第19話 アダマイト鉱山

【アダマイト鉱山】

 そこはハムストレムの王都より東に5日という近距離で、銅や鉄だけでなく純度の高い魔石が取れることでも有名だった。


 固い地質の山には大きな木が育ち難く、ぽつんぽつんと痩せた木が生えているだけで、岩と岩の間から低木と雑草が覗いている。

 そんな小高い岩山が連なる山奥に、地下鉱山へ入れる入り口があり、そこから少し離れた場所に簡易建物群が形成されていた。


 鉱山の権利は国が全て保有し、ここで働く鉱山士たちも国から生活を保障されている。しかし現在、世界的規模で魔石がほとんど取れなくなってからは、銅と鉄の採掘が主となっている。


 日が落ちる夕方前にシエルたちは鉱山に辿り着くことができた。周囲には、まばらに人は立っているが、遠巻きにこちらを見ているだけで近寄ろうとはしない。


 軽く見渡しても、岩肌むき出しの山に囲まれ、入り口傍には地下で掘り出したのだろう石の塊りが盛られた木箱が、屋根もない場所に積み上げられている。左側に倉庫と思われる建物が見えるから、そこに運ばれるのだろう。


 そして左側の倉庫とは別に南側に宿舎らしき窓が規則的に並んだ建物があった。

馬車から下りたカインが


「これから自分は鉱山長と話をしてダンジョンにもぐるための補給物資を受け取る手続きをしてきますので、少しこちらでお待ちになっててください。今日はひとまず宿舎に泊まり、ダンジョンに入るためのアイテム補給をして、本格的な調査は明日からになります」


 とヴィルフリートたちに一言断り、宿舎の方へ走っていく。

 既に冒険者ギルドの方で調査メンバーが決まり次第、ダンジョンへ調査が行けるように、回復アイテムなどの補給物資は用意してあると聞いている。

 恐らくその補給物資を受け取りに行ったのだろう。


「ここが問題の鉱山?」


「鉱山が問題なんじゃない。近くに出現したダンジョンが問題なんだ」


 馬車の後ろから降りて背筋を一度伸ばしたシエルに、すかさずヴィルフリートの訂正が入る。


 アダマイト鉱山から取れる資源は、ハムストレムの国庫の潤す重要な資金源だ。そこに隣接する山に新しいダンジョンが出現したとなれば、いつ何時地下で穴が繋がり、魔物が侵入してくるか、ハムストレムの上層部は気が気でないだろう。


 ハムストレムの冒険者副支部長であるカインを同行メンバーに寄越すところから見て、早く調査をするようだいぶアベルをせっ突いていたのだろう。


「まだダンジョンの穴と鉱山の穴は繋がっていないんだよね。明日からダンジョン調査に行くなら、今日は鉱山の中を見せてもらうことは出来ない?坑内がダンジョンのどのあたりまで穴が伸びているのか確認しておきたいな」


「それは許可が下りないと思います」


 シエルの提案に首を横に振ったのは馬車から最後に降りてきたユスティアである。


「ダンジョンは基本的に世界中どこであっても冒険者ギルドの管轄となりますが、鉱山はハムストレム国の管轄です。国の大事な資源でもあり、坑内の見取り図に順ずるものは決して許可が下りないと思われます」


 毅然とした説明に、さすがのシエルもそれ以上強く言うことは出来ない。もしそれでも鉱山に入るとするなら、今回ダンジョン調査名目でこの鉱山に訪れているのだから冒険者ギルドの越権行為になってしまう。


 それだけは絶対にさせてはならないとユスティアは止めに入った。

 ここに到着するまでの道中は、穏やかで優しく、気配りもできて治癒士の見本のような印象を受けていたが、締めるところは締める芯のある女性だったようだ。


 冒険者ギルドに所属し、またギルドのスタッフとして血気盛んな荒くれ者たちを相手にするなら、これくらいの度胸と肝が据わってないとやっていけないだろう。


「ごめん。鉱山の方は諦めるよ」


 ユスティアの意見は筋が通っており、ここでごねても何の得にもならない。

 すぐに謝ったシエルに


「分かっていただけたらそれで十分です。シエルさんがダンジョン調査のために、坑内についてお知りになりたい気持ちも分かっております。私たちも坑内の見取り図があれば調査もがもっと簡単になると思うのですが、こればかりは支部長でもどうにもならなくて、……」


