■第六信③

 およそ見当がつきました。問題用紙には各自の罪を当てこするような架空の事件が綴られていて、それを読んでどう思うか、何を感じるかといったことを記述させ、改悛のじょうが汲み取れれば晴れて放免——という運びになるのでしょう。嚴たちががむしゃらに知識を詰め込もうとしても無駄なんですね。かわいそうに。ああ、でも、元々国語力の低い彼らにとっては、いい準備運動になっているかもしれません。

「採点結果は優・良・可・不可の四段階評価。優なら随時釈放、良と可は見込みありってんで近日中に再試験」

「だけど、身元引受人が決まらなきゃダメですよね」

「そのとおり」

「あなたは凪の……?」

 荘は上半身を起こして、

「だから、こんなとこまで来たんだ。麗ばあさんの本と、あいつを回収するために」

 彼は最前から僕の一番気になっている点に触れてきました。

「俺様は被害者の親友だったのさ。過去形なのは相手が死んじまったからじゃない。最悪のゲス野郎だって思い知らされたからな」

「凪は、家族を殺したとだけ言ってました」

「兄だ。なんであんなバカな……」

 荘は俯き、声を詰まらせました。が、涙ぐんではいず、すぐ顔を上げて、

「近くにいたのにサッパリ気づけなかったのが悔やまれる、なんて——今更言っても、どうにもならんが」

「何があったんですか……?」

 凪が一方的かつ衝動的に殺人を犯したとは考えられませんでした。きっと、そうせざるを得ない理由があったはずです。果たせるかな、

「兄がを襲ったんだ。繰り返し」

 荘は低い天井を仰ぎました。そのポーズは、まるで溢れる涙を堰き止めようとするかに見えましたが、元の姿勢に戻った彼の目は乾いたままでした。

「突然、獣性を剝き出しにしたとでも言うか、いいや、あれが本性だったんだろうが、一番身近な異性をストレスの捌け口にしたんだな」

「凪は——犯行に至るまで、被害について沈黙していたんですか?」

「裁判でも、そこが引っかかりどころだった。何故すぐ周囲に訴えなかったのかって。逆に、を簡単に口に出来るもんかって思うがな」

 荘の言うとおりです。外で暴漢に襲われたら即座に警察へ駆け込むでしょうが、事件はで起きたのですから。

「あいつは無言の叫びを上げていた……はずだったんだが、誰も気づかなかった。いくらなんだって、想像もつきゃしないさ。普通じゃ考えられない話なんだから。いや、正確には、もしや万が一と思いながら打ち消していたと言うべきか」

 僕は咄嗟に思い当たったことを指摘してみました。

「ひょっとして、凪が不自然に片耳だけピアスを増やしていったのは、その頃?」

 荘は微かに頷き、

「それがサインだったんだな。なのに、わかってやれなかった……」

「凪は、想いを吐き出すより、勘づいてもらうより先に、自ら落とし前をつけたんですね」

「そこんとこが、またしても紛糾する元になった。明確な殺意がどうとか、計画的な犯行だったんじゃないかとか。そもそも、被害者の要求に何度も応じていたんだから合意があったんだろうって。クソ食らえだ」

「そんなはずないですよね」

「当たり前だ。最初は逆らったら殺されると思ったから自由にさせた、後は相手を油断させるため、乗り気になったフリをした——って言ったよ」

「じっくり機を窺って、一撃で仕留めた……と」

 溜め込んだ怒りを、一気に爆発させて——。

「でも、あまりに落ち着き払ってて、怖いぐらいだった。淡々としてるっていうより、法廷では、ずっと挑戦的な冷笑を浮かべていて……自分も、そうやって軽蔑されてるゴミの一人かと思うと、いたたまれなくて……」

 凪は法廷で次の二点を主張したそうです。兄との肉体関係は非合意で、暴力以外の何物でもなかったこと。その結果、殺意をいだき、タイミングを計って犯行に及んだこと——。

「親友が鬼畜だったのを知ったショックと、凪が晒し者になっているのを見るに堪えなかったのとで……途中で退廷した。わかるだろう、あいつの態度。腰抜けが、一目散に逃げ出しといて今頃どのツラ下げて現れやがった——って」

 荘はバンダナをかなぐり捨てて髪を掻き毟りました。

「ここへ来るまでの間、ずっと考えてた。何も言われなくても、早く気づかなきゃいけなかった。むしろ、あいつをこんな目に遭わすぐらいだったら、俺様があの野郎を殺しちまえばよかったんだ……」

 もしかしたら、凪は荘が先に兄に手を出して——殺しはしないまでも重傷を負わせるなどして——罪に問われるのを防ぐために、被害を打ち明けず、一人で決着をつけたのではないかと、僕は思いました。それなのに、荘がわざわざこんな場所まで追ってきたので、人の気も知らないで……くらいの憤りを覚えて、冷淡かつ反抗的な構えを見せたのかもしれません。一方、荘は凪の好きな料理を作って謝罪の意を示すと共に、希望を回復させ、外の世界へ帰ろうという気力を取り戻させたかったに違いありません。

「しばらくぶりにあいつを見て、軽くショックを受けた。身体を鍛えて男どもの中に溶け込んでるとか、声が傷んじまったとかっていうより……目つきが、表情が、前と違ってる。陪審員の前で他人ひとごとみたいに洗い浚いブチまけてたときの延長っていうのか——あれは何者も信用していない顔だ」

 荘は不安を覚えているのでしょう。凪との関係を修復できず、連れ出せなかったらどうしよう……と。

「凪は僕ら——少なくとも陸海兄弟は信頼して、いくらか気を許してはいますよ」

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