第1話:出会い

この春、俺は高校生となった。

少しばかり勉強を頑張ったので、上中下で言えば上に入る学校へと入学することができた。勝率は五分五分だったのに、望んでもいない勝利を得ることになった。

(つまんねぇ……)

気の合う友達のほとんどはこの高校に来ていない。行けるところに適当に行く、という奴が大半だった。

なのに、なんで俺はあんまり好きでもない勉強を頑張ってここに来たのだろう。その理由が思い出せそうで、思い出せない。

勉強なんてしなきゃよかった。勉強なんてしなきゃよかった、とかいう後悔を生まれて初めてしたが、本当に後悔しかない。

「皆さんの学校生活が良いものになるよう、我々一同も一層の邁進を……」

校長先生の長い話ももうすぐ終わる。座っていたパイプ椅子は、もうとっくにホカホカしている。

こんなダラダラした高校生生活が続くのかと思うと憂鬱でしょうがない。


ようやく誰も得をしない入学式が終わり、教室に戻った。

自分の席で、担任の挨拶を頬杖をつきながら聞く。これからの高校生活を考えて、不安と期待が胸を渦巻く。

想像すればするほど不安が募っていく。

そんな不安を止めようと、隣の席の子をチラリと片目で見てみた。

日の光に照らされる綺麗なロングの黒髪。くりくりとした大きな瞳。全てを包み込んでくれそうな大きな胸。

清楚の中の清楚という感じの雰囲気をまとう彼女は、隣の席で担任の話を真剣そうな顔で聞いていた。

入学初日で唯一あった幸運。こんな子と付き合えたら、なんて思う。

(まぁ、こういう子に限って清楚じゃないんだろうなぁ……)

今まで何人の男に告白されたのだろうか。

入学式の時も、「あの子可愛くね?」 と、あちこちからヒソヒソ聞こえてきた。中学ではどれほどの数の男と関係を持っていたのか。

人のことを憶測であーだこーだ決め付けていると、プリントが配られた。どうやらアンケートかなにからしい。

なにを参考にするかもわからない無駄なアンケートに、仕方なく取り掛かる。

スイスイと答え、残りはあと三問ほど。その時、足になにかが当たった。

消しゴムが足元に落ちていた。隣の彼女のほうから転がってきたので、たぶんその子の消しゴムだろう。

「あ、あのそれ私の……」

予想は的中していた。遠慮がちにそう言って返してもらえないか、と意思表示してくる。

のはいいんだが、消しゴムに書かれている名前。それが妙に頭に引っかかる。

「愛菜之……まなの……?」

つい口に出してしまった。けれど、自分でも驚いていた。今日初めて顔を合わせたこの子の名前を、なぜ読めたのだろう。

「……返して、ください」

「あ、ああ。ごめん」

彼女が差し出した綺麗な右手にぽん、と消しゴムを置く。

その際、少しだけ彼女の手に俺の手が触れた。

彼女は、手が触れたことに顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしていた。

バッ、と前に向き直り、ぽそぽそと何か独り言を言っていた。

「覚えてくれてた……」

聞き間違いじゃなければ、そう言っていた。

覚えてくれてた? 俺は別に、この子について何も覚えていないんだが……。

「後ろから回して回収ー」

担任がそう言い、慌ててアンケートを前に渡す。一番後ろの席で良かった。おかげで、彼女と話しても大して注目されない。

「はい、じゃあ改めまして───」

担任の挨拶と長い連絡事項伝達が始まった。聞き逃さないように少し集中する。

さっきの彼女の独り言は、もう頭から消えていた。


やることもない、友達もいない俺はさっさと帰ることにした。ていうか帰るしかない。

あくびを噛み殺しながら、ザワザワと騒がしい教室から出ようと鞄をもって立ち上がると、可愛い声に呼び止められた。

「あ、あの……」

「ん?」

俺を呼び止めた声の主は、隣の席の子だった。

俺に話すことなんてないだろうに、なんだろうか。

「あの……その、こ、ここじゃ話せないことなので、ついてきてもらえませんか?」

「はぁ……」

周りからの視線が感じられて、さっさとここを帰りたくて仕方ない。そんな気持ちを抑えて、ついていくことにした。

もしかしたらお近づきになれるかも、なんて下心を持ちながら。




そのまましばらく、彼女と間を空けながらついて歩く。これ、ストーカーに見えてないよな? 初日からストーカー扱いされたら、たまったもんじゃないんだが……。

そんなことを考えながら、窓を方を見やる。窓から見える見慣れない景色は、夢心地だった高校生生活に現実味を持たせてくる。

ぼーっ、としながら歩くこと数分。会話もないまま、すれ違う人も少なくなっていく。

彼女は急に立ち止まると、「ここです」 と、人のいない教室に入っていった。

……鍵がかかってないことに少し疑問を覚えたが、ここまで来たら入るしかない。

(ここで悲鳴をあげられたくなけりゃ金払え、とかそういうやつか?)

