第5話 UMAに揺られて

「オイ、何呆けてやがる。もう終わったぞ」


 声をかけられてハッと我に返ると、呆れ顔で長身のエルフに見下ろされていることにようやく気付く。エルフの特徴である白肌ととがった長い耳。通った鼻梁。整った容姿は美形のカテゴリに入る。


 しかし精霊魔法に長けて武器は遠距離攻撃の弓が得意というイメージがあるエルフにあって、男の獲物は槍であり使った魔法も精霊魔法ではなく黒魔法。


 短かめに切られた黒髪は四方に跳ねて、後だけ腰近くまで伸びた髪は襟足部分でひとまとめにして結ばれている。遠目で見た時より、間近で見れば黒革のコートは使い込まれて大小の擦れが多く見られた。


(エルフのソロ冒険者?エルフの種族で槍を武器に使うのは珍しいけれど…)


 内心考えていると、男は歩み寄ってきて声をかけてきた。


「手伝ってくれたのは礼を言う。だがこんな森の奥深くで何をしてた?1人か?」


「えっと、道に迷ってた。一人だね。ハムストレムの方角知ってたら教えてほしい」


 (念のため、口調とか性格はロールしておこうっと。ゲーム世界なんだし、会ったばかりで用心しておくに越したことはないし。なんだかこの世界で初めて誰かと話すなんて緊張してきた……)


 被ったフードで顔を隠しながら、男女の区別がつきにくい口調をあえて演じることにした。人をゲーム内に閉じ込めているアデルクライシスで、最初の遭遇に無意識に緊張してしまっている自分に気付く。


 一度はグリーンドラゴンと戦っていた相手を見なかったことにした手前、なんとなく後ろめたい気持ちになるが、わざわざそれを言うのはやめておいた。


 マップを見れば街の方角は分かるが、場の雰囲気に合わせて当たり障りのない返事を返す。男はやや思案するも、すぐに気を取り直したように肩をすくめ、


「まぁいいか。一応助けてもらったんだしな、礼を言う。依頼も終えたし、後は俺もハムストレムに戻るだけだ。ついでに連れてってやるよ。俺の名前はヴィルフリート・バーバリア。お前は?」


「ありがとう。自分はシエル・レヴィンソン」


 簡単な自己紹介と、とってつけたようなシエルの白々しい返事に、ヴィルフリートは胡散臭く思ったのかもしれない。が、それ以上深く追求はしないことにしたらしく、グリーンドラゴンの脳天に突き刺さった槍を引き抜き抜いて戻ってきた。


「グングニル・アド」


 戻ってきた男の手に握られた槍を見てシエルは小な声でポツリと呟く。S5ランクの高いLVの武器だ。性能自体は言うまでもなく使用者にLV160以上のレベル制限があり、制作はそこまで難しいということはない。


 だが難点なのは一定のクエストクリアや魔物討伐を行うことで成長するグロウ(成長)武器。

 性能はいいが、とにかく成長させるのに時間がかかる。ゲームの時もよほどの暇人でなければ手を出そうとは思わない類の武器なのだ。


 そしてほんの少しシエルが手伝いをしたが、すぐ傍で倒れているグリーンドラゴンはほとんどヴィルフリートが1人で倒したものである。

 先を歩き始めた男に置いていかれないよう数歩後ろをついていきながら


(やっぱりコイツ相当強い……関わらないほうがよかったかな……)


 既に後の祭りだったが、余計なフラグは立てたくないのが正直な気持ちだった。


「歩いて街に向かうの?」


 マップを開いても王都どころか街があるだろう場所へも徒歩では1か月以上かかるだろう。さすがにそれは面倒に思い、もし徒歩で行くと言ったなら即座に男を撒いてエアーボードに乗ろうと考えていると


「今、お前歩くのめんどくせーって思ったろ?」


「思った」


 立ち止まったヴィルフリートが振り向きながらシエルを見下ろし、指摘が当たっていたものだから素直に認めていた。

 顔はフードをかぶっているからハッキリとは見えていない筈だ。

 となると声のトーンで見破られたのだろうか。


「ハッキリ言いやがって。俺だってめんどくせーに決まってんだろうが。さっきのはぐれドラゴンに追われたが、少し歩けばここに来るまで乗ってきた馬がいる」


「U・M・A………」


「なんだ?文句あんのか?」


ギロリとヴィルフリートに睨まれた。


「文句なんて」


「馬に乗れば3日くらいで転移ゲートのあるヴェニカの街に着いて、そのまま王都に移動って………あのなぁお前、少しくらい我慢しやがれ。ほんとに思ってることが顔に出るな」


「そんなに出てた?顔はフード被ってるからそこまでハッキリ見られていないつもりなんだけれど」


 意識せず不満が顔に出てしまっていたらしいことは素直に謝るけれど、リアルでもゲーム内でもそれなりの移動手段があった身としては徒歩は遠慮したい。


「顔は半分しか見えてねぇよ。でも顔・声・雰囲気。全部だ。ったくどんだけ甘やかされて育ったんだ?」


ヴィルフリートが大きな溜息をつく。


「……エアーボードは?」


 一瞬躊躇いつつシエルが提案したのは遺跡からここまで乗っていたエアーボードだ。ずっと揺られるのが想像できる馬より、それなりの速さで揺れなく移動できるエアーボードの方が便利なように思えたからなのだが、


