12話 パラムの町


 翌日、もう日が沈むという時になんとか聖女一行はパラムの街に到着した。


 すでに日が暮れ、門が閉まる直前であったためか、門を潜った聖女一行を出迎える人影は非常に少ない。通りをちらほらと歩いている人影と町の支配者である町長がよこした案内役が騎士長と会話している様子をイズミは窓から覗き見る。


 いくら日暮れ間際の時間とはいえ国境間近の町にしては随分と人が少ない、それに妙に殺伐とした雰囲気が漂っている気がする。


 結局その日イズミが見たパラムの街の住人はそれ以外にはいなかった。


 聖女一行が滞在する屋敷に案内され入ったあと、一行は各々の役割を果たしていく。騎士は交代で護衛や警備を行い、侍女や侍従はそれぞれの荷物や材料を屋敷へと運び入れ、夕食の支度をしていく。


 そんな中でイズミは聖女に相応しい、一際広い部屋へと案内され、旅の疲れを癒す為、しっかり休むように一行のまとめ役であるアルティメス騎士長より指示を受ける。


 本来なら聖女は町長など町の上位者との挨拶などを行ったり、晩餐を行うのが常なのだが、今回に限っては前日迄聖女の体調が芳しくなかったこともあって、騎士長のみが聖女の代わりに挨拶や晩餐での接待を受けることとなったのだ。


 イズミは案内された部屋にあった久しぶりのベットへとその身を投げ出して喜んだ。運ばれてきた荷物の整理をしていたイリーナもその様子に思わず苦言を呈する。


「イズミ様、はしたないですよ。せめて横になるならそちらのソファーにしてください。それからベッドを整える無駄な仕事を増やさないでください」


 聖女がベッドに向かって飛び込んでいく様子など他のものにはとてもではないが見せられない。というのは勿論建前で、イリーナとしては荷物整理で忙しいのだから余計な仕事を増やさずに大人しくしていろというのが本音だ。


 イリーナの本音を隠さないあり方はイズミが気に入っている理由でもあるがこういうのは玉に瑕というやつだ。


「ねぇ、イリーナ?もう少しオブラートに包むことも覚えた方がいいと私は思うよ。……それよりも、この町、なんだか様子がおかしい気がするんだけど、あと他のみんなも」


 イズミはこの町に入ってから、正確に言えばこの町が見えてきたあたりから気になっていたことをイリーナに聞く。彼女ならばこの原因に心あたりがあるのではないかとイズミは持ち前の勘の良さを全力で発揮していた。


「……イズミ様はもう少し体調が悪いままの方が良かったかもしれませんね」


 イズミが体調が悪かった時のとても鈍く、からかい甲斐のある様子を思い出してイリーナは思わずと言った風に呟く。


「さすがに酷くない?って話をそらそうとしないの!」


 イズミもあの時の記憶がないわけではない。思い返せばとても玩具にされていたような気がする。だが、今はそんな話をしていたわけではない。


 うまく話を晒そうとしているイリーナに気づいたイズミはそうはさせじと先程の質問に言及していく。


「……町の様子はともかく、この一行の様子がおかしいというのは無理もないことです。この町はほんの数年前に、異端者の集まりとして聖教国が大規模に行った粛清を受けた町の一つなのです」


 今回は誤魔化せないかと観念して語り出したイリーナの言葉に、イズミは一瞬固まり、自身の感じた妙な違和感の原因の全てを悟った。


 聖教国が行った大規模な粛清は簡単にではあるがイズミも教えられている。

 それが行われたのはイズミが召喚される前のことだ。


 世界中に瘴気が広がり、多くの国が次々と滅亡していく。そんな中、瘴気の恐怖の為に多くの民衆に終末世論が溢れかえったのだ。瘴気はこの世界を憂いた女神様による罰だとか邪神様を信仰しないから広がっているのだとか、それはもう様々なありもしない憶測がとびかい、もはや簡単には収集がつかない状況だった。


 この世界は基本的に女神を信仰する女神教が主流であり、多くの人々は女神を信仰している。瘴気が広がり始めた当初、人々は女神を信仰すれば大丈夫だなどという教会の教えを信じて祈り続けていた。


 だが、瘴気の脅威が目前に迫っても女神の慈悲は与えられない。人々は女神に疑問を抱き始める、なぜ助けてくれないのか、女神は本当にいるのか、と。


 目前に迫った脅威を前に人々の信仰は脆くも崩れ去った、そこにありもしない憶測が次々に舞い込めば人々はすがるように別のものを信じるようになる。


 ここに女神を否定する集団が出来上がった。


 そしてこれが瘴気ではなく、人によって起こる悲劇の始まりだ。女神を唯一神と定めていた聖教国にとって女神を否定する集団など許せる存在ではない。この集団に対して聖教国上層部は早々にその目を刈り取るべく残酷な決定を下した。


