民主主義万歳!

「いったいどうなされたのですか、救世主さま。急に皆に集まれなどと……普段の軍議には呼んでもなかなか来てくれないのに」


 エリウが怪訝そうに言った。

 だってさー、会議とかダルいんだもん。三行で説明して三行で終わるなら出てやってもいいんだが、どうせクソみてーに長引くんだろ? ……ってことで、普段はいかなる軍議にも出席しないポリシーを貫いているわけだが、今回だけは話が違う。

 俺はエリウをはじめとしたサンガリアの主要メンバーを自分の屋敷に呼びつけた。広間の中央にあるプール、それを囲むようにして、エリウと羅生門ジジイ、ラスターグ王子とその近衛隊が立っている。

 エリウは夜中に何度も屋敷に来ているが、他の奴らを招き入れるのはこれが初めてだ。俺はちょうど近くにいた二人の女奴隷に命じて、銀のグラスに赤ワインを入れて持ってこさせた。

 天窓から降り注ぐ柔らかい日光と、眩しく輝く銀の食器、馨しい赤ワインの香り、そして薄衣を纏った美しい女奴隷たち。ここはまさにこの世の天国だった――この世っつうか、そもそもここは異世界なんだけどな。

 広間の荘厳さに、羅生門ジジイはそのままポックリあの世に行っちまうんじゃないかと思うほど興奮し、ラスターグ王子は元からガラが悪くて不愛想なEXILE系の顔をますます苛立たしげに歪ませている。


 ワインを飲み干し、一息ついたところで、俺は早速本題に入ることにした。めんどくせーことはさっさと済ましちまうに限る。


「おい、イリーナ、中に入れ!」


 と声を投げると、外で待機していたイリーナが静かに広間へ姿を現した。


「イリーナ、説明してやれ」

「……かしこまりました」


 イリーナは恭しく一礼し、行商人からゴーマ軍の動向に関する情報が得られたことを話し始める。

 ゴーマ軍の名が出た途端、エリウの表情はキッと引き締まった。隣のラスターグ王子も――と、ふと見ると、王子の顔はまるでチークでも入れてるみたいに真っ赤で、胡乱な視線を宙に泳がせながらボンヤリしていた。イリーナの話も耳に入らない様子で、完全に上の空の状態だ。


 こいつ、ワイン一杯で酔っぱらってやがる。もしかして、すんげえ下戸なのか? めっちゃ酒豪そうな見た目してんのにwww飲み会でウェーイしてそうなツラしてんのにwww

 そんなラスターグ王子を尻目に、エリウは真剣な表情でイリーナの説明に耳を傾けている。


「……なるほど。たしかに私も、ゴーマはいずれカムロヌムを奪還しに来るはずだと思っていました……しかし」


 イリーナからの説明が終わると、エリウは腕を組み、目を閉じて何か思案しているようだった。普段着の白いローブ姿で腕を組んだエリウの姿は、ただでさえデカい乳がさらに強調されて、もう辛抱たまらん感じ。もしも今ここにジジイや王子たちがいなかったら、この場で襲っていたかもしれない。

 今夜、また部屋に呼びつけるか……。俺のエロい目線など知る由もないエリウは、伏し目がちに言った。


「これまでの戦いで勝利を収められたのは、アランサーの絶大な威力はもちろんですが、ゴーマ軍に対して奇襲をかけられた点も大きな要因だったと思われます。しかし、ゴーマの連中もそろそろアランサーへの対策を考え始めているかもしれません。三度目の正直、名誉挽回を期して、今回は万全の態勢をとってこちらへ向かってくるに違いない。正規軍でまともに戦ってはひとたまりもありませんから、我々としてはアランサーの力に頼るほかないのですが、そう何度も上手く引っかかってくれますか……」


 そう、まさにそれだ。俺が抱いていたのと同じ懸念を、やはりエリウも考えていたのだ。

 ならば、俺の提案を素直に受け入れるだろう。満を持して、俺は口を開いた。


「そこでだ。俺はイリーナにゴーマ軍へ手紙を書かせて、内通したと見せかけて罠に嵌め、敵を一網打尽にしようと考えている。どうだエリウ、いいアイディアだろう?」

「イリーナに……?」


 この話の流れなら快諾してくれるはず、と踏んでいたのだが、意外にも、エリウの表情は険しかった。


「率直にお尋ねします。救世主さまは、この女をどこまで信用なさいますか? そこにいるイリーナは元ゴーマ軍司令官の妻。市民の間でどのような噂が立っているかは、救世主さまもご存じのはずです」

「ああ。イリーナがまだゴーマ軍に内通してるんじゃないか、って話だろ? もちろん知ってるぜ。だが、俺はイリーナを信用することにした」

「……その根拠は、何ですか?」

「根拠? そりゃあもちろん、俺の奴隷だからさ。それもとりわけ従順な奴隷だ。他に理由が必要か?」


 これ以上の反論は難しいと判断したのか、エリウは再び黙り込んだ。しかし、俺とイリーナに対する視線の険しさたるや、どう見ても納得したという雰囲気ではない。一瞬緊迫した空気が流れたが、その沈黙を破ったのは羅生門ジジイの能天気な笑い声だった。


「さすがは救世主さま、ナ~~~イスアイディアですぞ! この私からも太鼓判を押させて頂きます! 次の戦いも大勝利間違いなしと、昨夜夢で神託を得ましたのじゃ。救世主さまの仰せに従えば、必ずまたゴーマの大軍を退けられましょう。このドルイドが申すのですから、ご安心召されませエリウ様、カッカッカ!」

「……ド、ドルイド様まで……」


 さしものエリウも、サンガリアの長老であり随一の預言者でもあるドルイドの意見は無視できないようだ。ちなみにラスターグ王子はというと、イリーナの説明の最中に千鳥足で広間の隅へ移動し、床に座り込んで爆睡している。

 二対一、既に大勢は決した。多数決って素晴らしい! 民主主義万歳! いや~会議って楽しいな~!!

 あ、言っとくけど、このためにラスターグ王子にワインを飲ませたわけじゃないからな? 極めて公正な多数決だからな? こいつがこんなに下戸だなんて思ってなかったから、マジで!


「よし、決まりだな。ゴーマ軍をどこにどうおびき寄せるかとか、そこら辺の細かいところは後でエリウとイリーナで話し合っといてくれ。それと、エリウは今夜また俺の部屋に来ること! 以上! 解散!」


 という俺の一声で、軍議は俺の思惑通りに進み、あっけなく終わった。声をかけても頬を叩いても目を覚まさなかったラスターグ王子を外に運び出さなければならなかったことが、唯一の些細なハプニングではあったが。

 さて、イリーナとエリウは上手くやってくれるだろうか。細かい仕事は下々の者に任せ、大まかな方針や戦略を決めるのが救世主たる俺の役目である。信〇の野望だって最新作はそんな感じだろ? あとはエリウやイリーナのモチベーションをいかに上げていくか、というマネジメントの観点が重要になってくる。


 イリーナの情報によれば、ゴーマ軍がこのカムロヌムに到達するまであと三日。残された時間は決して多くない。

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