第22話 汚染浄化

「アグニイズ!」


「火影!!」


 最初にシエルが唱えた【アグニイズ】は炎系の魔法で、火の玉を敵に投げつける。敵に当たればダメージを与え、当たらなくても着弾した地面から横に火が燃え上がり、敵と自分との間に壁を作る。


 今の場合、ダメージではなく、炎の壁を作ることが目的だ。

 狙ったヘルハウンドは、襲い来る火の玉を紙一重で素早く避けたが、それこそが狙いだった。


 地面に着弾し、火の壁が周囲にできるとヘルハウンドは一瞬シエル側が見えなくなる。その一瞬の隙を狙い、ユスティアから防御魔法をかけられたヴィルフリートが炎の壁に飛び込み、同じく炎系の槍スキルである【火影】でヘルハウンドを攻撃する。


 アグニイズを避けた直後の隙をつかれて、刃に炎をまとわせたグングニルが、ヘルハウンドを真っ二つにした。


 ゾンビ系魔物の弱点は、甲冑ジェネラル同様に光か雷属性の技や魔法になる。他の属性だと足止めにはなっても、レジストされてダメージらしいダメージが入らない。

 しかし、最後の一匹を倒しても誰も安堵する者はいなかった。


「どういうことだ?ヘルハウンドは確かにLVの高い魔物だが、こんなにすばしっこかったか?」


「それに群れで行動するタイプだとしても連携なんて取らなかった筈なのに、このヘルハウンドの群れは明らかにリーダーらしき最後の一匹が統制をとってましたね。私も連携を取るヘルハウンドは初めて見ました」


「コイツらが使う【毒の息】もそうです。これを見てください」


 そう言って前に差し出したカインの右袖は、火でやけどしたのではなく黒ずみ、その周りが紫色に変色し所々に黄色い泡のような粒も付着している。

 そして顔を近づけると微かな腐乱臭がした。


「息に触れた部分が、腐食しかけています」


 ヘルハウンドの【毒の息】はその息を吸ってしまうと、体が毒に蝕まれていくことは広く知られている。しかし、装備まで腐食するほどの猛毒を持つというのは、聞いたことがなかった。


「普通のヘルハウンドのレベルは100、ユニークで少しLVが上がっても105。それがこの群れは一番LVの低いやつで110。一番高いのは120あった」


「シエル殿はあの魔物を解読(デサイファー) 出来るのですか?」


 驚きの眼差しで見やるカインに曖昧な笑みを浮かべ、ドロップした【毒牙】を拾いにいく。解読スキルは覚えるのは簡単だが、使う者のLVが解読対象物のLVより高いことが、解読の必須条件となる。


 そうなると、シエルのレベルは最低でも120以上であると、自身で証明したことになる。


(LVが142のカインを倒しているならLV120以上であるくらい知られても平気でしょ……恐らく……)


 ある程度LVの高い黒呪士であることを周知しておいたほうが、多少高LVのスキルや魔法を使ってもいちいち驚かれず納得してもらえるだろうし、まさか自分のLVが10000であるとは誰一人考えもしないだろう。


『ずいぶん手加減が上手くなったじゃねぇか。これならカインたちも不審に思わないだろう。俺と手合わせしたときの容赦のなさとは、大違いだな』


 少し拗ねたような、不満を覗かせたチャットはヴィルフリートだ。


『手加減したらPT抜けるって脅したくせに。でもアレのお陰でだいぶ助かってる』


 チートスペックなのは最初から分かっていたけれど、実際にどれだけの力の差があるのかは認識できなかった。だから、ヴィルフリートと手合わせした手ごたえを参考に、


(キャラ強化系の称号はほとんど制限かけたし、『インペリアル・エクス』も魔力込めて呼応させなきゃ、まぁまぁ誤魔化せるわね)


 3人には内緒だが、ダンジョンに入ってから使っている魔法は全て、杖を装備した上での魔法と見せかけて、手に持っているだけの見せかけである。

 杖は見かけ倒しの、杖なし詠唱。元から無詠唱魔法が使えるので、杖の有無は問題なかった。


 それこそS10武器(宝)の持ち腐れだが、不審をもたれないためにはいたしかたない。


 5階に下りて最初に遭遇した魔物がコレなら、この先はどれだけ強い魔物が出てくるのか。何より地下4階までと5階の魔物でレベル差があり過ぎている。 

 これだけレベル差が出るダンジョンはシエルの記憶にもない。


(紫のマーカーからしておかしかった。あの色には他のマーカー色とは違う意味が?)


青は自分の位置を。

黄色はPTを組んでいるプレイヤーを。

緑はまだエンカウントしていない魔物を。

赤はエンカウントした魔物を。


 それぞれマーカー色で識別できるのだが、紫色のマーカーははじめて見た色だった。

 ユニークよりさらに上位の魔物を識別する色なのか、思案しながら最後の一匹がドロップした【毒牙】を拾おうと触れた瞬間、一瞬のノイズが走った。


 次いで無機質な機械音声と共に、同じ内容がテキストチャットに流れる。


――――――――――――――――


この【毒牙】は汚染されてます。

浄化アクセサリーを世界に構築し

浄化しますか?


 yes or no ? 


――――――――――――――――


(なにこれ?ドロップアイテムが汚染されてて、浄化アクセサリーを構築?)


