プロローグ3 商売準備

 海を渡り、港町から昔のツテを求めより大きな街に移動する。これを行うまでにかれこれ1週間程が経過した。

 街へ向かう道中、馬を模した6本足のゴーレムで移動していたら商人に何度か売ってくれと言われたが、丁寧に断ったのが一番記憶に残っている。凄い粘られた。ドン引きする程に粘られた。誰かに話したとしても10分の1も伝わらないぐらいに粘られた。


 ちなみに賊も出たので適当にあしらっておいた、俺の作ったゴーレム相手に剣と弓だけで挑むとか無限に無謀ではなかろうか、一当てしただけで木っ端微塵になったのも比較的記憶に残っている。


 さて、近況も程々に少しばかり情報を再確認するとしよう。記憶の整理は錬金術師にとって大切な事、何を切り捨てて何を拾うか……しっかり考えないといけない。


 俺の調べによるとこのエイオス大陸では、錬金術の発達は薬学方面に特化している様子だった。というか、以前此方の大陸と交流があった時にそんな話を聞いた気がする。


 自分のようにゴーレムやホムンクルスを従える錬金術師はほぼ居ないか、独学でと言った様子。代わりと言うべきか、此方の王都で少数のみ出回るような製造困難な薬品が大都市とはいえ一般の店頭に並ぶ事もしばしば見受けられた。値段は張るが入手自体は比較的安易に出来る、これは中々に凄い事だ。


 一応自分も王宮仕えの錬金術師だったので、店頭に並んでいる程度の薬品は問題無く作れるが……恐らくエイオス大陸の王都に並ぶ一級品ぐらいの品しか作れないだろう。其処はちょっと悔しくもある。こっちの大陸の王宮仕えの錬金術師と薬品作りで勝負したら間違いなく負けるだろう。


 どうやら、エイオス大陸は戦争の過程で治癒技術や薬学が発達したらしい。俺達の大陸では人命の保護の為に、キメラやホムンクルス等の代理兵士の技術が発達した。戦争という過程を隔てても、大陸によって回答が変わるのは中々に興味深い。


 ひとまず独力で調べられた情報としてはこれぐらい。手持ちに専門の諜報機関が無いのが思ったよりも面倒だ。昔ならば少し調べてくれと言えば、2日もしない間に色々と情報が掴めた物だが……やはりあれは贅沢な生活だったのだろう。それに諜報機関の連中は痕跡を追われないように俺が大半を殺してしまったから、そういう事を言う資格は無いと思う。


 と、昔の恵まれた環境を思い出すのもこの程度にして今現在俺が何をしているのかと言うと、昔のコネを使えるかと移動中なのだが……。


 結論から言うと俺は死の商人武器商人になる事にした。


 というのも、薬を売り出したのだが……店に免許が無いと言う理由でほぼ売れなかった。中には買う人も居たが、大体後で難癖つけたり最初から金が払う気が無い奴ばかりだったので、半殺しにした後ポーションを使用して回復するのをお互いに確認してから再び半殺しにして放置した。

 そういう感じの事を6回ぐらいやったあたりで、犯罪組織のような人々から襲撃を受けたので、襲撃者全員の首をねじ切って、街の大通りに一列に並べて見せしめにしたら以降ちょっかいはかけられなかった。少々過激な気もするが、今後無駄な犠牲を出さない為にはこれぐらいが丁度良い。別に俺は大量殺人がしたい訳でも無いのだ。


 少し話が逸れた。


 此方のエイオス大陸では、薬の効果を一定にする為に資格を取る必要性があるとの事である。自分としてもその意見に賛成だ、規格化した製法で規格化された薬品は非常に安定した効力を発揮する。だが、資格を持つ者が店頭に並べる薬品のレシピは全て組織に提出しなければならないという。


 効果を正しく発揮するか否か確かめるのを国で行う……という名目なのだろうが、少なくとも俺の知るレシピを公開するのは不味い。同時に、効果があったとしても国側の意向でこの作り方の物はダメと、勝手に決められるのも不味い。


 何が不味いのか?簡単に言えばその店ごとの特色が失われる。特色が失われると規格化された薬品が店頭に並び、効力こそ一律ではあるが競争が発生しなくなる。そうなれば、大量生産出来る大手の錬金術師集団等に個人営業が価格競争で勝てる筈も無い。

 結果発生する事実上の専売。つまり、商品による競争が発生しない仕組みなのだ。挙げ句、苦心して自らが考え出した秘伝のレシピも国に提出すれば大手の集団に製法のみを奪われる事となる。


