第24話 変化魔法の習得

 俺がレオンの腕の中で、ようやく落ち着きを取り戻したところで。ラーシュはにっこり笑いながら、俺を抱いたままのレオンを見上げた。


「さて、ニルとの意識共有も出来たし、ニルの能力についても確認できた。次のステップに進もう。いいかい、二人とも?」


 ラーシュのきっぱりとした発言に、レオンも俺も、一緒になって頷く。別段、そこに待ったをかける理由はない。


「ああ、もちろんだ」

『その為に、ここに呼ばれたんだものな』


 俺の飛ばした念話に、ラーシュが小さく頷いた。指先をくいっと動かしながら、俺と視線を合わせる。


「そう。全てはニルに、『楽園パラディーサヤへの道を開く術』を探すのに協力してもらうこと、その為に呼んだわけだ。共通認識を持てたわけだし、ニルには大いに協力してもらいたい」


 そこまで話して、俺達が神妙な面持ちで頷いたところで。

 ラーシュは口角を持ち上げながら、人差し指をピッと立てた。


「で、だ。それに際してニルには一つ、魔法を覚えてもらおうと思う」

『魔法?』


 その言葉に、俺はきょとんと返事を返す。

 魔法について、俺は全く知識が無いというわけではない。念話魔法三種と洗浄魔法はレオンから教わって自分で使えるようになったし、この世界に召喚されてから数日間、いろいろな魔法に肌で触れてきた。ゆくゆくは元の世界に帰るために、魔法が必要になることも分かっている。

 そこに、新しく「覚えてもらう」とは、どういうことだろうか。


「そう、よく見ててごらん……」


 疑問に思う俺の前で、ラーシュは両手を組みながら目を閉じる。そして、力強く詠唱を発した。


『ヴェナス・カランナ! 姿を変えよ!』


 詠唱文句を唱え終わったラーシュの身体が光に包まれる。

 そしてその光が消えつつある時、俺は彼の変化に気が付いた。明らかに身体が大きく・・・・・・なっている・・・・・のだ。

 それもそのはずだ。光が消えたそこにいるのは、少年のような獣人種ビーストマンではなく、見上げるほどの大きさの狐だったのだから。


『わっ!?』

「これは……変化魔法へんかまほう、ですか」


 驚く俺の頭上で、レオンが感心した声を漏らす。彼の発した「変化魔法」という言葉に、目の前で腰を下ろす大きな狐は頭を前後させた。


「そう、変化魔法だ。これを完璧に出来るように、ニルに教え込む」


 狐の姿のまま、ラーシュの声色で、流暢にヴァグヤ語を話しながら、彼は言った。

 変化魔法。そう言えば転移して意識を取り戻した初日に、レオンが話をしていたような気がする。


『確かに、変身できればいろいろと便利だと思うけれど……なんで、また?』


 念話を飛ばしながら、俺は首をかしげた。

 別に、それを覚え込まされることについて異論があるわけではない。しかし、タイミングが早いな、とは思っている。もう少し下地固めが出来てから、覚えることになるだろうと思っていたから、というのもあるが。

 俺の疑問に、ラーシュはスンと鼻を鳴らしながら口を開いた。


「理由は……そうだね、三つある。

 まず一つは、ニルにヴァグヤ語を発音できる身体になってもらうこと。念話で会話は成立するけれど、余計なことまで伝わっちゃうから、ニルとしても本意じゃないだろう。

 次に、変化魔法を身に付けることで、ニルの魔法のレベルを底上げすること。使える魔力を増やせれば、魔力式の構築や魔力パスの太さも改善できるからね。

 そして最後、これが一番重要なんだけど……楽園パラディーサヤへの道が開いた時に、ニルがシトリンカーバンクルの姿のままだと、困る・・だろう?」

『あ……あー』


 彼の説明に、俺はハッとして口を開いた。

 そりゃそうだ、とても困る。変身できるようになる前に地球に帰る方法が見つかったら、俺は一生、この小さな生き物のままで生きていかなくてはならないのだ。

 地球で、ヴァグヤバンダで身に付けた魔法が使えるとは限らない。戻った時の姿そのままで生活しないといけない可能性もある。その際、自分の意思を伝える術を持たないのは、非常に困る。


『確かに、地球に帰った時、この姿のままでは、困るな』

「そうだろう? だから君の場合、変化が出来るようになっているに、越したことは無いんだ。クロエのフェリスと、ハーヴェイのラエルにも、順々に身に着けてもらおうと思っている……あと、トルディにもね」


 そう言いながら、ラーシュはノーモーションで元の獣人種ビーストマンの青年の姿に戻ってみせる。魔法での変身と変身解除、ファンタジーって感じがして、じわじわと羨望の気持ちが湧き上がってくる。かっこいい。


「ん、ラーシュ様、クートはどうなんですか?」

「僕は、『獣人化』までは会得しています。『肌人化』は、練習中といったところですね」


 瞳を輝かせる俺の上でレオンが不思議そうな顔をすれば、クートがにっこり笑いながら答えた。曰く、一番基礎となるのが獣型獣人種ビーストマンや竜型竜人種リザードマンになる『獣人化』で、その次が人型になる『肌人化』。ラーシュのように完全に姿を変える『魔物化』が出来るようになるには、かなりの時間と訓練を要するらしい。