漫画とか小説の読みすぎだと思うが、一応持ってきていたスマホの録音機能をオンにしておく。

お財布にはならないぞ、という決意を込めて、教室に入った。

カーテンも窓も閉め切られた暗い教室。乱雑に置かれた机や椅子を見るに、物置的な場所なのだろう。

僅かにカーテンの隙間から漏れる日の光が、教室の床を照らしていた。

彼女は、カチャリと教室の扉の鍵を後ろ手に閉める。

鍵を閉める必要性なんて絶対ないだろうに、そうまでして他人に聞かれたくないのだろうか。

今更ながら思うが、なにをノコノコついて来てるんだろう。だけど、こんなにも美人で好みの子が現れ、誘われたのならホイホイとついていくものだと思う。そうだろ? うん、そうだね。

今までそんな経験なんてなかった……なかったはず。

そんな経験があれば俺はこんなに震えてないし。


長い黒髪が、ふわりと揺れる。ゆっくりと顔を上げる彼女は、薄く笑って目を細めていた。

「やっと、二人きりになれたね……」

「……え?」

心の底から嬉しそうにそう言った彼女は、俺の前まで歩み寄ってくる。

一歩一歩詰め寄ってくるたびに、連動するように俺の心臓の鼓動も早くなる。

……これって、もしや告白される展開か!? いやいや、初日から付き合うってのも……。まずはお互いを知ってから……。

そんなバカなことを考えていると、

「うおっ!?」

彼女に、急に抱きつかれた。女の子特有の甘い匂いと、シャンプーの良い香りが頭を揺さぶる。

ほのかに暖かさを感じさせる彼女の柔らかい体。俺の胸に埋められた彼女の顔。

こんなの、刺激が強いなんてもんじゃない。免疫のない俺からしたら鼻血が出ないことが奇跡なくらいだ。

「ちょ! な、なにしてっ!?」

俺が大慌てでそう聞くが、彼女は腕をもっと強く絡めてくる。

「えへへ、あったかい……」

聞いてない! 人の! 話を!

遠慮がちに彼女の肩を掴んで、ぐいっと無理やり体から引き剥がした。ああ、もったいない……。

それでもなけなしの理性で、俺は真っ当なことを言った。……褒めて欲しい。

「つ、付き合ってもないのに、こんなことしたらダメだろ?」

俺が少し険のある口調で言うと、彼女はポカンとした表情で俺にこう言った。

「私たち、付き合ってるでしょ?」




……は?

え? なんで? 俺はいつ告白したんだ彼女に。無意識のうちに好きとか言ったか? なにそれ気持ち悪い。

「……あの、いつ頃から付き合ってるの? 俺たち」

俺が記憶を探りながらそう聞くと、彼女はなんてことないように答えた。

「消しゴムを拾ってくれた時から」

「……ええ?」

俺はそこでなにか余計なことを口走ったのだろうか。頭の中で何度も何度も検索するが、そんな記憶はない。

「いや、それだけで付き合ってることにはならないと思うんだけど……」

俺がそう言うと、彼女はさっきと同じくポカンとした表情をしていた。

「つか、俺たち初対面だよな? はじめましてだよな? それなのに付き合うとかそういうのは、おかしいんじゃ……」

俺が最後まで言い終わる前に、彼女はぽろぽろと涙を流しはじめた。

「そ、そんな……! ずっと、ずっと想ってきて! 手まで、手まで触れたのに……!」

待てや待てや待てや。

手が触れたイコール恋人の関係とでも考えてるのかこの子!? 初対面だって言ってるよな!?

俺が唖然としていると、泣いていた彼女がは急にフフッと笑った。

正反対の感情が、彼女の顔に同時に表れていて、なんだか不気味に感じた。

「違う、違う違う違う! 私たちは、付き合ってる……! 恋人なの! 三年前から……!」

震える彼女は呪文でも唱えるように早口で独り言を言い、言い終わると同時に、俺を突き飛ばした。

「うおわっ!?」

突き飛ばされるなんて考えもしていなかったので、いとも簡単に倒れてしまった。

どすん、と尻餅をついて倒れた俺に、彼女は俺の右と左の手首を合わせて、ハンカチで縛りあげた。

「既成事実を作りさえすれば、ずっと一緒にいてくれるよね……?」

……はい? 既成事実? 高校生の身分で?