 つまり、この国の錬金術師は個人営業ではやっていけない。ならば……と、考えついたのがホムンクルスやキマイラ等の戦力や労働力。これらは薬品では無い為規制されていない上に、実際に使って良し悪しを確かめ其処から大量注文になる物だからだ。


 幸いにも、この大陸には火種が絶えないようだ。戦争に魔物の跳梁跋扈。欲しい素材も成り上がる手段も豊富にある。現状別に出世欲など無いが、金はあるに越したことは無い。というかこう……割と権力で好き勝手して、その結果が"アレ"なのだから野心も特に目覚めないという所だろう。

 なのでしばらくは商売に徹して、少しばかり肩の力を抜いて生きていく事にしようか。うん、多分それが良いのだろう。


 しかしまぁ、楽を出来るならばそれに越した事は無い。なので、一つ以前のツテを使わせてもらうとしようか。


◇◇◇


「ジスタニア様、その、変わった客人がお目見えになっておりまして……」


「ふむ、急ぎか?」


 ジスタニアと呼ばれた男がペンを置き、少し目を揉んで背を椅子に預けた。彼は此処、ジスタニア領の領主であり伯爵である。伯爵ではあるが比較的中央とは距離を取っている為に、あまり小うるさく国王から口出しされ辛い立場でもある。


 領内においては錬金術師及び魔術師を優遇する措置を取る事で、人材の確保を行いながら領地を発展させてきたジスタニア伯爵。彼はこの乱世の大陸において正面切って敵と争う事こそ少ないものの、後方支援という意味合いにおいては絶大な信頼を得ていると言っても過言ではない。


 同時にそれだけの資金を作りだせる、錬金術を使わない希代のなのだ。


「先代伯爵の直筆と思われる招待状をお持ちなのです。名前はルベドを名乗っておりますが……」


 前ジスタニア伯爵は2年前に亡くなっている。実務自体は既に10年前から徐々に現ジスタニア伯爵が行うようになっていたが、彼が名実共に伯爵になったのは2年前。彼の父が死んでからだろう。


「ルベド」


 伯爵がその名を呟く。錬金術において神との一体化、即ち完成を意味する名前を名乗る者は少ない。その中でも伯爵の知る者となれば国内には居ない筈。となれば、思いつく所もあるという物だ。


「覚えがあるな、5年前海の向こうの大陸で出会った錬金術師だ。私が父から伯爵を継ぐ前に経験だと言われ、海を渡りとある王宮仕えの錬金術師と話し……その時に父が懇意にしていた錬金術師だと思う。彼は大陸から離れる事は許されていないと笑っていたが……ああ、ゴーレムとホムンクルスを使った軍略を聞いて心躍ったのは印象深いな」


 自らの領地に海を持つジスタニア伯爵家は、交易を盛んに行いその財源としていた。その為、ある程度外の大陸に顔が効くという事もあり、勉強と称して海賊紛いの事を行ったり異文化に触れるという事もあったのだ。

 つまり、父が彼を気に入り渡していたとしてもおかしくはないか?というのが彼の考えだった。


「如何いたしましょう」


「ふむ、あちらの大陸からの情報が入らなくなって何年だ?」


「かなり厳しい情報統制が敷かれているようで……かれこれ3年でしょうか、申し訳ありません。港での噂話程度ならば聞き耳を立てる事は出来ますが、精度はかなり低いと思われます」


「落ち延びて此方に?」


「可能性は確かにあります」


「渦中の人物かもしれぬと……ふむ」


 頭の中で計算を行う。とはいえ、既にある程度決まっているのだが。


「少し待たせてから会おう。ただもてなしだけは丁寧にしておいてくれ、落ち延びたのだとしても重要かつ貴重な人材である事には変わりない」


「大胆な所は先代に似られましたな、それにしても……随分と若作りでしたが彼方の錬金術とは其処までですか」


 その言葉に動きを止める伯爵。


「若作りと言ったか?彼は、そうだな、齢50程の男だった筈だが」


「……偽物でしょうか、今来ている男はどう見ても10代です」


「いや、待て。………確か、父が彼方の錬金術師は見た目通りではない、騙されるなと言っていた」


 遠い記憶の中、彼の父は確かにそう言っていた。常々、侮る事の無いようにとも。


「興味が沸いた、今すぐ会ってみよう。茶と軽くつまめる物を頼む、それと夕食の準備も」


「承知致しました。客間にてお待ちです」

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