学園の世界


 変化の神聖武具にて蛇と化し、デッドロックの拘束から逃れた後に人へと戻り、急ぎ聖剣で次元を断って爆撃から安全圏まで脱出する。

 これらをあの数瞬の内に行う……ことなど到底出来ず。

「げほっ」

 焦げた頬を同じく火傷で腫れた手の甲で擦りつつ、半身を本来の肌色から火炎に侵された灰色に変えた堅悟が咳と共に煤を吐き出す。

 常人ならば痛みに耐えられずのた打ち回り即刻病院送りな重体だが、幸いなことに非正規英雄という身としての性質と戦い続けてきた経験が未だ行動を可能とするだけの気力と体力を維持していた。

 魔力さえ尽きなければ、英雄も悪魔も手足が欠損しようが再生させられるだけの自己治癒能力はある。天魔より複数の武具を所持している堅悟であれば尚更の話だ。

 しばらく魔力を戦闘ではなく肉体の再生に回す。単純な全身火傷だけなら動くにもさほどの支障は来たさないが、いつ誰がどんなアクションを起こしそれに巻き込まれるか分からない。いや、今後も巻き込まれるだろう。

 この二戦でそれは確信めいたものに変わっていた。

(あのアルファとかいうクソからの追撃を危惧しちゃいたが、どうしたもんだか)

 奴等の本拠地たる世界を離れたせいか、あるいは手駒の数が揃えられていないのか。あれだけ真っ向から衝突した石動堅悟という存在に対する追手の気配は未だ無い。

(まあそれならそれで好都合。どの道どこで襲われようが俺の世界しったことじゃない。いつでも来やがれ)

 自分の世界にさえ危害が及ばなければ構わない。どこの世界が壊されようが、堅悟にとっては些事だ。痛くも痒くもない。

 対デッドロック戦の自爆から逃げる為に特に考えもなく跳び込んだ先の世界はどうやらまたしても堅悟のよく知る世界と酷似していた。

 現代建築の乱立する中に教育機関らしき建物が多く、また身を隠している路地裏から少し乗り出して大通りへ視線を転じてみれば、往来する人々の年齢層は総じてやや低い。服装からして大半が学生のようだった。

 さながら学園都市としての機能を擁している世界として堅悟は認識した。

 路地裏に集積してあった空木箱の一つに腰掛け、精神一到と共に魔力を回復に注ぎ込みながら現状を再確認する。

(こっちに雪崩れ込んできた異形共は他の世界でやってるドンパチの弊害だ。事を片付けるには次元パズルとかいうモンをぶっ壊すのが手っ取り早いか)

 奪取したところで堅悟に益のある物ではないことだけは確かだ。目標物を破壊してしまえば連中も事を荒立てる理由が無くなる。そうすれば異形の流入も収まるかもしれない。

 次元パズルなるものを発見・破壊した後に連中を皆殺しにすればいい。

 行動指針は固まった。あとはパズルの居場所ないし所有者を見つけ出すことを最優先として、

(邪魔するゴミを潰す)

 閉眼していた両目を開き、座っていた木箱から離れる。

 パラパラと落ちてきた石の欠片のようなものが木箱に無数の孔を穿ち粉々にする様を見届け、それから視線を上げる。

 建物と建物の合間、僅かに見える細い青空からひょっこりと顔を出す男の姿があった。

「あれ…避けたか?」

 応じず、顕現させた剣を振り上げる。

 建物を薄紙のように引き裂き、昇る斬撃は屋上に立つ敵へ奔ったが、これを無表情で回避される。

「テメエ、パズ…いや」

 瀕死にしてからでも、訊くのは遅くない。

「アンタもしかして同業者?なんにせよ、アンタ相手じゃ僕にとって収穫はありそうにない、から」

 跳躍の為に腰を落とした堅悟より早く、先手を打った男の放るビンが割れる。

「死んでね」

 目的不明の、が頭上一杯に覆い降り注ぐ。

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