第3話 各国に走る動揺

 

―同時刻・ハムストレム国―


『シエル・レヴィンソン』がログインして現れた遺跡より、遠く離れたハムストレム国の王座前


「国専属の星占士長よ、世に急ぎ伝えねばならぬこととは何か?」


 宰相を傍らに置き、王座に深く腰掛けたハムストレム国大11第国王ロイドが重々しく口を開き、目の前に膝まづき拝礼する星占士長に声をかける。齢50を越え、大国ハムストレムの国王として貫禄と威厳に満ちた声に、年老いた星占士長はビクリと身を震わせる。


 身分で言えば、星占士長ともなれば国王に謁見は十分であったが、それは事前の申し出と許可、予定が立てられた上での謁見である。


 王が政務を行っている最中に急に謁見を申し出れば、内容次第によっては星占士長は王への不敬罪で地位剥奪されてもおかしくはない。

 それを承知しての謁見申し込みであれば、王として話を聞かないわけにはいかないだろうと宰相の口ぞえにより、急な謁見が王座前に用意されたのである。


 王座の前に長いローブを羽織り跪く老人の髭は、顔を下げていることで床に敷かれた絨毯に届きそうな長さである。


「恐れながら申し上げます。創造神:ゼアスによってこのエルドラの世界が造られてから今日まで、古き星占士より言い伝えられてきた<レヴィ・スーン>が現れたとの予兆がでました」


「なんだと?それは真か!?」


 驚いてロイドは王座から立ち上がりかけ、肘置きを強く握りしめた。星占士長は昔から知っており、軽はずみな言動は決してしない。その星占士長が急な謁見許可願いを申し出てくるだけの問題が発生したのかもしれないとは考えていたが、予想外の名前が出てきて、真偽の判断に戸惑う。

 

 昔から<レヴィ・スーン>の出現は多くの星占士たちが予見してきた。


 <レヴィ・スーン>を知らない者はこの世界に1人もいないだろう。半面、あまりにも現実味がなく、おとぎ話か神話の物語に出てくる人物のような存在だった。

 幼い頃であれば親が子供を寝かしつける話として、庶民にも身近に伝わっている。


 再度、ロイドは問いかける。


「真にございます。私の星占だけでなく他の星占士たちが占っても同様の結果が出ました。レヴィ・スーンがエルドラに現れました」


 重ねて星占士長は震える声で断言する。


 レヴィ=神、スーン=代行者。

 圧倒的魔力とどんな願いも叶える力を持ち、世界を救うことも、逆に滅ぼすことも出来る神の代行者。

 しかしどんな姿をしているのか男か、女か、または人間なのかエルフなのかドワーフなのか、はたまた魔族なのか種族も何も分かってはいない。


 押し黙ったロイドに、傍らに傍に控えていた宰相:サルワが尋ねる。


「星占士長、現れた場所は見えましたか?その姿は?」


 まだ30過ぎの若くして宰相にまで上り詰めた頭脳明晰な思考は、動揺を誰よりも早く鎮め、他国より早く<レヴィ・スーン>を自国が押さえるための行動をとる。


「姿はぼやけて見えませんでした。しかし現れた場所は、ハムストレム国の国境近くにあるルノールの遺跡と占いは示しております」


「陛下」


「分かっておる。すぐに隊を組み急ぎルノールの遺跡に向かわせ、確認しよう。星占士長よ、こたびの謁見大儀であった。他に視えたことがあればどんな些細なことでもいい。直ぐに知らせを出すように。下がってよいぞ」


「はっ」


 緊張から解放された安堵と、王へ急な謁見を申し出るという判断が間違っていなかったことに胸を撫で下ろしつつ、星占士長は謁見の間から出て行く。

 その後姿が消え扉が閉じられたのを確認してから、ロイドは


「だれぞ、ダルダーノ将軍をここへ呼べ!」


「かしこまりました!」


 謁見の間にいた衛兵の1人が声をあげ、一礼して足早に部屋から出て行く。本来なら謁見の間ではなく会議用の部屋を使うべきなのだろうが、その部屋に移動する時間すら惜しい。


「ルノールへは将軍を向かわせよう。遺跡に巣食う魔物はA級以上ばかりだと聞く。それに、他国の兵と鉢合わせるかもしれぬ」


「それがよろしいでしょう。装備を揃える時間も限られておりますが、可能な限りランクの高い装備で整えさせましょう」


 サルワの返答に、満足そうにロイドは頷く。自国の領土に隣接する場所にかの存在が現れたことは喜ばしいが、現れた遺跡は強力な魔物の巣窟となっている遺跡であることに、ロイドの表情は険しいままだ。