彼女の言った言葉を飲み込もうと頭を回転させているが、頭が追いつかない。追いついたらいけない気がする。

「ふおっ!?」

頭の回転が止まり、そして俺は情けない悲鳴をあげた。

彼女の豊かな双丘が、押し付けられたからだ。

「ごめんね、宇和神うわかみくん。嫌いにならないで……」

なんで俺の名前まで知ってるんだよ! と叫びたくなるのを堪え、この状況からの脱出方法を考える。

入学初日になんでこうなるんだ。もうやけくそになってやろうか……。

……そうだな、逆にやり返してみるか? 押してダメなら引いてみる。逆転の発想ってやつだ!

「ぬおりゃ!」

ハンカチで縛られている手を思い切り動かす。ハンカチくらいなら解けると思っていたが、どんな結び方をしたのか、ビクともしなかった。

「動いちゃダーメ」

口は笑ってるのに目は笑っていない。怖すぎるだろ。

可愛らしい見た目なのに、こんなに怖いってどういうことだよ。ギャップやめろ、そういうの弱いから好きになるだろ。

「一つに……なろ?」

そう言う彼女は、暗い笑みを浮かべる。

俺の制服のズボンのベルトを外そうとしている。

けれど、そろそろ俺も限界だった。

体のうちから燃え上がる、湧き上がる感情を抑えられなかった。


「!?」

彼女が驚いてる。だがそんなことにも気づけないほどに俺は昂ぶっていた。

ハンカチを無理やり解き、俺は彼女へと手を伸ばす。

彼女は目をつむって、俺から伸びてくる手に怯えている。だが俺がやろうとしていることは、暴力なんてものでは断じてない。女の子に手をあげていいわけない。

俺は彼女の肩に手をやり、思いきりこちらへと引き寄せた。

「わっ!?」

彼女が驚きに声をあげながら俺の方へ倒れる。そしてそのまま、俺は彼女を強く、強く抱きしめた。

「えっ!? 宇和神くん!?」

彼女の驚いている声が聞こえたが俺はそんなことにも気づかず、

「可愛すぎんだろがあぁ───!」

腹の底から、心の底から叫んだ。




約三分後。

ずっと彼女を抱きしめていた俺は、ようやく我に返った。

「はっ!?」

慌てて俺の胸に顔をうずめている、もとい、うずめさせられている彼女を引き離す。

「ご、ごめん!」

急いで頭を下げて謝るが、しばらく待っても返事がこない。

「……おい?」

おそるおそる目を開け、顔を上げて彼女の顔を見る。

そこには、恍惚とした表情で涎を口の端から垂らし、目を潤ませている彼女がいた。

「えへ、えへへ……。宇和神くんに抱きしめられた……。宇和神くんの匂い、えへ……」

新品の制服の匂いしかしないと思うが……。じゃないや、今はそんなことはどうでもいい。

勝手に抱きしめて怒ってるかと思ったけど、喜んでる……のか? 