 それが大規模な粛清である。


 女神を否定するもの、あるいはその疑いがあるものはその親族に至るまで徹底的に処刑された。そこに慈悲はない、慈悲を与えられるのは女神を信仰するものだけだ。その大粛正と評される殺戮を嬉々として行う世界をイズミはかつてカイルに狂っていると言ったのだ。


 そしてこの町はその粛清対象となったとイリーナは言った。


 今のパラムの町の住民にとって聖女一行は恐怖の対象であり、同時に憎しみの対象でもある。一方で聖女一行にとってこの町は敵地と言ってもいい。


 この町の雰囲気がおかしいのも聖女一行の妙に緊張した空気も当然だ。


「……なるほどね。そういうこと」


 納得したようにそう呟くイズミだが、内心は次の疑問で一杯だ。


 聖教国は何故そのような危険な場所を浄化の対象に選んだのか。女神に恨みを抱いている住民がいないとも限らない場所に聖女である自分を送り込むことで生じるリスクなどあの狡猾な枢機卿が考えていないわけがない。


 だがそれは、目の前の侍女に聞いても答えが出るはずもない。騎士長ならあるいはと考えたところでふと、イズミは最近は鬱陶しさすら感じさせるほど近くにいた自分の騎士がいないことに気づく。


「あれ?ねぇイリーナ、カイルはどこに行ったの?」


 イズミの質問にイリーナもようやく最近やたらと近くにいた面倒な輩がいないことに気づく。


「そういえばあの失礼な輩の姿が見えませんね。

こんな時に騎士が主人のそばを離れるとは。

はっ!イズミ様、これは良い機会です。

この機にあの男を罷免してしまいましょう。それで一見落着です」


 騎士が主人の護衛をほっぽってどこかに行っているなど言語道断だ。

 ましてここはイズミにとって安全とはいえない場所だ。


 普段やたらと突っかかってくる男を側から消すチャンスだと気付いたイリーナはここぞとばかりに、イズミにカイルを首にするように促す。


「もー、何が一見落着なのよ、イリーナはすぐそういうこと言うんだから、ダメだよ、カイルは私の騎士なんだから」


 勿論カイルを罷免するつもりなどイズミにはない。


(相性は悪くないだろうけど、相変わらず仲がいいんだか悪いんだか、いまいちよく分からないなぁ)


 イリーナの進言はともかくとしても、カイルとのその仕事ぶりは大変良いと少なくともイズミは思っている。妙に連携して騎士長をいじったり私を大事にしてくれるのはこの2人くらいのものだ。そう思うと妙に感慨深い気持ちになって、イズミは意図せず微笑みながらイリーナが準備してくれた紅茶のカップに口をつける。


「……イズミ様、まさかとは思いますが、カイル様に懸想していらっしゃるの「っブーっ!!ケホっケホ」……大変はしたないですよイズミ様」


 幸せそうな表情でカップに口をつけるイズミを見たイリーナは大きく誤解してもしやと抱いた疑念をストレートにイズミへとぶつけるがそれを聞いたイズミは勢いよく紅茶を吹き出して咳き込む。


 イリーナはその反応にイズミの背中をさすりながら苦言を呈するが、「誰のせいよ!」と勢いよくイズミに突っ込まれる。


「あー苦しかったー。もうイリーナは、突然何を言い出すのよ」


 イリーナが背中をさすってくれた効果もあって早くに復帰したイズミは妙なことを言い出したイリーナに膨れっ面で文句をぶつける。


「申し訳ありません。イズミ様が何やら幸せそうな表情をしていらっしゃいましたので、プロポーズのことでも思い出したかと、ついからかいたく、もとい心配になりまして」


「自分の趣味全開か!本音を出しすぎなのよ!

……というかあれは結局、プロポーズじゃなかったわけだし、その、別に、その

全然幸せなんかじゃないよ!」


 クワっと目を見開いてイリーナに突っ込みを入れるイズミだが、後半は徐々にその顔を赤く染めていきどもりながら最後はパニックになってとりあえず怒鳴った。頭から煙を出してオーバーヒートした様子のイズミの様子にイリーナにしては珍しくカイルに本気で殺意を抱いたのだった。


(それにしても、本当にどこに行ったのか)


 なんだかんだ言いながらもイズミのことに関してはカイルをそれなりにイリーナも信用している。こんな場所であの男がイズミ様を放置するなんて妙だとイリーナ自身も疑問に思う。


 だが、まあひとまずは自身の目の前で頭から煙を出して停止している少女を元に戻さなくてはなるまい。


 イリーナはカイルへと向かった思考を一旦止めて、目の前の少女に向き直る。


「イズミ様、そろそろ戻ってきてください」


 こうしてイズミとイリーナのパラムの町での一夜は過ぎていく。


 もしもこの時、イズミがカイルの場所をしっかり把握したならこの後に辿る未来は別のものになっていたかも知れない。


 だがそれは起こりうることのないifの世界、時間とは残酷なまでにはっきりと起きたことを示す。


 未来にifの世界があろうとも過去にifの世界はないのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る