 元からルノールの遺跡は周囲に樹海が広がり、高LVのモンスター が多く出現することで知られている。


 だがそこへ<レヴィ・スーン>が現れたとなれば、遺跡に近い国は真偽を確めるためにこぞって兵や高ランク冒険者を雇い向かわせてくるだろう。

 今先ほど将軍を遺跡に向かわせる決断したロイドですら、その存在の真偽に懐疑的であるものの、決して無視できない存在だ。


「頼む。しかしおぬしは本当にかの<レヴィ・スーン>が現れたと思うか?ワシは半ばお伽話の中の存在であると思っておったぞ。何故今頃……。いや、現れた後では今更何を言っても意味はなかろう……」


「お伽話は私も幼少の頃に乳母から何度も聞かされた記憶がございます。神の代行者がいつかこのエルドラに降り立つと。星占士長を含めた複数の星占士が占って結果が同じであるというならば、間違いないかと思われます」


 普段と変わらず落ち着いた様子で小さく会釈し、サルワが答える。


「各国がこれでどう動くか」


「………自国のものにせんと少なからず争いが起こるのは然りかと。ただ、私としましては他国よりもレヴィ・スーンの目的が気になります。なんの目的でエルドラに降り立ったのか」


 言外に戦争が起こることも含ませる。どんな願いも叶えるというくだりは別として、その根底にあるのは強大な魔力だろう。

 その魔力の矛先の向き次第では、国ひとつ滅びることは十分に考えられた。しかし必ず必ず目的や原因があるはずだろうとサルワは内心思案する。











―同時刻・商業国家ドナ・ロス―


「急ながらドナ・ロス評議会の皆様にお集まりいただき、まずお礼を申し上げます」


 商業国家ドナ・ロスは一般国家とは違い王や貴族はおらず、選抜された12人の有力商人を代表として成り立つ。


 その中でも最も権力と影響力を持つのが、挨拶を述べた大商人:モリス・セルガーであり、モリスからの直々の召集であったからこそ事前連絡もなく評議会代表全員が、評議会会議室に集まったとも言えた。


「単刀直入に申し上げます。<レヴィ・スーン>が出現しました。先ほど私が抱えている星占士よりの進言です」


 無抑揚な声でモリスが召集理由を伝える。集まった評議会代表の者たちが誰一人声を荒げ取り乱さなかったのは流石だろう。眉間に皺を瞬間寄せはしたが、すぐに冷静さを取り戻し、今後起こりうるだろう損得勘定を考える。


 出席者の一人が手をあげ、それにモリスが頷き、発言を促す。


「モリス殿のお抱えの星占士の占いであれば疑う余地はありません。念のために確めたいのですが、既にどこかの国が<レヴィ・スーン>を手に入れたということはありませんか?」


「出現地はルノールの遺跡です。残念ながら姿までは私の星占士も見えなかったそうです。近いとすれば大国ハムストレムですが遺跡まで距離があります。すぐすぐに<レヴィ・スーン>を発見接触というのは難しいでしょう」


「我らの共和国にも傭兵団はおりますが、彼らを向かわせますか?それとも冒険者ギルドへ依頼し調査を行っていただきますか?」


 一人が発言すると<レヴィ・スーン>の出現を示したモリス評議会の代表から次々に質問の手が上がる。商売で他国と肩を並べて外交を行っているが、魔物から国を守るための傭兵団があるだけで王権国家ほどの武力はない。


 商業国家の武器は商売だ。戦う場は戦場ではない、金が流通する経済だ。

 装備を揃えたとしても傭兵団をこれから向かわせたところで、成果が期待できるとは思えなかった。それよりも世界各国にネットワークを持つ冒険者ギルドへ依頼し、高ランク冒険者に調査を依頼する方がはるかに情報を得られると読む。


 仮に他国の兵と鉢合わせても、冒険者はお互いの雇い主が敵対国であっても基本的に中立の立場だ。

いきなり斬り殺されるということはないだろう。


「ふむ、冒険者ギルドですか。確かに彼らへの依頼ならば、穏便に情報を集められるでしょう。他に提案はございませんか?」


 モリスも内心手を打つならばギルドを使った調査を考えていた。

 しかし自らそれを口にすることはない。あえて集まった評議会代表のうち誰かに言わせて、己を上げることなく話を思う方向へ議決を導くのだ。

 

 モリスの促しに手を上げるものは誰もいない。

 即ち、それが評議会の決となる。


「では、今回の評議会において、ルノールの遺跡調査を冒険者ギルドに依頼することにいたしましょう」


「「「「「「「「「「「異議なし」」」」」」」」」」」



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