第51話 黒玉

  チートキャラと通常キャラが戦えば、普通に考えるならば通常キャラに勝ち目はない。 それを正面から喧嘩を売ってきて、何か奥の手を隠しているだろうとは考えていたが、自らが汚染されるという方法は考えもしなかった。


「どうしたよぉ!?神さまぁ逃げてばっかじゃねぇか!!」


「当たらなければいいんだよ!うるさいな!」


 攻防は完全にツヴァングの一方戦になっている。【ジャッジメント・ルイ】は銃口ギミックが6つに分散した散弾タイプだが、分かれた小弾1つ1つが、さっきまでのメインの銃口から放たれた弾丸より威力が増していた。

 その弾を避けるので精一杯で、とても反撃に出る隙が見つけられない。


 現状は全て想定内なのだ。ツヴァングが裏切るかもしれないと分かっていて、裏ダンジョン攻略のPTに入れたのだから、実際裏切られても驚きはしなかった。


 ただプレイヤーが汚染され、モンスター化するということ以外は。


「チッ!【切り替えし】!」


 キィンと音を立てて弾き返された魔弾が斜めに吹き飛び、砂の山に穴を穿つ。避け切れなかった魔弾を弾き返すのが、精々なことに腹が立つ。


 無限に広がるフィールドと錯覚しがちだったが、部屋が広いだけで無限に広がるわけではないらしい。MAPの端に四角の途切れを見つけて、逃げの一手を止めざるをえなくなる。

 

 周囲の探知能力は遠距離DPSのツヴァングの方が広く、今はさらに汚染強化されて探知範囲も広がっているかもしれない。


(もしかしてとっくにツヴァングはフィールドの限界に気づいてた!?)


 となると、ツヴァングにまんまと誘導されていたことになる。

 そして敵に狙いを気づかれたら、よくあるアニメのようにもったいぶって御託を並べずに、迷わずトドメをさすのがツヴァングの性格だと知っている。


 恐らくすでにツヴァングの中で、トドメを刺すシナリオも出来上がっているのだ。


 そんな嫌な予感ほど当たるもので、先ほど弾き返した魔弾が上げた土煙の先に、急速に高まる魔力を感じ取り、すかさず上級防御アイテム【妖精の羽】をアイテムボックスから素早く取り出し障壁結界を前方に張った。


 職業的に防御力が高いタンクでも、バリアを張れるヒーラーでもない。

 攻撃職のDPSは防御スキルがほとんどない。


 細剣士唯一の防御スキルと言っていいダメージ軽減スキル【ストラパリィ】をさらにかけた。運が良ければ直撃は避けられるが、完全に回避はできないだろう。


(無いよりはマシだけど、どれだけ防いでくれるかッ)


 期待はあまりしていないが、六角形のガラスが組み合わさったような淡い緑の障壁越しに、上空へ飛び上がって距離があり聞こえない筈のツヴァングの声が聞こえた気がした。


「おせぇよ」


 ダンジョンに入ってから、エリアボスを倒し、そしてシエルと戦っている間もずっと貯めMAXになっていた【ジャッジメント・ルイ】の全ゲージを一気に解放し、究極スキル【ヴォートルギア】をツヴァングが放つ。


 散弾タイプに分散していた銃ギミックが本体に再び装着され、銃口前方に魔法陣が展開された。


 それまで放っていた魔弾の大きさとは比べものにならない砲撃は、ツヴァングの身長よりも巨大な一撃を放つ。

 威力も砲撃の速さも比較にならない。



――ドドドドドドドォォォォンンッ!!!!――



 銃による砲撃の域を超えた一撃は、砂漠の土を容赦なく抉り、シエルを捕らえた。


 【ヴォートルギア】が放たれてしばらく経っても、立ち上る土煙には至るところから蒼い稲妻が走り、威力の強さを物語る。

 これがダンジョン内の砂漠だからこの程度で住んでいるが、外であれば軽く山1つ吹き飛ばすか、穴を開けている。


 なおも空高く土煙が上がり続けているが、土煙の中から不自然に動く影は見られない。

 土煙が完全に落ち着き、元の砂漠の景色に戻るまで構えていたままだった【ジャッジメント・ルイ】を下ろし、


「リアルで何も知らずに過ごしてたお前とは違うんだよ、この世界が俺にとってのリアルだ」


 忌々しそうに誰もいない景色をにらみ、ツヴァングは呟く。


 身体が燃えるように熱い。身体の奥から力が漲ってくると同時に、奥底から這い出たような黒い何かが、自分を少しづつ侵食していく感覚と共に、頭痛が鳴り止まない。


(倒せたか……。けど、全く無事では済まねぇとは思っていたが、コイツはやべぇな。一瞬でも気を抜くと、意識持っていかれちまう)


