修学旅行前日――(3)

 家に帰る頃には夕日が沈んで、街灯もちらほらとつき始めていた。

 暗さに加えて、――いや、乗っかってといった方が正しいかもしれない――寒さが体を襲い、僕も春さんも体を震わせる。


「さむっ」


「本当にね」


 春さんのぽろっと出た本音に僕は、少々弱々しい返事をした。


「全く――誰かさんが寄り道だなんていうから……」


「ハハハ……」


 春さんも一緒だろうに、なんて言えない言えない。そもそもあそこに行くだろうという予想自体は立っていたはずだったんだ。だからこそ、僕が寄ってしまった。ついでの気持ちで、明日風邪をひいたら元も子もない。


「ほら」


「ん――」


 春さんの声と共に僕に伝えられたのは――突然の温もり。


「風邪ひいたら、元も子もないものね?」


「――」


 心を見透かされているような気がした――というのは失礼だ、と思う。これでも”元”神様。その特権は未だ色褪せていないのだろう。


「もう眠ーい。早く帰ろ?」


「――。そうだね」


 ――突然で気付かなかったが、これが、僕と春さんが初めてしっかりと手をつないだ出来事になったのだった。




 家に帰る頃には、時計も八時を超えていて、それはこっぴどく――とまではいかないが、お叱りを受けた。それはそうだろう、明日は修学旅行なのだから。返って来ないとなると、確かに不安になる気持ちも分かる。


「だっさいのぅ」


 ナイトメア――いわゆるロリババア――からのからかいの言葉を受けて、僕と春さんは少し落ち込むと同時に少しムカつく。――この心までもが、いじられる対象なのだろうが。


「そういえばナイトメアは修学旅行行くの?」


 あの春休み以降、ナイトメアに限らず、他の神様(今はそう呼んでいいのか分からないが)たちの特異体質、というか、特殊能力を一つずつ知った。

 ――ここで全部説明するのは面倒くさいので、当の本人であるナイトメアの分だけのしておこう。他の人たちの分は、また今度。

 ナイトメアは、あれ以降、というかもともとできたっぽいが、人の陰に潜ることができるのだそうだ。もちろん、自分の視覚に入っている人の陰に限ってだが。いやはや、それだけでも中々スゴい。そしてそれはやはり、神様というより、ナイトメア、その名に合う伝説上の生き物、吸血鬼に由来しているのだろうか。

 それで、このような提案――見た目上の問題でどうしようもないが、ナイトメアは新と一緒に小学校に通っている――をした。無論、学校をさぼれ、ということを推奨しているのではない。僕たちの修学旅行は嫌なことに――といってもしっかりと代休は存在するが――土曜日曜に修学旅行を行う。無論、部活をしている中学生や、習い事をしているわけではないので、聞いているだけだ。

 なら何故新には聞かないのだ、という疑問が生まれるだろうが、その答えは単純明快、新にはその特殊能力がないからだ。未だとして分からないままだが、そのうち分かるようになるだろう。


「どうしようかの~」


 ――興味自体はないようだ。まあ、無理に連れて行って、事態がややこしくなっても嫌だし。――変な言いがかりをつけられるかもしれないし。本人がすすんで行きたがらなければ連れて行かない方向になるだろう。


「! ああ~そうじゃそうじゃ! 明日は土曜か! ――ではいけんな」


「何で土曜だったらいけないんだよ?」


「見たいテレビがあるんじゃーい」


 ――まあ、なんとも見た目相応の理由だことで。


「無礼に思われた気しかしないんじゃが……」


 実際思われたことには気づいているのではないだろうか。


「分かった。――お土産は買ってくるよ」


「りょーかいー」


 ――なんだか、当時のイメージからとてつもなく離れてしまったな……。和服で昔のイメージが、今やナウでヤングなイメージに変わってしまった。大きな用事がない限り、和服なんて着ていないし。そのうちギャルとかにならないか心配だ。

 ナイトメアの意向を聞いた僕は、先に食事に手を付けている春さんの元へと向かった。春さんは少しむっとしていたが、それもこれもナイトメアと話し込んでしまった自分のせいなので、申し訳程度に肩をすくめて小さくなる。


「だっさいのう」


 ――後ろから小声で、そう聞こえた気がした。うるさいなぁ……。

 春休みのナイトメアはどこへ行ってしまったのか。


「早くご飯食べてこーい」


 心が読まれているからか、それ以上は言わせまいと夕食をせかしてくるナイトメア。そういうところを見るとかわいげがあるが、しかし年齢的にはあちらの方が上なわけでそういった幻想もすぐに打ち砕かれる。


「うっさいのぅ」


 ――どうやら今日の僕はおしゃべりなようだ。ナイトメアが不機嫌になる前に早くご飯を食べよう。

 食卓に座ってから、目の前のご飯に視線を落とす。

 そこにはいつも通りのご飯より少し贅沢なものが並んでいた。


「明日から寂しくなるからねぇ」


 僕の心を見透かしたように、母は言う。

 確かに、二人いなくなるのだから、食卓はさみしくなるだろう。ならば、少し贅沢になっても仕方がない。

 かみしめながら食べていると、向かいに座った春さんがご飯を、次に周りを見渡して言う。


「明日の今頃には、クラスメイトと、こことは違う食卓を囲んでるんだね」


 少し寂しげな目でうつむきながらそう言うので、僕はつい言ってしまった。


「でも、それがあってこそ、この家での食卓のありがたみを再確認できるだろう?」


 言って、春さんを見ると、予想外に驚いた顔をして、目が泳いだ。

 そして、僕の後ろから一言声がした。


「そんなこと言ってもらえて、お母さんやりがい感じちゃうわ~」


「ギャア!」


 思わずギャグマンガの声を出してしまっただろう?

 食卓では、僕のクサいセリフによって母が目の端で終始クネクネと身をよじらせていたが、できるだけそっちを意識しないように食事を済ませた。――というか、二、三十分ずっとクネクネできるんだな、人って。全身トレーニングだ。

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