とりあえず怒ってはなさそうだし、話がしたいから戻ってきてもらいたいんだが……。

「お、おい?」

声をかけてもトリップから戻ってくる様子はない。肩を掴んで揺さぶっても、やはり戻ってこない。

このまま帰るのもなぁ……。やばめの表情をしている彼女をこのまま放っておくのはまずいだろうし、何よりこの表情の彼女が、誰かに見つかりでもしたらやばい。

一分ほどじっとして待っていると、彼女は自分の世界から帰ってきた。

「……ふあ?」

「あー……大丈夫か?」

俺が気まずそうに声をかけると、彼女はサァーッと顔を青ざめさせて、

「ごめんなさい!」

勢いよく頭を下げて、謝ってきた。




とりあえず場所を変えて、高校の近くの公園へやってきた。

あの教室で話をしてもよかったが、空気があんまりにも気まずかったので場所を変えた、というわけだ。

高校生になってようやく手に入ったスマホはとても便利だった。これがなければ、この公園も見つからなかっただろう。文明の力はすげー。

「ほい」

ベンチに座っている彼女に、自販機で買った暖かいミルクティーのペットボトルを差し出す。

「あ、ありがとう、ございます……」

「ん」

返事をし、俺もミルクティーを飲んでいる彼女の隣に座って同じ自販機で買った缶のいちごミルクを飲む。なんでこれ自販機限定なんだろう。スーパーとかにも並べて欲しい。

ほぅ、と息を吐いて、彼女は口を開く。

「あの、ごめんなさい……」

ミルクティーをギュッと両手で握りしめて、彼女は謝った。きっと、さっきの襲おうとしたことについてだろう。

けれど、謝らないといけないのは俺の方だ。

「いや、俺の方こそ悪かった」

俺の言葉に彼女はなぜ謝られているのか分からないのか、困惑した表情になっている。

察してくれるかと思ったが、言わないといけないか……。

「……抱きしめたりして、悪かった」

俺が顔を前に向けたまま、遠慮がちに理由を言う。

彼女は顔をバッと赤くして、さらに強くミルクティーを握りしめた。ベコン、とペットボトルがへこむ音が、俺たち以外に人のいない公園に響いた。

「い、いえ、あのあれは私的にはご褒美というか……」

慌ててフォローをしようとする彼女だが、慌てすぎてなにか変なことを口走っている。

尻すぼみになる声と同じで、空気はどんどん寒くなっていく。

「……」

「……」

沈黙が流れる。気まずいったらありゃしない。沈黙凌ぎにずずっ、と飲み物を飲む音だけが響く。

別に俺は沈黙が怖いタイプではないが、さっきの出来事のせいで、やたらに沈黙が怖い。

「……あの、すいません。私、中学の頃もこんなことを、やったことがあって」

「えっ?」

……まさか既成事実を中学の頃も作ろうとしたってことか?

