第2話 センセイ

 画面上をあっという間に流れていく言葉たち。それを時々読み上げては揶揄からかい、跳ねのけ、それでも場の空気を悪くしない歯切れの良さ。声色からして若い人だろうに。適切な対応ができる、聡明な人が話しているんだろう。


「澪、一応言っておくけどさ、中の人の話は、微妙な話題だからね?」

「どういうこと?」

「Vtuberって、“東間凪子”は実在するっていうていでやってるんだよ。ロールプレイって言うんだけどさ。そうやって楽しむもんなの」

「そうなんだ。夢があるね」


 そんな風に話をして、私と友人たちは、“東間凪子”のゲーム配信を見守ることにした。


 画面の中で、彼女は執拗に湧いてくるゾンビたちと戦っている。そんな最中、一つのコメントが目についたらしい。


『ああー、テストの話?』


 “東間凪子”が高校生であるという設定を守った、彼女のファンからのコメントがあったらしい。ゲームをしながらコメントが読めるなんて、若い人はすごいなあと思っていた矢先に。


『そうそう、いい点取れたんですよ』


 そうして、彼女は言った。


『センセイのヤマが当たったおかげですよ。わたし、元々あの単元苦手だったんで』


 急に、“東間凪子”の声が私の頭の中で響いた。

 聞き覚えがある。

 この物の言い方に、聞き覚えがある。


 すると、隣で友人が笑った。


「来た、センセイの話だ」

「“センセイ”って?」


 友達は、待ってましたとばかりに目じりに涙を浮かべて笑う。


「“東間凪子”が唯一デレる、大好きなセンセイの話だよ! この子、それ以外ではほとんどデレないからさ。みんな、センセイの話が大好物なの」


 ゾンビがこちらに向かって手を伸ばす。画面が真っ赤に染まって、“You Lose”の文字が表示される。


『あーっ! アンタたちが変な話するから、死んじゃったじゃん!』


 “東間凪子”は、東間凪子である。

 そんな単純なこと、私には、信じられなかった。


 私が知る限り、私たちの間には壁がある。そんな彼女が、私の話題で取り乱してしまうなんて、信じられるわけがない。

 しかし、いわゆる“中の人”の話はするなと言われてしまった手前、私の中に生じた疑問は誰にも言えなかった。


 そんな私の疑問なんて知る由もなく、友人同士が話し出す。


「あの凪子が、黙ってそばにいるだけで楽しいとか、想像できないよね」

「相当イケメンなセンセイなんじゃないの?」

「だよねー。じゃないと、凪子がデレる理由が浮かばないもん」


 ああ、そうだよね。

 私は、友人たちの会話を聞いて、一気に顔が熱くなるのに気づいた。


 “東間凪子”が憧れる“センセイ”が、私なわけはない。きっと、私が知らないどこかにいる“センセイ”の話を、彼女はしているんだろう。

 彼女の世界は、私と二人で過ごす部屋だけではないんだから。当たり前だ。


 そんなことをぼんやりと思いながら、私は空き時間が終わるまで、“東間凪子”のゲーム実況を眺めていた。

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