第6話 天使は麦茶を飲む




 その後僕は突然・・尿意を催したので、風花さんには先に教室に行って貰う。


 ……いやだってさ、風花さんみたいな陽キャ美少女と一緒に教室に入ったら『なに調子こいてんだおめぇぶっ殺すぞ?』っていう視線が僕にグサグサ刺さるに決まってるじゃないか。


 だから一旦時間を置いてから教室に向かうという時間差作戦なのだよ……! ヘタレ? メンタル豆腐? ふっ、何とでも言うがいい。そうしないと本当に調子に乗ってる奴として審判にかけられちゃうぜ。



「よし、そろそろいいかな……」



 便座に座って五分経過。そう呟いた僕は立ち上がり教室へと歩き出す。そして教室の扉を開けると―――、



「あぁ来人くんっ、さっき別れてから随分遅かっ」

「おはようっ、風花さんっ!」



 この無自覚天使めッッッ!!!


 ……ごほん。若干食い気味に僕はあたかも今日初めて会ったかのように振る舞う。少しだけ大きな声を出して一部のクラスメートの視線を集めてしまったけど、挨拶の範囲なら怪しまれることはない筈。


 いつもひっそりと過ごしている僕が慣れない大声を出すという犠牲を払うことで、今日会ったばかりと印象付けられたかな……?


 僕は全身が発熱するかのような熱を感じる。額に汗を浮かばせながら急いで下を向いて歩いて一番後ろの窓側の席に着席する。僕は視線を感じちらりと横を見る。

 ……いや不思議そうな表情で僕を見ないで風花さん。自分じゃ自覚していないんでしょうが、キミが学園中の生徒から噂されてるってことは影響力半端ないんだからねっ!


 椅子に座った瞬間に、おっとりとした口調で僕に声を掛けてくる風花さん。うっ、そんな純粋なつぶらな瞳で僕を見ないでっ、罪悪感が……っ!



「さっき会ったばかりじゃぁん?」

「いやごめん風花さん、でも大勢の人がいる上にあんな距離が離れた所から返事するコミュ力、今の僕にはないよ」

「なるほどぉ……ヘタレだねぇ?」

「僕はただのラノベ好きな陰キャですから」

「あははぁ、なにそれぇ」



 あまり周囲に目立たない様に小声で話す。


 隣に座る風花さんは僕を見て微笑みながら僅かに口角を上げるが、本当に僕はあまり目立ちたくないのだ。

 大勢の視線に晒されると僕ビクビクしちゃう……ッ!


 すると、風花さんは机の上に置いていた僕があげたペットボトルの麦茶を手に取り、色付きの良い小さな口に含んで美味しそうに飲む。


 その後、彼女はこれから行う予定のシミュレーションのテーマを口にした。


 

「それじゃぁ来人くん。授業中の『メモ交換シミュレーション』、宜しくねぇ」







(えへへぇ、来人くんから貰った麦茶は美味しいねぇ)



 口の中に残った麦茶の味を舌で転がしながら、私は来人くんにシミュレーションのテーマを伝える。その内容はある程度自販機へと向かう際に会話したのでだいじょうぶ。


 席替えで来人くんの隣になった私は顔を正面に向いたままちらりと視線だけ横へと向ける。


 ふふふっ、私は朝から機嫌が良い。夜遅くまでウェブ小説をスマホで検索していたせいで少しだけ登校時間が遅くなってしまったけど、丁度昇降口で来人くんを発見。そしたらなんと"綺麗"って言われちゃった。やったぁ! すっごく嬉しいぃ!………こほん。


 自動販売機で来人くんが当てた(ここ大事ぃ!)アタリで麦茶も貰っちゃったし、しばらく良い夢が見れそうだよ。



(安心してよぉ、来人くん。もし私と一緒に行動したりお話ししててもぉ、絶対に他の人達には邪魔させないからぁ)



 来人くんが俯きながら席に向かっている時に、私がクラス中を見渡しておいた・・・・・・・から。うん、だいじょうぶだいじょうぶ。


 私が『天使』って言われている事はさすがに知ってるんだよぉ? 確かにこんな見た目でこんな話し方だけど……でもさぁ、中身までがそうだとは限らないよねぇー?


 あははっ。

 



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る