すごろく好きな、うちの神さま

あきとー

神さまと俺



「やい、宗次郎。宗次郎やい」

 頭の上から、いつもの声が聞こえた。

「はいはい」

 と、俺は適当に返事をする。

「今年の秋は雨が少ないぞ、少ないぞ」

「そいつはどーも。親父に伝えておくよ」

 俺は竹の箒を動かしながら応えた。境内の掃除は俺のバイトだ。……といっても家業の手伝いで、額もお駄賃というところだけど。

「親父どのに、ちゃんと伝えておけよ宗次郎」

 そいつは満足そうににいっと笑うと、鳥居の上から御神木のほうへ風のように飛びすさり、そのまま木立のほうへざ、ざ、と枝伝いに移動していった。


 あれはこの神社の神さまだ。……と本人(神)は言っているし、小さいころから見ている古い写真とまったく同じ顔だから、まあ本当にそうなんだろう。何より、俺以外にこいつは見えない。他の誰にも。小さいころは見えていた、と言う親父にもだ。

「掃除はおわったか、宗次郎? また双六すごろくでもするか?」

 ひひひ、と神さまは笑う。

 この神さまが言っている「すごろく」とは、陣地が書いてある盤の上で、サイコロを振ってそれに従い駒を進めるという、それだけなのにやたらに複雑なゲームのことで、子供の頃からこいつに教えてもらった俺以外に知っている者はいない。少なくともこの近辺には。

 そして、こいつがニヤニヤ笑いを浮かべているのは、近頃ようやくハンデをひとつ無くしてもらったというのに、いやむしろそのために、このひと月ほど俺がコテンパンに負け続けだからだ。

「んー、やりたいけど、今日はちょっと忙しいからやめとく。修学旅行に行くから、ちょっと練習しておきたいんだよね」

 俺は鞄からカメラを取り出した。いかにも趣味でカメラやってます、という感じのごついタイプではなく、携帯性が高いがレンズは大きめという、いいとこ取りの……悪く言えば中途半端な性能のデジタルカメラだが、俺の腕や高校生という肩書には相応のものだと思っている。


 野外の夕方というライティング環境に慣れておこうと、俺は適当に灯篭や建物にカメラを向け、設定を調整し、またカメラを覗く。神さまは、そんな俺をしばらく眺めたり、ひとりで首をひねったりしていたが、ふいに声をかけてきた。

「しゅがく旅行とはなんだ」

「ぅんっ? えーと」

 一瞬言葉につまる。たまにこういうことを聞かれると、彼が近所の友人などではないと思い知らされてしまう。

「そうだなあ……勉強の一環で、クラスのみんなで遠い土地に行って、歴史の教科書に載ってるような寺とかを見て、寝泊まりして、帰ってくる」

「帰ってくるのか!そうか!」

 我ながらいいかげんな説明だと思ったのだが、神さまのほうはそれが欲しかった答えだったようだ。どことなく不満そうなそわそわした雰囲気を漂わせていたのが、一転していつもの放逸で陽気な様子に戻る。

「帰ってくるのならいい! 帰ってくるのならいい!」

 興奮したのか、風を巻き起こしてその場を飛び去り、境内を(おそらく)ひと息にぐるり一周して戻ってくる。

「帰ってくるならいいぞ、宗次郎? どこまで行くんだ? 京の都見物か? あのあたりは寺がうんとあるぞ」

「驚いたな、京都であってるよ」

 ずっと神社にいる神さまなのにするりと出てきた言葉に驚いたが、古来から寺を見に行くといえば京都・奈良が定番なのだろう、と思えば納得だ。

「だが、京の山景を楽しむには、まだ少しばかり早いのではないか? オイがいつも出雲へ向かうころには、きいあかも鮮やかで、空を飛ぶのにも目が楽しゅうてええもんだがよ」

「そりゃあまあ、紅葉まで楽しめたらよかったけど、修学旅行でそこまで贅沢も言えないってゆーかさ、そりゃ撮影するなら京都の真っ赤になった紅葉もみじなんて最高だったけどさ……」

 言いながら俺は、ああこれは格好が悪いなと気が付いて口をつぐんだ。強がりを見透かされるのも恥ずかしかったが、それが彼なのも嫌だった。

 神さまは、そんな俺の葛藤に気が付いているのかいないのか、俺を真ッ直ぐに見据え、その大きな瞳でじろりじろりと俺を眺めた。

 と、いきなりどんどん、と足踏みをして、大音声をとどろかせた。

「あいわかったッ!」

 こいつの突然の行動には慣れている俺だが、もうちょっと落ち着きがあってもいいと思う。神さまなんだし。

「何がわかった?」

「そうと決まれば酒だ! 御神酒みきをもて!」

「あーはいはい、お神酒ねー」

神さまは気分が盛り上がると、特別な季節や祭りのとき以外でも、こうやって酒を要求してくる。だいたい我が家の備蓄から提供されることになるので勘弁してもらいたいのだが……。

「明日、親父が持ってくると思うんで。どうそ、お納めください」

 そういって、ぱんぱん、と柏手を打ち、深く礼をする。いつもやっていることだけど、俺はこの神さまに面と向かって礼をするのがちょっとだけ苦手だった。

 この神さまは、こうやって俺が氏子として礼を尽くした時に、普段のイタズラっぽい笑みじゃない、なんともいえない優しい表情でいつもこっちを見つめているのだ。

 それが、近頃では、照れ臭いでも、恥ずかしい……でも、イラつく、でもない。全部を合わせたような、もやもやした気持ちになってしまう。

「楽しみにしておけよ、宗次郎!」

「あーはいはい」

 悪い神さまというわけではないので、言っていることが多少すっ飛んでいてわからなくても、こうやって流すのが普通だった。

(宗次郎、宗次郎……か)

 俺は小さくため息をつくと、ご機嫌で賽銭箱に腰かけている神さまに向けてカメラのシャッターを切った。





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