 チートステータスを持つシエルに、正面から喧嘩を売って万が一にも勝てる勝算はないことくらい、ツヴァングも当然理解していた。


 となれば、シエルでも予測がつかない何かを用意する他に、勝てる見込みは無い。

 しかし、ピピ・コリンでシエルがモンスターと戦っていたときの光景と、道端に落ちていた汚染アイテム【黒玉】がツヴァングの中に、もしかすれば、という欲を芽生えさせた。


 汚染アイテムは強化アイテムになりえる。それも素材や道具が汚染されたものではなく、高濃度に汚染された丸い黒ガラス状の【黒玉】に限りだ。


 素材や道具であれば、鑑定でもデバフ効果が判別できる。

【黒玉】の鑑定結果は『使用者、または使用されたモノを汚染。』の一文のみっだったが、それは『読めるモノ』に対してのみだ。


 『読めないモノ』は追いきれないほどあった。

 鑑定用モノクルの表示領域では足りないほどに文字化けした何かが羅列している。

 

 しかし、その文字化けには半年前までいた世界でひどく見覚えがあった。

 仕事用のPCにたまに送られてくるウィルスメール。


(思い出したくもねぇが、ウィルスメールの文字化けによく似てるぜ。【黒玉】の鑑定結果はよ)


 リアルであくせく朝から夜中まで働いていた頃は、ウィルスメールなんて邪魔でしかなかったが、ゲーム内に取り込まれた状況で役に立つとは、人生何が起こるか分からない。

 汚染とはウィルスによる感染だ。


「完全に魔物になる前にさっさと使っちまうか」


 コートのポケットに手をいれ、取り出したのはこのダンジョンに入って、シエルから念のためにと渡された【聖浄のクリスタル】だ。

 使いきりの浄化アイテム。これが担保としてあるからこそ、【黒玉】を隠し持ちつつも、最後の部分で踏み切れなかった『自ら汚染されるというリスク』を選択することができた。


 しかし、いざ【聖浄のクリスタル】を使おうとして、すぐ傍に門が出現し、その手が止まる。ガンガン鳴る頭で、億劫そうに振り向けば、


「シエル!!」


「……なんだ?今頃登場か?少し遅かったな」


 扉から飛び出してきたのは、満身創痍に近いヴィルフリートだ。

 だがその手に持った武器に、ツヴァングはニヤリと笑む。


 この世界は半年前にリアル化したゲーム世界と説明したところで、ヴィルフリートには皆目理解できないだろう。

 上級ランク装備だろうヴィルフリートの黒コートはボロボロで、頬も数本の切り傷から赤い血が流れている。フロアボスとの戦闘で持っていた回復薬も使い果たしたのかもしれない。


「やっぱお前もS10武器持ってたのか。その割に随分と小奇麗な恰好だな。時間もかかりすぎじゃねぇの?」


 満身創痍のヴィルフリートを見て、ツヴァングが笑う。


「ツヴァングなのか?その姿、どうした?シエルはどこにいる」


 様相が一変しているツヴァングの姿を見て、ヴィルフリートの目が大きく見開く。汚染魔物と同じように赤く発光した両目、身体から発せられる黒紫のオーラ、浮き出た紫の血管。

 そして歪んだ笑顔。


「見て分かるだろ?汚染された俺が、シエルを倒したんだ、よ」


「何だと…?」


「レヴィ・スーン様はもういねぇぜ?これで、この世界を救えるヤツはどこにもいねぇ。俺はこの世界にずっといつづけられる」


「何を言ってる?」


 ツヴァングの言っている意味を理解できないのか、ヴィルフリートの眉間の皺が濃くなり、警戒したように槍を構えた。


(ゲーム内で殺されて、リアルでも死ぬのは勿論お断りだが、だからって世界を救われてリアルに戻るのも俺はご免なんだよ。俺はこの世界で遊んで暮らさせてもらうぜ)


 あとはダンジョンを出て、冒険者ギルドのノアンたちにはシエルとヴィルフリートはダンジョン内の敵に倒されて、自分はどうにか脱出できたと適当な説明をすれば、元の『勘当された貴族の息子』の生活に戻れる。

