第45話 銃装士

 目の前の光景に、やる前から分かっていたとはいえ、なんとも言えない気持ちになる。


「まぁこうなるよね」


 同情と憐れみのため息一つ。

 ツヴァングと手合いすることになった3人に同情しつつ、結果は予想通りの結果だった。

 闘技場の3方に、ランクAの冒険者が2人、そしてギルドの副支部長という男が1人、完全に気を失って倒れている。


 1対3でツヴァングが勝ったのだ。


 ツヴァングが手にしているのは『ジャッジメント・ルイ』。長く太い銃身部分に、ひび割れが入ったかのように赤く発光している。弾は打ったが攻撃するためのものではなく、相手の攻撃を防いだり、間合いを詰めさせないためのものだった。


 初めこそツヴァングを侮っていた3人も、トリッキーな動きで相手の攻撃を交わし、反撃してくる様に、すぐに余裕は消え失せた。


 とりわけ振り降ろそうとした剣の刃に、弾を当てて剣を弾いた時は、手合いを見守っていた観衆から大きな声が上がった。

 厚みは多少あれど剣の刃だ。それも振り降ろそうとしているのだから、動いている。

 

 それに寸分もハズさず弾を当てて、剣を弾かれたことで相手のバランスが崩れたところを素早く相手の横に回り込み、銃の柄を首裏に落として気絶させた。

 残りの2人も似たようなものだった。


(銃もほとんど使ってないようなものだったね。属性付与されたオリハルコンの弾は一発も打ってなくて、打ったのは魔力弾だけだったし。ていうか、よく剣を振り降ろそうとしている相手に、正面から飛び込んで銃を撃てるよね……、一発ミスっただけで終了でしょ? )


 チートステータスの<シエル・レヴィンソン>でも、とても怖くてそんな戦法を取れないだろう。


 オリハルコンの弾は『ジャッジメント・ルイ』を手渡すとき、オマケで数種類の弾を渡してある。しかし、ツヴァングがこの手合わせで放ったのは、自身の魔力を圧縮し弾として放つ魔力弾のみ。


 これは本人の魔力が圧縮され弾となるの弾切れの心配はないが、その分本人の魔力量であったり魔力の強さがモノを言うので、威力に差が出た。


(でもさすがツヴァングだなぁ。どんなに威力がある魔力弾でも、振り降ろす剣の刃に当てるなんて芸当、出来るのってツヴァングぐらいなんじゃない?)


 恐らく半年ぶりに握っただろう銃なのに、記憶の中のツヴァングと些かも遜色がない。


 3人は決して弱いわけではなかった。それぞれに高ランクの冒険者として実績があり、その名前も広まっている。

 なのにツヴァングは本気を出すことなく倒してしまった。それだけは誰の目にも明白だった。

 

 酒癖と女癖が悪すぎて家を勘当。ただし、鑑定士の腕だけは一流。

 

 そこに銃装士としての名が追加された瞬間だった。

 勝敗のストップをかける必要もなかった。手合わせの相手は全員気絶しているのだから、止める必要がない。


 勝敗が決まっても歓声はおきない。そのかわり困惑が入り混じったざわつきが闘技場のいたるところで起こる。

 

「あの銃はなんだ?どう見ても、かなりランクが高いだろ。あんな銃初めて見たぞ?」


「勘当されたとき家から持ち出していたんじゃないか?武器頼みの強さだろ?」


「馬鹿言え。銃は武器の中でもひと際扱いにくい武器だ。本人の銃センスで左右されるし、何より武器自体がランクが高くなればなるほど扱いにくくなる。本人の強さが伴ってなければ、弾を打つことも至難のわざだ」


「だったら……ツヴァングは元々銃が扱えたってことなのか?あの毎日酒飲んで、遊んでるだけのツヴァングが?」


 そんなざわつきのなかツヴァングは銃をガンホルダーにおさめ、闘技場の壁際に立って、勝敗を観戦していたノアンに振り返る。ノアンは笑みを崩してはいないが、決して余裕がある様子ではない。


