■第七信②

 ああ、また一つ過去の情景が蘇ってきました。僕ら——僕と海と哉は——一人が誰かに反感をいだき、それが殺意にまで昂進したとき、協力して対処したのです。そして、裏切りは許さないとばかり、三人が共同正犯である旨をしたためた覚え書きを図書室に隠しましたが、あるとき海が冗談めかして作ったオブジェが、新たな隠匿場所になりました。教官のデスマスクを元にした木製の胸像ですけれども、後頭部に扉があって中は空洞、そこに三人の殺人記録を収め、包帯でグルグル巻いて、言わば封緘したのでした。

 僕がさっきから考えているのは、についてです。初の試みなので、上手く行くかどうか。でも、今回は海や哉の手を借りたくないのです。


               *****


 おっと、失礼。便箋が汚れてしまいました。


 第一発見者は瀧でした。デザイン画を描いて澪に服をオーダーしようと、彼女を探して撞球室の扉を開けたら血まみれの遺体がぶら下がっていた、腹に刺さったばさみが、一瞬、真っ赤な蟹の爪に見えた……と。彼は長い悲鳴を上げ、腰を抜かしたそうで。声を聞いた者が駆けつけると、ドア際に座り込んでブルブル震える指を伸ばし、亡骸を示していたといいます。

 澪はビリヤードテーブルを裁縫台にしていたらしく、型紙などが広げてありました。少し遅れてやって来た荘は、

「おいおい、キューだのボールだのはどこへやったんだ」

 驚きも怯えもしませんでした。人が死んでいるのに、けしからん反応です。彼は面倒臭そうに、

「俺様が管理している間は、おとなしくしとけって言ったろうが」

 ——などとブツブツ文句を言いました。リアクションが薄いのです。殺人事件そのものより、結果として監督責任を問われる方が、ダメージが大きいのでしょう。つまり、彼は正義漢でも何でもないってことですね。ああ、つまらない。取り乱したり恐れおののいたりする姿を見てみたかったのに。

 嚴と哉が瀧の両脇を支えて出ていきました。哉は意識的に僕と目を合わすのを避けていました。荘は陸海兄弟に指図し、吊り下げられた澪の遺骸を床に下ろしました。凪は三人の動きを眺めていましたが、これまた微塵も動揺の色を浮かべていませんでした。瞳は透徹し、眼前の対象を素通りして、ずっと遠くを凝視するかのようでした。それは過去ではなく未来かもしれない……と、僕は思いました。出口のない監獄アサイラムの末路を。


 僕は一件以来、手を洗い始めると、なかなかやめられなくなってしまいました。平常心を保っているつもりでも、ダメですね。いえ、汚れが完全に落ちないように思えて——証拠が消えない気がするから不安なのではありません。あなたが一向に返事をくれないので、身元引受人になってもらうことは、ほとんど諦めました。他に頼るべき人がいなくて出獄の見込みが持てないのに、試験を受けたってしょうがありません。だけど、凪が荘の熱意にほだされて受験し、彼と共に出て行くなら、ここに留まる甲斐もない。だから、僕はせめて別の施設へ移監してもらいたいと考えるようになったんです。更なる重犯罪者用の監獄へ。そうすれば、規定によって、移送の途中、短時日ではありますが、手続きのための拘置監に収容され、そこで希望する相手と面会が可能になります。でも、拒否されたら、どうすればいいんでしょう。こんなに大それた真似を仕出かしてまで。え、とっくに人殺しに成り下がっているクセに今更何を言う——って。心外だな。そりゃあ、事実ですけどね。元はと言えば、あなたが僕に泣きついてきたのが始まりじゃないですか。従兄のしんちゃんと念願叶って婚約したものの、蓋を開けてみたらとんでもないだったって。僕は言いましたよ、結婚なんかやめればいいって。でも、親戚中みんな、彼を高潔な人格者と信じて疑っていない、私はが悪い、別れたら爪弾きされてしまう——って、ワァワァ泣くから、あなたを救いたい一心で、やっつけてやったのに。逮捕後はシレッとして、私は関係ありません、殺してくれと頼んだ覚えもありません、だなんて。お陰で僕は従兄姉いとこカップルに嫉妬した残虐な切り裂き魔呼ばわりですよ。年長者を手に掛けたもんだから、こんな辺鄙な収容所に押し込まれ、結果、身内から村八分にされ、誰からもそっぽを向かれてしまって……。

 ほんの僅かな時間でいいから、顔を見て、話したい。ただ、それだけです。


                                  詠より

                                   敬具

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