 残す邪魔者はヴィルフリートだけだ。


「元からテメェとは馬が合わねぇとは思っていたが、シエルと知り合っちまったのが運の尽きだったな。こっちもそんなに時間ねぇし、さっさと殺させてもらう」


「ッ!?」


 ふっ、と。

 前兆なしにツヴァングの姿が揺らぎ消え、どこに行ったのかと姿を探すより先に、ヴィルフリートは横でも後ろでもなく斜め後ろに飛び退く。

 完全に勘であり、攻撃方向も何も見えていない。


 辛うじてツヴァングの気配は捉えているが、ケルベロスと戦ったときのダメージがまだ残っていて、思うように動けない。


 用意した回復薬は、どんなに劣勢に追い込まれた戦闘でも、最後の1つだけは使わない。それは戦闘に勝った時に、安全な場所にまで戻るための体力回復のためだ。


 戦闘に勝っても、そこで野垂れ死んでは意味がない。だがソロは独りだ。助けてくれる者はいない。

 自分ひとりでどうにかしなければならない。


 だから生きて戻るための回復薬を常に一つだけ残してあり、それをケルベロスとの戦闘後に使ったのだ。

 けれど、全快というわけではなかった。


(なんて動きをしやがる!闘技場でもトリッキー な動きをしていたが、汚染されて速さが増してるのか!)


 【ジャッジメント・ルイ】の引き金を引くのを視界に捕らえて、咄嗟に【カリス・ウォイド】を盾代わりに前に構えると、それだけでヴィルフリートの意思を読み取ったように槍が前方にバリアを張った。

 

 そのバリアを張った瞬間、放たれたオリハルコンの魔弾がバリアを破壊する。

 殺気を感じて振り返った背後に飛び込んできたのは、深い闇赤色の目をしたツヴァング。


「俺は3度は外さねぇよ」


 底冷えする無機質な声。

 すでに【ジャッジメント・ルイ】 の銃口は、ヴィルフリートのすぐ真後ろにあった。

 あまりの速さに姿を見失ったのだ。



――ドンッ!――



「ガッッ!!!」


 オリハルコンの貫通弾ではなく、魔力を弾丸として放ったのだろう。

 直撃を受けてヴィルフリートの全身に激痛と引き攣るようなシビレが走り、後方へ砂の大地を転がり吹き飛ばされる。


「ガハッッ!!!」


 立ち上がるどころか指一本動かせない。息をするだけで肺が軋む。戦うどころか逃げることも、動くこともできない。

 いくらツヴァングが汚染されていて、自身がケルベロスとの戦いでダメージを負い万全でなかったとしても、完全な力の差があった。


(汚染されて強化されているからか?いや……元から強かったんだ……、シエルもそれを見抜いてこいつにS10武器を渡した……。だが、この強さはまるでハムストレムのダンジョンで見たシエルと同等の強さだ)


 自らを鍛えなくても、初めから強かったのではと錯覚しそうになる。

 脳裏に思い浮かぶのは、ハムストレムのダンジョンボスだったルシフェルとシエルが戦っていた光景。


 あのときもシエルはあふれ出る魔力と共に、汚染されたルシフェルの攻撃をものともせずに、圧倒的な強さで倒し、ヴィルフリートが戦いに参加する隙すらなかった。


 言葉に出して言うことは腹が立つので死んでも言わないが、どんなに強くなろうと自分達は決して辿り着くことのできない神の領域に思える。


 ザッ、ザッとツヴァングが近づいてくる足音が聞こえていても、体中が痺れていて無様なまでに指一本動かすこともできずに倒れこんでいる真上で、オリハルコンの弾丸をガチャッと装填する音が響く。


