第七章 最後の戦い(後編)


×××


 午前五時三十分。

 『アウルム国解放戦線』の、最後の作戦が開始された。

 国連軍の空母は既に、アウルム国の索敵範囲ギリギリまで接近するために動き出している。空爆の可否は、『アウルム国解放戦線』の活躍に委ねられることになった。

 同時刻、『アウルム国解放戦線』の選抜されたウォーカー部隊が一斉に各拠点から発進。首都シウダに設置された五つの防空設備、その全ての機能停止に向けて行動を開始した。

 都市の中央、軍防衛ラインの最深部とも言うべき場所に設置された対空電探連動型高射砲を目指す一団の中に、白い装甲が特徴的なウォーカーの姿があった。

 クリスの搭乗する機体、アウルム国が開発しクリス達の手によって強奪されたPW搭載型実験機〈アルゴス〉である。

 クリスは無線機越しに叫んだ。

「俺が先行して突破口を開く! 続け!」

 スピーカーから入ってくる音はノイズが酷く殆ど聞き取れない。アウルム国側の妨害も確かにあるが、『アウルム国解放戦線』の側も同様に妨害電波を発しており、無線自体は使い物にならない状態なのだ。

 それを分かっていても、クリスは叫ばずにはいられなかった。

(今はクリスがいないから『心眼』も使えないし、無線がこんな状態だからここから先の判断は全部自分でやらなきゃいけないんだ。しっかりやれクリス、ここで俺が失敗したら、空爆の約束を取り付けたエミリーとラルフの努力も、俺をここまで連れて来てくれたソフィアの頑張りも、今日の日まで積み重ねてきた俺の全てが無駄になるんだ。だから!)

 一人きりで〈アルゴス〉に乗って戦うのは初めてかもしれない。

 不安が無いと言えば嘘になる。

 それでもクリスは自らを奮い立たせ、全速力の最短距離で目標の場所を目指す。

「――ッ! 敵かッ!」

 前方に二機、アウルム国正規軍のウォーカーの姿を確認した。

 相手が装備するマシンガンをこちらの側に向ける。

 今のクリスには、迂回して戦闘を避けるという発想は無い。

 進行方向に存在する障害は全て排除し、最短距離での進攻に関しては後続の負担を少しでも減らそうと考えていた。

 クリスは敵の攻撃に一切怯むことなく、増速して更に相手への間合いを詰める。

 今の〈アルゴス〉には、更なる強化が施されていた。

 追加で両腕に装備されていた十二.七ミリ機銃の残弾は補給されたことは言うに及ばず、その上にシールドを増設して防御力を向上させている。そしてシールドには両手共に近接戦闘用のブレードが増設されており、接近を許したとしても咄嗟の対処が可能となっている。

 正面装甲の増設も当然行われている。鹵獲したウォーカーの装甲を切り出して無理やりボルトで固定することで、装甲の厚みは当初の二倍となっていた。

 また腰、肩、脚部、背面部のあらゆる個所に可能な限りの装備を追加搭載し補給を受けることなく単機で戦い続けることが可能となっている。

 これらの超重装備を可能としたのは〈アルゴス〉のバカげた潜在能力にこそある。恐らくは『心眼』の示す予測に対するパイロットの反応を的確に反映するためだったと想定される、極めて高い運動性能。そして、その運動性能を実現するための高出力ジェネレーター。その存在が、これだけの過剰な重装備のまま、一切運動性能を損なうことなく立ち回ることを可能にした。

 クリスは〈アルゴス〉の両手に、単発式の対ウォーカー擲弾発射器を装備する。

「この距離なら!」

 出撃時の装備数は四つ。

 そのうちの二つを、被弾しながら間合いを詰めた二機のウォーカーに向けて射出する。

 推進ガスによって飛翔する擲弾は僅かな距離を進んだ後に敵ウォーカーへと命中。積載する火薬による強烈な爆発によって、その二機のウォーカーを吹き飛ばし破壊する。

「次だ!」

 立ち上る黒煙を抜け、進行方向上の次の敵を探す。

 用済みになった射出装置を捨て、銃剣付き二十ミリマシンガンを両手に装備し、僅かにめいた機影に向けて容赦なく打ち込む。

 『心眼』を使うことの出来ない状態のため、正確な攻撃による先制攻撃や先読みによる回避は殆どと言って良いほど出来ない。しかし、不意打ちによる被弾と無駄弾の消費と言う失敗は、過剰なまでの増加装甲と大量の追加装備で強引に補って前進する。