ちょっとそれは……想像以上というか。い、いいと思います、僕は。人それぞれありますもんね! うん。

「す、すいません。好きな人のことだと周りが見えなくなっちゃって……」

「いや、まぁいいと思う。それでその、中学の頃はどんなことをしたんだ?」

聞かないほうがいいと思ったが、敢えてここは聞いておくべきだと思った。

彼女のことを、もっと知りたい。

たった数回の会話で、これだけの触れ合いで、俺は彼女が好きになっていた。

「……その、好きな人のために作ったチョコに」

「チョコに?」

「髪の毛、混ぜたりしました……」

…………うん。それも想像以上のことだな。

途切れ途切れの説明で聞かされたものは、マジもんのやっちゃ駄目なやつだった。

「で、でも! 渡せてないので! 未遂ですので!!」

そう言って俺の顔をチラリ、とみる。そんな可愛い顔で見られても、俺は渋い顔しかできない。

……未遂でも駄目だと、僕は思います。

「あとはその、色々と……」

彼女は顔を赤く染め、「これ以上は言えないです……」 と、顔を俯けた。そんな姿さえ、可愛いと感じてしまう。

「ああ、まぁ言えないなら別にいいんだ。えと、それで……なんで俺の名前を知ってたんだ?」

「……それは、クラスの人の名前は覚えとこうと思って。隣の人のはいち早く覚えておいたほうが、後々良いかなって」

答えるのに間があったのが少し気になるが、納得する理由だ。

合点がいったはいいが、またも気まずい沈黙が流れる。

女の子との会話なんてあんまりないから、なに話せば良いかわからん……。それも好きなタイプの女の子だ。緊張して舌も頭もろくに回らない。

「……あの」

「……あのさ」

二人同時に声を出してしまう。なんだこのグダグタな具合。

「す、すいません。お先にどうぞ」

彼女が気を遣ってくれたので、ありがたく先に質問する。

「あ、ああ……じゃあさ、名前、教えてくれ」

「な、名前ですか?」

消しゴムに書かれていた名前はたぶん、下の名前だろう。

それに、面識もないのに名前を呼ばれるなんて気持ち悪いだろうし、教えて貰えば気持ち悪がられることもない。

「……覚えて、ないんですか?」

「え?」

「私の名前、覚えてないんですか?」

覚えてないのか、って……。そもそも、今日初めて会ったばかりなのに。

「俺たち、どこかで会ったことある……のか?」

「……人違いでした」

「そ、そうか」

人違い、か。名前を読めたり、覚えてくれてたとか言ってたからどこかで会ってるのかと思ったけどな。

まぁ、この子が違うって言うなら違うんだろう。

「……私は、私の名前は重士愛菜之。重士愛菜之じゅうしまなのです」

「ありがとう。重士愛菜之ね。それで、重士」

「……はい」

なんでちょっと不服そうな顔をしてるんだ? なんかやらかしたか……。わかんないけど、とりあえずさっき言いたそうにしていたことを聞こう。

「さっき、何か言おうとしてたろ?」

「……抱きしめられたとき、可愛いって言われて、その……」

そう言われて、さっきのことを思い出す。

恥ずかしげもなく、可愛いだなんて腹の底から叫んだんだった。うう、ころしてくれぇ……。

喉になにかが突っかかるような感覚と、胃の中がぐるぐる混ざる感覚を感じる。

ダラダラと冷や汗をかいて言葉を待っていると、重士は、顔を赤くしながら遠慮がちに続けた。

「なんでその、か、可愛いなんて……そんなこと、言ってくれたのかなって……」

「あぁ……」

俺はふぅー、と息を吐き、いちごミルクを飲み干した。冷たい飲み物で暑い頰も落ち着いた気がする。

呼吸を整えて、覚悟を決めて口を開いた。

「えっとな……」

重士がなにを言われるか身構えている。だがここは正直に言おう。言うべきだ。ここで言わなかったら、たぶんいつまでも引きずってしまうだろうから。

「その……重士が俺のタイプ、でして……思わず可愛いとか叫びながら抱きしめてましたぁ!」

最後の方ではもうヤケになりながら、少し強めの口調になっていた。なんで敬語になってんだろうな。癖なのかもしれない。

「ふえっ!?」

案の定、重士は顔を赤くしながら慌てている。どうせフラれて終わるんだ。行けるとこまで行こう。

ヤケクソ精神で、俺はベンチから立ち上がる。

正面から重士を見つめて、たぶん最初で最後になる告白をする。

フラれたらもう立ち直れない。けれどもしも、もしも告白を受け入れてもらえたら。

俺はこの子と、一生を添い遂げる。そんな気がした。

「それで……こんなことを初対面で言うのもなんだけどさ」

誰にも取られたくない。俺はこの子が、重士が好きだ。

「俺と……付き合って、ほしい」

「えっ!? ええ!?」

驚きの声なのか悲鳴なのかよくわからない声を重士が上げている。その気持ちもよくわかる。

初日に、タイプだから付き合ってほしいと言われるなんて、絶対に断るに決まっている。

だが俺は、構わず続ける。当たって砕けろ、

その気持ちでぶつかっていった。いや、もう既に砕けてんだろうけど。

「本当に好きなんだ。その、どこまでも愛してくれそうなところとか、性格も容姿も全部俺にドストライクでさ。気持ち悪いこと言うけど、初めて会った気がしないんだ。一緒にいて、なんか安心するんだ」

重士は顔を真っ赤にしている。さっきからずっと、顔が赤くなったり元に戻ったりを繰り返している。

「返事はいつでもいい。断ってくれて構わないから」

口をパクパクさせて、顔を真っ赤にしている重士。その姿もどうにも可愛かった。俺は完全にこの子に、重士に恋をしてしまっていた。ほの字ってやつだ。

それも、入学初日で、会って初めてだっていうのに。

「……俺は、先に帰るよ。また明日、学校で」

気まずさと恥ずかしさ隠しに早口でそう言い、ベンチに置いていた鞄を取ろうと手を伸ばした。

これで良かったのかもしれない。ここでサッと告白して、サッとフラれて。

何事にも期待はしない。それが大事だと知っている。

きっとこの子は別の男と幸せになるんだろう。そんなことを考えるとなんだか無性に悔しかったが、それを隠すように鞄の持ち手を力強く握りしめた。


そこに、俺の手とは別の手が伸びて、重なった。

細くて、白い綺麗な手。爪も綺麗に手入れされていて、美しいという言葉が似合うその手の持ち主は、重士だった。


なにかまだ、用があるというのだろうか。

用があるって言ったら告白のことだろうが。

サッとフラれるだろうな、とは思っていたが、まさかこんなに早くフラれるとは思わなかった。

諦め半分、悲しさ半分で振り向く。


はたして、当の彼女はというと。

顔を、耳まで真っ赤にしていた。見てみれば、俺の手に被せている手も真っ赤だった。

その赤い顔の彼女は、涙目で俺を見つめる。嬉しそうな、困ったような顔で。

「あの、私からも、その……」

蚊の鳴くような声で、重士は俺の目を真っ直ぐに見つめて。

「お願いします……!」

そう、言ってくれた。

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