「じゃあな、恨むんならシエルと関わっちまった自分自身を恨みな」


 やられる。

 朦朧とする意識の中、ヴィルフリートが死を覚悟したとき、






「ダメだよ?ヴィルに手を出したら、怒るよ?」






 鈴を転がしたような、リンとしながらも幼さが少し残る声音。

 酷く重い瞼をどうにか開いた霞む視界に、上空の陽の光に、銀糸の髪が反射して眩しい。


「テメェッ!?」


 一気にツヴァングの血の気が引く。

 ヴィルフリートにトドメをさそうと構えていた【ジャッジメント・ルイ】が、声のした背後をバッと振り返っても、そこにシエルの姿はない。


 代わりに、ついさっきまで見下ろしていたヴィルフリートの傍に、完全に倒したと思っていた相手の気配が移動していた。


「シ、エル………無事だったんだな……」


「…………」


 声をかけても返事はない。

 倒れこんでいるヴィルフリートを見下ろしたまま、シエルの口はまたへの字になってしまった。


「遅れて、悪いとは思って、るから……そんな顔するな……。せっかくのキレイな顔が不細工だ……」


「誰のせいだと思ってるの!?早く【カリス・ヴォイド】使わないから、そんな無駄な怪我するんだよ!もうっ!」


 フン!と憤慨しつつ、シエルはアイテムボックスから取り出した最上級回復薬をヴィルフリートに施す。

 今の職業は細剣士だ。回復に秀でた治癒士ではない。だったら治癒魔法を使うより、回復アイテムを使った方が即効性があるし手っ取り早い。


 淡く優しい光に包まれ、ヴィルフリートの怪我がみるみるうちに回復していく。

 かなり危ない状態だったが、回復薬が効果を発揮しているということは。もう大丈夫だろう。


 シエルが振り返った先には、苦々しそうな表情のツヴァングだが、顔にも紫の血管が浮き立ちはじめ、汚染がさらに進んでいることを物語る。


「……あの直撃受けて生きてたのか、さすが神さま……一筋縄じゃいかねぇな……」


「当たり前じゃん。まさか自分が勝ったなんて考えてたの?やめてよそんな冗談。そっちこそ、こっちでダラダラ毎日遊んでて戦闘感覚鈍ったんじゃない?」


「何しやがった……?」


「何もしてないよ?【ヴォートルギア】はちゃんと直撃したしすっごく痛かった。けど、クリティカルを受けても、自分のHPは1割も削れなかっただけで」


「なんだと……」


フンと鼻で笑ったシエルに、ツヴァングの表情が強張る。


「見かけだけの武器しか見なかったんじゃない?PTリストからこちらの装備もちゃんと見てた?同じPTのままなら数字は見えなくてもHPバーは見えてるだろうから、自分のHPの減りに気づけたかもね。ちゃんと殺せたか、確認も」


 武器装備自体のステータスや補助効果は見えても、プレイヤー自身のステータスであるHP量とMP量、属性値は、同じPTでも他のプレイヤーには見えない。

 見えるのは残量を示すバーだけだ。


 ダンジョンに入るとき、シエルの武器こそS10武器の【エド・ドルグフ】だったが、身体を守る装備の方は、ピピ・コリンの防具屋と装飾品屋で調達したS2ランク装備だった。

 それにシエルが後付けで強制劣化属性を付与したのだ。


 高すぎて魅力デバフにかかる者を防ぐために、魅力減退デバフがついたブレスレットのように。


 いい例を出すなら、オシャレ装備と呼ばれる装備は、装備者のステータスの上昇などの効果を全く受け付けない。

 着る目的がそもそも違う。戦闘のためではなく、オシャレをするためだ。


 装備部位によっては、プレイヤー自身のステータスすら、LV1にまで落すデバフ紛いの機能を持った装備もある。


 結果から言えば、ツヴァングから本来のステータスを隠すために、シエルはあえてステータスを強制下方修正する装飾装備をまとっていたのだ。


 よって、先ほどまでのシエルの補助ステータスは【エド・ドルグフ】を装備した攻撃力とHP、MP以外は、ほとんどLVカンストした通常キャラを少し強化した程度だ。


 どんなに強い攻撃を受けても、100万を超えるHPで全て強引に問題解決していただけで。

 お陰で受けた攻撃は、そのまま『痛み』となってシエルを襲った。


(ツヴァングがどこまで自分のステータスを視てくるか分からないまま、同じPTになるのは不安だったんだよね。今回は裏ダンジョン攻略するまでに、ピピ・コリンで入念に準備をした甲斐があったってことかな)


 狙いはほぼ的中したと言っていいだろう。

 完全にツヴァングを騙し通せたし、ツヴァングの狙いも分かった。


(ツヴァングはリアルには戻らず、この世界にい続けたいんだね)


 ダンジョン攻略では<職縛り>が発生し、別職に変更することが出来なくなる。だが、同じ職であれば交換は可能で、それは武器だけでなく装備も同様である。


【装備総交換(フルチェンジ)】

 ボロボロだったシエルのデバフ装備が、白く眩い光に包まれ一瞬で真新しい、細剣士専用装備に換装される。


 ベロア調の光沢ある黒を基調としたゴシック系のロングコートは、留め具が2重になった前身ごろが目を引く。

 内側は首元まで目の大きいジッパーで、スライダー部分は凝った細工が施された十字架であり、外側は黒銀の刺繍にバックルががっちりと前を締める。


 折り返した衿と袖にバロック調の刺繍が施され、左肩には獅子が彫られたシルバーの肩当が光った。


 強制デバフ紛いの装飾装備から戦闘装備に切り替わった瞬間、防御値をはじめとしたシエルの全ステータスが正常化する。


 正常化というには数値的の跳ね上がりは爆発的なものだった。

 その数値をさらにS10装備の補助効果が強化する。


「3回戦。ううん。最終回といこうか、ツヴァング」



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