭の中の大半を羨望とか憎しみで埋めている

哀れなやつだ。


 そんな奴に、俺は弱みを握られて、いいようにされている。


 そのことには怒りを抑えきれないが、とりあえず、あの生徒のことについて、情報

を集めることにした。


 「ああ、4組の間中だろ? あのちょっと地味そうな」


 情報を提供してくれたのは、五組の小川拓斗。生徒会書記をやっているので、一度

も同じクラスになっていない俺も、彼とは知り合いだ。


 五組の体育は六組で行うが、彼の人脈を生かしたネットワークは、学年の域を超

え、ほとんどの全校生徒を知るほど広いと言われているため、隣の教室の人間の名

前くらい知って当然と言ったところか。


 「ああ。ちょっと気になってな」


 あんな奴のことを聞いてどうするんだ、と言われるのが怖かった。


 落としものを見つけたなんて言い訳を適当にしてやろうかと思っていたが、


 「そうか」


 とだけ、彼は言った。


 拓斗は、とにかく空気が読める。人を怒らせないのが強みの男だ。頭のキレと勘

の良さを持ち合わせているが自己顕示欲がなく、それを嫌味にさせない。


 今だって、俺が、あまり詮索してほしくない様子を鋭く感じ取り、鈍感なフリをし

たのだ。


 「ありがとう」


 情報を提供してくれて、だけでなく、何も聞かなくて。


 




 運命の放課後。


 四組に乗り込み、間中を呼び出した。


 まだ帰っていない生徒は、まばらに残っていたが、特に仲の良い知人はもういな

い。俺の知り合いは部活や女で忙しいのだ。


 「待ってたよ」


 昨日とは打って変わって妙に真面目な面持ちで、席を立った。


 体育館裏に移動して、さっそく本題に移った。


 「どうする?」


 俺と二人になると、昨日の強気な態度を取り戻した。


 ニヤニヤと、数秒先の未来を想像しながらほくそ笑む。


 生徒会長として、スクールカーストのトップとして過ごした学校生活。


 大企業の長男として、両親の希望、弟の手本として生きてきた十七年。


 俺は…。


 俺は、その立場を守るために。


 「持って来たぜ」


 佳也子からもらった首飾りを、嫌味のようにぶら下げる。


 俺は、黙ってそれを左手で受け取る。


 「交渉成立だな」


 「…」


 俺は、何も言わない。


 俺は、これからの未来が不安だった。


 それでも、俺の決意は変わらない。


 俺の立場こそが、俺の生きる道だ。


 今まで努力してつかみ取った、大事なものなんだ。


 「お前も大変だな、生徒会長さん。いや、生徒怪獣さん。じゃあ、今日から俺の舎

弟だ、さっそく俺のこの鞄を持ってくれよ、このグズg…ぐひゃらぁぁ!!!!」


 だから俺は、こんな雑魚ごときに屈するわけにはいかなかった。


 顔面を思い切り殴る。


 間中は、その拍子に吹き飛び体育館の壁に背中をぶつけた。


 「あが…、がぁ…」


 切れた唇からの流血を、手で身長に当てて確認しながら、驚いた様子で俺のこと

を見ていた。


 「俺とお前の違いを教えてやるよ」


 俺は、目の前の間中を、殺す勢いで睨みつけた。


 「俺は、努力した。確かに、最初から持っているものは持っていた。親父の権力だっ

たり、自分で言うのもアレだけどルックスも、運動神経も、地頭も」


 顎をひくひく動かして泣きながら、間中は俺の話を傾聴している。


 「でも、その分、負けるのが怖かった。才能も、立場も恵まれながら、誰かの努

力に負けるのが、怖かった。努力しないで甘えて、それで負けるのは、恥ずかしい

し、かっこ悪い。だから俺は、おごれないように、絶対負けないように、努力し

た。この立場を守るために、俺は闘い続けた」


 「なっ…何が言いたいんだよ!?」


 動揺した間中は、ようやく言葉を取り戻し、反論するように俺の言葉の意図を尋

ねた。


 「つまり、俺が言いたいのは…」


 俺は、間中の髪を掴み、顔を近づける。


 「努力も何もしねえで、どうせ俺には無理だと決めつけて怠けてるくせに、他人の

邪魔をする奴が大っ嫌いなんだよ!!」


 「だって…」


 「だってじゃねえ! 自分は報われていないから他人を傷つけていいなんてねえ

んだよ! この三下が!」


 息が上がるくらいに、俺は疲れた。


 前に突き出すように、間中を突き飛ばした。


 間中はもう、何も言わなかった。


 ただ、うう、と呻きながら、情けなく、泣いているだけだった。


 「わりい…、言い過ぎた。ムカついたなら、いくらでもバラせよ。俺が『怪獣』

だってこと、今の恐喝まがいなことも」


 俺も、言いたいことを言えてスカッとしたかったのに、再び気持ちに靄がかかった

まま、体育館裏を後にした。





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