「エアーボード?お前、あんな馬鹿高ぇ道具に乗ってるのか?やっぱどっかの金持ちのガキだろ?あれは便利だけどボードそのものの値段も馬鹿高いし、動力源の魔石がクソ高くて金がかかりすぎる。大国の軍でも精鋭部隊ぐらいしか持ってねぇだろ」


「魔石が高い?」


 エアーボードの値段が高いというのもひっかかったが、魔石の方が気になった。シエルが思い返す限り、採れる場所は限られていたがそこまで高いものではなかった。だからこそプレイヤーの一般的な移動手段として使用されていたのだから。


「エアーボードに使える魔石は純度の高いやつじゃないと逆にエアーボード自体が壊れる。とくに半年前くらいから急に魔石自体が取れなくなったんだよ。そこからさらに価格の高騰だ。お前も乗る場所は考えろよ。変なヤツに金ぶんどれると目ぇつけられる」


「ふーん。そうなんだ。初めて知った」


 ヴィルフリートの説明にシエルはふむふむと頷く。半年前というのが妙にひっかかったが、思いがけず良い情報が聞けたと思う。魔石を動力源に動くアイテムは、アイテムボックスの中に沢山ある。

 つまりはそれらを使うときにも注意しておく必要があるのだろう。


(別に魔石が採れにくくなってたところで、自分はアイテムボックスの中に大量に入ってたから当分魔石で困ることはないんだけど)


 魔石に純度があるというのも興味深い話だった。

 ゲーム時代はアイテムはアイテムでしかなく純度という素材のパラメーターは存在しなかった。となると、エアーボード自体の使用を今後は控えた方がいいだろう。


 余計な火の粉を被るのはもちろん遠慮したいが、エアーボードが使えないとなれば、別の移動手段を考えなくてはならない。


 ログインする前に出来る限りのアデルクライシスの情報は集めた。帰還者の証言はまとめられていたが、証言の全てが公表されているわけではないことをすっかり失念してしまっていたと溜息が漏れる。


 アデルクライシス捕囚者は全て政府管理の医療施設に集められて、意識が戻ってからもしばらく保護されている。そこで今後の生活保障と引き換えに、証言の口外禁止の契約書を書かされるというし、事前の情報と実際のアデルクライシスでは異なることが他にも沢山ありそうだと内心思う。


 そう思案するシエルを他所に、ヴィルフリートは思わぬ場所での遭遇者に、視線だけで背後をチラリと見やる。冒険者には見えない。かといって護衛の者は1人もいない。森をさらに奥に行けば高LVのモンスターたちが棲むルノールの遺跡がある。


(こんな森の奥深くで道に迷っていたって言う割に、マントもブーツも嫌に小奇麗過ぎると思っちゃいたが、エアーボードで移動してたんならありえなくはないか。身なりからしてかなり上級貴族、それか王族か?それにしては俺の槍を一目で判別しやがった)


 ヴィルフリートのグロウ武器は成長させて強くなるが、育ててきた所有者にしか扱うことが出来ず、とにかく手間がかかるため余り好まれない武器だ。誤って完全に折れてしまうと、せっかく一生懸命育てていても修理不可能という点も皆が避ける理由のひとつだろう。


 成長は10段階あり、1段上がるごとにその性能が上がり、ヴィルフリートの持つグングニルは7段目の『アド』クラスにまで成長している。


 もちろん成長するにつれて、その上へランクアップさせるのはさらに難しくなっていく。

 そのため使用者が決して多いとは言えない武器で、アドクラスまで成長させたグロウ武器は滅多に目にかかれるものではないのに、シエルは一瞥でグロウ武器であるだけでなく成長段階がアドクラスであることまで見抜いた。


 羽織ったケープを見る限り、かなり上質なものだと一瞥して分かる。

 旅人というには白は汚れが目立ち、旅には向かない。かといって完全な白無地というわけではなく、薄っすら光沢のある同系色の白糸で、細かな刺繍が全面に施されている。


 指し色的に農紺の絹糸で蔦模様が裾に沿って描かれているが、装飾デザインと見えて精密な魔法文様だ。刺繍糸も恐らく魔力が込められている魔糸を使っているのだろう。

 顔をケープのフードを深めにかぶって隠すところといい


(魔石のことを考えずにボードを移動手段に使う気だったり、世間知らずもいいところだ。何者だ?)


 あまりにもこの場に不釣合いなシエルに、おのずと疑心が増していく。

 ヴィルフリートが言った通り、1時間もかからず木に紐を結ばれた馬が一匹を見つけることができた。周囲に魔物避けの結界を張っていることで、魔物に襲われる心配もない。

 木から結んでいた紐を外し、先にヴィルフリートが馬に乗ってから、


「ホラ、乗れよ。もう一匹馬がいねぇのかなんて言った日にはここに置いてくからな」


 シエルが何か言う前に、あたりをつけて先に釘をさしておく。

 フードから覗く口が僅かに尖ったあたり、あながち外れていなかったらしい。


「馬乗ったの初めて……。けっこう揺れる……」


 手を引いてもらう形で手伝って貰い、後ろに乗ったシエルの感嘆した呟きが聞こえても、もう無視しようとヴィルフリートは決めこんだ。 

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