 チラと横目で周りの3人を見ても、先ほどの機械音声が聞こえた様子はないことから、聞こえた声も、チャット欄にテキストが流れたのも、自分1人だけなのだと判断する。


― yes ―


 yes一択に決まっている。

 こんなゲーム時代にはなかった仕様が目の前に現れて拒絶したなら、なんのために捕囚ゲームに自らログインしたのか意味がなくなってしまう。


――――――――――――――――


浄化アクセサリー【聖光の指輪】を構築


引き続き、【毒牙】を浄化


――――――――――――――――


 またもや機械音声が流れ、シエルの右中指にそれまでなかった指輪が現れる。そのまま指輪に嵌められた透明な石が淡く輝くと刹那の時間、汚染されているらしい【毒牙】にグレーのメーターが現れ、上部に【浄化率0%】のステータスが表示される。


 そして一瞬で左から伸びた黄色のメーターが、浄化率を100%にしてしまった。


――――――――――――――――


浄化に成功


――――――――――――――――


 汚染されているらしい【毒牙】からサァッと黒いモヤが溢れ霧散してしまった。

もう一度触れても今度はノイズは走らない。【浄化】とやらは正常に行われたらしい。

【毒牙】を拾い、


(紫のマーカーは<汚染されている>という意味でいいのかな、要注意だな)


 他にも懸念点はあった。汚染されているらしい魔物は通常の魔物よりはるかに強化され、かつ倒してもドロップしたアイテムも汚染されており、浄化する必要があると見ていいだろう。


 今回はシエルが最初に触れたのが不幸中の幸いだったかもしれない。


 もしもシエルではなく、ヴィルフリート、カイン、ユスティアの3人のうち1人でも汚染されたアイテムに触れたら、どうなっていたか分からない。

 尚且つ汚染されたアイテムの浄化アクセサリーというのも初耳で。


『知ってたら教えてほしいんだけど、浄化って知ってる?』


『浄化?聞いたことがねぇな。それがどうした?』


『さっきのヘルハウンドたちは汚染されてたっぽい。ドロップしたこの【毒牙】もね』


『汚染って、そんなアイテムを素手で持って大丈夫なのかよ?』


『これはもう自分が浄化したから問題ないよ。でもこれから先進んで行く中でまた汚染された魔物に遭遇すると思う。その時は汚染された魔物からドロップしたアイテムは触れない方がいい』


『触れたらどうなる?』


『きっと良くないこと。カインたちにも教えてあげたいけれど、う~ん、説明に困るね』


 汚染された魔物からドロップしたアイテムのことだと単に説明しただけでは、普通の魔物とどう違うのか理解できないだろう。尚且つなぜ汚染されていると分かったのか逆に質問されることは目に見えている。


 シエル自身、汚染された魔物に遭遇したことも、アクセサリー【聖光の指輪】で汚染を浄化できることも、今知ったばかりで、完全に全てを理解しているとは言い切れず、不明な点が多いのだから。


『でも、確かにこのダンジョンは当たりだね。兄さんの手がかりがつかめそう』


 ゲームシステムを逸脱した現象は、失踪した啓一郎を探す手がかり、または捕囚ゲームとなった原因に繋がるヒントと捉えて間違いないだろう。オリハルコンの土台に、磨かれた銀水晶がはめこまれた指輪を、そっと撫でる。


「シエルさん?右手をずっと見てますけれど、まさか毒の息に触れてしまったのですか?大丈夫ですか?」


 ずっと自身の右手を見ているシエルに、ユスティアが毒の息に触れてしまったのであれば解毒の魔法をかけようかと申し出てくる。


「ううん、指輪をちょっと」


「指輪ですか?」


 右手にはめている指輪が少し気になってと言おうとして、僅かにユスティアは首を傾げた。それはユスティアだけでなくカインも同様だったようで、目を丸くして自分の右手を同じように覗き込み疑問符を浮かべている。


 だが、ヴィルフリートだけは異なり、カインとユスティアの反応に、無言で眉間をぴくりとさせた。


『ヴィルはこの指輪が見えてるんだね?』


『見えてるな。だがカインたちには見えてねぇ。俺がシエルとPT組んでいるからか』


カインたちと違いがあるとすればそれしかない。


「ここに来るまでにどこかで指輪落としたみたいだなって」


 見えていないのなら、わざわざ【聖光の指輪】の存在をここで教える必要はないと適当に誤魔化す。自分もしくはPTを組んでいる相手にしか見えない指輪。


「まぁ!それは大変じゃないですか!上の階に少し戻って探してみますか?今ならまだ見つかるかもしれません!」


「安い指輪だからいいよ。また買えばいいし、今は先に進む方が先決だよ?ね?」


「でも……」


 なおも指輪が落ちてしまったというシエルの嘘を信じているユスティアの背中を軽くぽんと押して、先へ進もうと促す。

 本人がいいと言っているのだから、それ以上は他人がとやかく言うことはない。それに追従してカインとヴィルフリートも再びダンジョンの奥へ進み始めた。


『浄化能力があるアクセサリーだよ。【聖光の指輪】』


 指輪について、気になって仕方が無いはずなのに、決して訊ねようとしてこないヴィルフリートにこちらから説明する。


『そいつで汚染された?アイテムを浄化するんだな』


『そう。さっきみたいな汚染されている魔物がドロップするアイテムだね』


『普通の魔物と汚染された魔物の区別はつくのか?』


『つくよ。多分ヴィルも出来ると思う』


『俺も?』


『このダンジョン調査が終わって落ち着いた時にでも、MAPの切り替え方を教えるよ』


『またそれか………』


 目に見えてヴィルフリートは歩きながら溜息をつく。シエルがヴィルフリートに教えたゲームシステムと言えば、マップ機能とPTチャット機能の2つだけだが、この2つだけでもヴィルフリートには頭一杯らしい。


 この上、ウィスパーモードでのVC機能や装備の瞬時切り替えなども教えたら、知恵熱を出して寝込んでしまうかもしれないと、我慢しきれずくすくす笑みが零れてしまう。


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