「ダメならダメで仕方ないよ。調査の締め切りは聞いてないし、安全にゆっくりすすめよう。それくらいはきっと許されるよね?」


「ですね。明日からの調査、がんばりましょう!」


 ぐだぐだと同じ話を続けてもきりがない。お互いそこで話は終わりにして気持ちを切り替える。

 しばらくして宿舎の方からカインが戻ってきた。


「鉱山長の敷地内入山許可がおりました。明日朝からダンジョンの方へ潜れます」


 事前に話しは上の方で通っていただろうに、書類手続きが必要とは現場はなんとも面倒な話である。


「ギルドからのアイテムは倉庫の方へ届いているそうなので、今日しておくことは残りその荷物を馬車に乗せて明日に備えて休みましょう。鉱山士用の宿舎の方に我々の部屋も取ってあって、あの部屋割りなんですが……」


 説明している途中でだんだんと声のトーンが落ちて、言い難いようにカインは口篭らせた。


「自分とユスティアは冒険者ギルド所属なので同じ部屋でいいのですが、ヴィルフリートさんとシエルさんは……」


「出来たら別々で頼む。部屋がないんだったら贅沢は言わない。同室でいい」


 カインが自分とシエルの関係を気遣ったのかと分かり、ヴィルフリートは手短に要望を伝える。部屋が同室であろうと、今までずっと野宿するとき、寝袋は別でもすぐ隣で寝ていたのだからなんでもない。シエルも賛同するようにコクリと頷く。

 それを聞いて、パッとカインは顔を明るくさせ


「ですよね!よかった!お部屋は別々に用意できてますので宿舎の方へきていただけますか?坑道長をご紹介します!」


 ハッと取り繕い、カインは宿舎の方へ案内し始める。

 絶対部屋は別々がいいと要求しているわけではないのに、違う意味でカインが喜んでいる気がしたがそこは誰も尋ねず、カインの後をついていく。


「あら?シエルさん?」


 ふと、シエルだけがその場から動かず、じっと坑道入り口の方を見つめている。今しがた坑道の見取り図について話したばかりで、やはり坑道が気になるのかとユスティアが声をかけようとしたとき、振り返って小走りにかけてきた。


「何か気になることでもありましたか?」


「ううん。なんでもない。ちょっとぼーっとしてただけだから。ここに来るまでのたびで少し疲れているのかも。今日は早めに寝ておくよ」


「そういえば鉱山士が仕事で汚れて帰ってくるので、ここにはシャワーがあるそうですよ」


「ほんと!?やった!!川で水浴びはその時は気持ちよくても、その後からなんかベタベタしてたんだよね!!」


「私も久しぶりのシャワーですので楽しみです」


 2人顔を合わせふふふと笑い合う。こんな岩肌むき出しの山に囲まれた場所だ。良くて桶に水を溜めて、それに布を浸し体を拭けるだけでもマシだろうとシエルは思っていたのに、シャワー完備は期待以上だ。


 暖かい湯が張られた風呂に入りたいなんて贅沢は言わない。

 スキップでも始めそうな足取りで、すぐにカインとヴィルフリートに追いついた。


「俺がここの鉱山長をしているセレグスだ」


 てっきり鉱山長室があり、そこに鉱山の荒くれ者たちをまとめるいかつい男が椅子にふんぞり返っているのだろうと想像していた。

 けれど実際は、食堂の真ん中の錆びた椅子に座る鉱山長を前に、休み中なのだろう鉱山士たちに見られながら挨拶をするというのは想定外という他ない。


 その鉱山長はオーガ族で汚れたTシャツとズボンにブーツ。けれども魔物と闘う拳闘士のカインとは異なり、長年岩を掘り続けてきたからこその筋肉が元々大きな体格をさらに強靭に見せている。

 そのセレグスにカインが調査メンバーを紹介する。


「こちらが今回の調査メンバー全員になります。左からユスティア、冒険者のヴィルフリートさん、シエルさん、そして自分の4名です」


「ヴィルフリート?どっかで聞いた名前だな?」


「ヴィルフリートさんはSランク冒険者で有名ですからね、どこかでその名前を耳にしても不思議ではないです」


「てめぇがか?ずいぶんとひょろっちぃ体してたんだな。Sランクって言うからにはもっと強そうなやつを想像してたぜ」


 ヴィルフリートを頭から足まで見下ろして、セレグスはフンッと鼻で笑う。対してヴィルフリートは無言のまま何も言わない。Sランク冒険者というだけで、喧嘩を売られることは少なくない。いちいち相手にしてられないと無視することにしているのだ。


 いささかも反応のないヴィルフリートに、セレグスも直ぐに興味をなし、目の前の机に置かれた紙を手に取った。


「国のお偉いさんから話は聞いている。ダンジョンの調査なら好きにしていってくれ。明日は空いてるやつに入り口を案内させる。食堂は飯はタダだが、酒は金もらうぜ。シャワーは共有だが、ここは男ばっかりで女はいねぇ。女がシャワーを使うなら、もうすぐ土の下で岩掘ってるやつらが帰ってくる前に入っておくこった。念のため自分達で見張りたてとけよ。襲われても俺は一切知らん。以上だ」