 ますますラーシュの年齢が気になる話だが、ともかく、俺は浮かんだ疑問をぶつけていった。


『ちなみに、今のラーシュの変身は、どういう仕組みでやっているんだ?』


 俺の念話に、ラーシュは自分の鼻をちょんとつつきながら笑った。今度はそのまま、鼻っ柱を伸ばすようにして獣型獣人種ビーストマンの姿に変化してみせる。


「んーと、そうだな。ざっくり言えば、自分の変身後の姿を身体の隅々まで想像して、自分の身体を一度分解して、想像した姿に作り替えていく感じかな? 結局は変身後の姿をしっかりと想像することが大事なんだけど……これが結構、訓練しないと難しいんだよね」


 説明しながら、彼は大きな耳をぴくぴくと動かした。

 他の魔法についてもそうだが、結局は自分の中に「魔法を使ったらどうなるか」のイメージを持つことが大事なのだそうだ。攻撃系の魔法なら対象の破壊、日常系の魔法なら日常動作、それが正確に、具体的にイメージされていればいるほど、ちゃんと効果が発動するということらしい。

 実際、洗浄魔法を教わった時は石鹸で手を洗うイメージをはっきり持っていたから、すんなりと習得することが出来た。


「変化魔法はの高い魔法ですから、俺じゃ教えられないですしね」

「そう。『人の位・・・』の魔法しか使えない君じゃ無理だ」


 レオンがため息をつきながら零せば、また人型に戻ったラーシュがこくりと頷く。こんなにノーモーションで変身を繰り返されると、彼の本当の姿がどれなのか、分からなくなりそうだ。

 と、また新しい単語が俺の耳に入ってきた。魔法の「くらい」?


『念話魔法と洗浄魔法をレオンから教わった時は、詠唱文句を何度か唱えたら使えるようになったけど、同じようには行かないのか?』


 首を傾げながら質問すると、ラーシュが腕組みしながらこくりと頷いた。


「うん。念話魔法キヤンナは他人にかける魔法だから、他人からかけてもらえば魔法を使った時の『感覚・・』が掴める。その感覚を思い出しながら、魔法を練習することが出来るから習得も早い。何しろ『人の位』の魔法で、練習すれば誰でも使えるものだ」


 彼によれば、魔法には他人にかけるものと自分にかけるもの、空間にかけるものの三つがあって、それぞれ習得難易度が異なるんだそう。さらには先程話した「位」で、難易度が大別されるのだそうだ。

 レオンが俺の頭を撫でながら、ラーシュの説明を補足する。


「魔法には『人の位』『魔物の位』『霊の位』『祖霊の位』の四つの位が分かれていて、上位になる程習得が難しく、使える者も限られるんだ。俺は魔法に習熟していないから、『人の位』の魔法しか使えない」

『そういうものなのか……』


 二人の話を聞きながら、俺ははーっと息を吐いた。

 レオンが魔法を得手としていないのはこの数日一緒に生活していたから分かるし、魔法が難易度で分けられているのもイメージしやすいからすんなり受け入れられるが、いざこうして説明されると、難しいものだなと思わされる。

 俺の言葉に頷いたラーシュが、右手の指を四本出しながら説明を付け加えた。


「そういうことさ。変化魔法ヴェナスは『魔物の位』の魔法、今までニルが触れてきた魔法の一段階上にある。で、もっと言うなら変化魔法ヴェナスは自分自身に対してかける魔法だ。他人にかけてもらって、『感覚』を学ぶということが出来ない――」

『出来ないのか? 本当に?』


 だが、彼の説明を遮るように、俺は言葉を重ねていく。

 変化魔法は自分にかけるもの。それはそうだ。しかし自分にしか・・・・・かけられないもの・・・・・・・・なのか? と言われると、俺は疑問符をつける。


「ニル、何を言って――」

『イメージがしっかりしていさえすれば、変身することは出来るんだろう? なら、イメージを自分で作っておいて、他人に身体を分解させ、組み上げていくんじゃ駄目なのか?』


 俺の言葉に、レオンもラーシュも、なんならその場にいた助手の三人も、揃って目を見開いた。その発想はなかった、と言いたげだ。

 少しの沈黙が流れた後、ラーシュがクートの頭をくしゃりと撫でて踵を返す。


「……そうか。ごめん、ちょっと待っててほしい。クート、しばらくニルの相手をしていてくれ」

「かしこまりました」


 返事を返すクートの横をすり抜けるように、彼は一目散に駆け出した。向かう先は研究室の端、本棚がずらりと並ぶ場所だ。

 そこに取り付いて、一心不乱に本のページをめくってはそこらのイナクサ紙にペンを走らせるラーシュを見て、俺はぽつりと言葉を零す。


『……クート、なんか、俺、ラーシュの探求心に火を点けちゃった感じか?』

『恐らくは、そうだと。そういうハッと気付きを得るような斬新な視点は、相変わらずですね、ニラノ君』


 クートも苦笑しながら、俺に思念を飛ばしてくる。

 研究者に新たな気付きを齎してしまったらしい俺は、ラーシュがもの凄い速度で本のページをめくるのを、ただ見ていた。

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