「これで俺が同行することに文句はないな?」


「……いいだろう。驚いた、というよりは日頃のあの態度は、周りの目を欺くための演技だったのか?まんまと騙されていたぞ」


 苦々しくノアンは同行許可を出す。ノアンから同行許可の言質が取れれば、シルクハットを被り直し、ツヴァングは無言で闘技場を出ていく。

 その背中に集まった観衆から向けられている視線は、畏怖が近いだろう。

 それを見届けて、自分たちも用無しと立ち上がろうとして、


「シエル、これを知っててツヴァングにアレ(ジャッジメント・ルイ) を渡したのか?」


 他の観衆と同じく、初めてツヴァングが戦うところを見たのだろうヴィルフリートの表情は険しい。酒癖と女遊びが過ぎる一面しか知らない者であれば、その驚きは当然かもしれない。


「飾るしか出来ない相手に渡しても意味はないからね。使う使わないは別として」


 言葉を失っているヴィルフリートはそっとしておいて、ノアンの元にいく。ツヴァングの手合いは終わったので、集まっていた観衆も順々に闘技場から出ていく。

 最終確認だ。


「2週間後に裏ダンジョン攻略に入るよ。冒険者たちへの通知はそれくらいあれば大丈夫?」


 表であるリアスのダンジョン攻略申請は3週間という順番待ちだった。

 それからの経過を考えれば、表に入る予定だったものが、裏に入ることになっただけの予定変更だ。


「分かった。冒険者たちへの通知はこちらで行っておこう。だが貴様、何を企んでいる?」


「ん?何も?」


「ハムストレムでもまだ公開されていないダンジョン調査に潜り込んだらしいな。ヴィルフリート(Sランク冒険者)を誑し込んで、次はツヴァング(1級鑑定士)か?」


 ハムストレムで調査同行したことを既に聞いていたのかと思うも、そこはギルド支部長だ。ギルド内での情報を支部長クラスが知らない方が、組織として成り立っていない。


 人聞きが悪い、とは思ったけれど、こちらは情報は何も渡さず、やられてばかりではそれくらいの嫌味を言いたくなるものだろう。

 少しやり過ぎたようだと反省しつつ、


「嫌な予感がするんだよね。ダンジョンモンスターは原則ダンジョンから出てこないのがこの世界の仕様だった。でもこの前、街にいた自分の元に転送されてきた」


 ゲーム時代であれば、例えPTメンバーが魔法陣に触れたとしてもリーダーを含めたPTメンバー全員が揃っていなければ、魔法陣は発動しなかった。

 なのに、魔法陣は発動し、魔物もダンジョンの外に出てきた。既にこの時点で、平常時のシステムから逸脱している。


「何を言っている?」


「ダンジョンモンスターは、本来の仕様からもう逸脱しているのかもしれない。裏ダンジョンを自分たちが攻略しているとき注意して。異常が起こるとしたらそのタイミングだと思う」

 

 先日の話し合いでツヴァングの同行許可を取り消そうとしたとき、それはそれでアリなのかもしれないと内心思った。

 ダンジョン攻略中、何か起こったときに、街で対処できる者が1人でもいるという保険をキープできる。しかしツヴァングは自ら力を示し、同行許可をもぎ取ってしまった。


(何を考えてるのか分からないけど、結局思い通りには行ってくれないんだよね~)


 自分と距離を取ろうとしているのかと思えば、あちらから近づいてきたりする。


 突然、脈絡のない話を始めた自分に、怪訝な眼差しを向けるノアンを置いて、ヴィルフリートの元へ戻る。裏ダンジョンへの攻略日程は決まった。

 であればそれまでに<何が起こっても対処できるように>、最善の準備をしておかなくてはならない。


 



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