 言い終わると、冷やかすように周囲からヒュゥと口笛が上がる。男たちがユスティアを見てニヤニヤと笑っているのだ。

 男しかいない場所にいきなり女がやってきて、馬鹿をしでかしたものが過去にいたのかもしれない。


 自分の身は自分で守れということらしい。もっともユスティアの方は、宿舎に入ってからずっと男たちに舐められるように見られても、すまし顔だが。

 その男たちをセレグスは怒鳴り散らすことなく無視し、これで説明が全て終わりなのかと思えばそうではなかった。


「この山にいて、この宿舎にいる間は、俺は全員を家族と思って生活している。それなのに顔をずっと隠したやつがいたら、気持ちわりぃってもんじゃねぇ。そいつはこの宿舎内にいる間も、ずっとその被りモンをしたままなのか?」


 ジロリとセレグスが見やるのは、一番後ろに立っていたシエルである。だが、眉間に皺を寄せたのはユスティアで、目線だけでカインにどうにかシエルがフードを下ろすのを断れないかと訴えている。

 カインもシエルの素顔を、男ばかりのここで晒すのは止めておいたほうがいいと考え、断ろうとするのだが、


「すいません、シエルさんは、はぁ~………」


 断ろうとしている傍からシエルはフードを下ろしまったので、そのまま溜息に変換されてしまった。


 フードを下ろしたからと何を言う訳でもなく、シエルは無言でジッとセレグスを見ている。それが余計に現実味を薄れさせた。まるで血が通った人ではなく、一流のドワーフの職人が作りあげた精巧な人形のようだ。


 それまで食堂内は常に男たちのニヤついた声が聞こえていたのに、完全にシンと静まり返った。

 暫くして


「女かと思っちゃいたが、とんでもねぇのを連れて来たもんだ」


 下手な美人ならば、ヴィルフリート同様に鼻で笑ってやっただろう。しかし、フードから出てきたのは予想をはるかに超えた美しさで。

 光りを内包したような銀髪も、神々しいほどの黄金の瞳も、またその色に全く劣ることのない美貌も、全てが完璧なバランスで造られていた。


 それに子供の幼さも僅かに残っており、微妙な危うさと儚げさも漂っている。こんな土汚れしかない山の中には不釣合いな美しさだった。


 もし相応しい場所があるとするなら城の奥深くか、教会の女神像の前で大勢に崇められているかのどちらかだろう。


 セレグスはそれだけ言うと、手にしていた紙をぽんと机の上に放り投げる。

これで本当に終わりということらしい。


「これで終わり?今日はもうお休み?」


「ええ。そうです。部屋だけは案内しますがそのあとは自由行動に」


「シャワー入りたい!!シャワー!!」

 

 思わずヴィルフリートは噴いてしまい、慌てて口元を抑える。セレグスに至っては目を大きく見開き、シエルを凝視している。ついさっき女は襲われても関知しないと言ったばかりでシャワーをせがみはじめる。仮にシエルが女でなかろうと、その顔とツッコめる場所があれば問題ないのだ。


 何も話さなければ人形のように美しいのに、ひとたび声を出せば感情露にカインにシャワーを強請る。

 いくらシャワーに入るなら鉱山の男たちが帰ってくる前に入れと言っても、忠告したすぐすぐ後にシャワーを強請るとは、空気が読めないだけなのか、鉱山士達を全く危険視していないのか迷うところだ。


「分かりました……。風呂の入口は自分が見張ってますので安心してゆっくり入ってください……」


「やったー!」


 両手を挙げ体全体で喜びをあらわすシエルに、ユスティアは完全に子供を宥める姉になっている。

 自分達用に用意されているという宿舎内の部屋に向う道すがら、ヴィルフリートは小声でカインに囁く。


「俺も一緒に見張ろうか?」


「いえ、これでも元Aランク冒険者の自負はあります。鉱山夫たちに遅れはとりません1人で平気です!」


 ぐっと右手に拳を作り、カインは自信をアピールする。

 実を言うとヴィルフリートが心配したのは、シエルではない。シエルを襲うのに最初に邪魔になるカインの方だ。


 実力を疑っているわけではないが、鉱山で鍛えられている男たちに大人数で襲われては、少し手こずるかもしれないと思ったのだが、本人はやる気満々なので任せることにする。


 それに1人より2人で見張っていたほうが、阿呆の抑止力になるかと思ったのだ。


 反対にシエルの方は、風呂を覗こうとする愚か者を、過って殺してしまわないかそっちの方を心配している。


 最も鉱山長のセレグスが自分の身は自分で守れと鉱山士たちが大勢いる前で言っているのだから、こちらが襲われて反撃したとしても自己防衛だ。最悪死人が出てもそこは事故である。


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