 二十ミリマシンガンの残弾が尽きた。

 一機のウォーカー、軍の〈コクレア〉はそれを見逃さなかった。中途半端な射撃装備が通用しないことを理解していたのだろう。超硬質アックスを装備したその〈コクレア〉は、〈アルゴス〉の銃撃が止んだその僅かな隙を衝いて切りかかる。

 対するクリスは、その攻撃をマシンガンに付けられている銃剣の刃で受け止める。

「その程度でッ!」

 受け止めた斬撃を力任せに押し返す。

 並みのウォーカーが〈アルゴス〉に対して近接戦闘を仕掛けることは、その圧倒的な出力差を考えれば無謀な自殺行為だ。

 クリスは増設されたサブアームを使って弾倉を交換。隙だらけになった〈コクレア〉に向けて容赦なく弾丸を撃ち込んで撃破すると、更なる前進を続けた。

「ここが対空防御網の最終ライン、例の高射砲を運用する施設か!」

 クリスが睨むメインモニターの先には、周囲を壁で囲われた都市の対空電探連動型高射砲の管理施設が映し出されている。

 既に施設の警報機が作動し、コックピットの中まで大音量のサイレンが鳴り響いている。

 突入を予定していた正面のゲートは、当然のように侵入を阻もうと閉ざされている。

 だが、クリスは迷うことなく機体を前進させる。

 元より正面ゲートが閉ざされていることなど、最初から想定済みだった。

 残していた対ウォーカー擲弾発射器の最後の二つを装備。間髪入れずに正面ゲートに向けてそれを撃ち込む。

 命中と同時に閃光と爆炎が轟く。

 正面ゲートまでの距離はあと僅か。吹き飛ばされた破片と黒煙は見えるが、破壊して完全に貫通するには至っていないようだった。

「なら、これで!」

 両腕のシールドを正面に構えると、フットペダルを踏み込んでさらに加速し、正面ゲートに向けて勢いよく体当たりを行う。

 コックピットの中まで、激しい衝突音と衝撃が伝わる。

 しかしクリスは怯まない。

 内部フレームが軋み負荷の限界による警告音が鳴った、その直後だった。

「――通ったッ!」

 力任せの体当たりによって強引に負荷をかけ、そしてついには鋼鉄とコンクリートで作られたそれに穴を穿ち、施設内部への突入を果たした。

「接近警報! お出迎えって訳かよ、やってやろうじゃないかッ!」

 クリスはモニター上に映し出される敵の機影を確認する。

 まだ距離が離れているが、前方から四機のウォーカーが接近していた。

「後続部隊の為にもあの四機を仕留めるか。いったいどんな、――ッ!?」

 本能的に危険を察知したクリスは反射的にシールドを構えた。

 敵のウォーカーからの射撃が〈アルゴス〉を襲う。

 構えたシールドと増加装甲のおかげで大したダメージにはならないが、先制攻撃によって相手が主導権を握ることになってしまった。

 クリスは左腕のシールドを構えつつ、右手に二十ミリマシンガンを装備。応戦しつつ更に間合いを詰める。

 メインモニターへと、鮮明に捉えた敵ウォーカーの姿が映し出された。

「四機とも〈スコーピオン〉か! しかも、あの機体は――」

 現れた四機の内三機は、肩に赤いサソリのエンブレムを付けた〈スコーピオン〉であり、その特徴から傭兵集団『アンタレス』の所属であるとすぐにわかる。

 そして先行する三機の後ろからやってくる四機目の〈スコーピオン〉だが、この機体は一目で異様と分かった。

 過剰なまでに対ウォーカー用の近接格闘戦闘に特化したと分かる増加装甲。全身を染め上げる威圧的な輝きを放つ真紅の装甲と、そこに黒く縁取られて浮かび上がる赤いサソリのエンブレム。そして極めつけは、左右二対、合計四本の腕である。

 通常の腕には両方の腕に片手で大型の槍を装備しており、それだけでも異様と言える。しかし、それに加えて二本の腕が増設されていた。作業用のサブアームとは訳が違うことは一目で分かる。通常の物よりも一回り太く作られたその腕は、ハンドマニピュレーターの五指の尖端が巨大な爪のようになっている上に、掌の部分には砲門のようなものが存在した。

「……随分な改装がされてるみたいだけど、間違いない、あいつだ。オルゴで戦った、『アンタレス』を率いていた、あの隊長機の!」

 理解すると同時に冷や汗が流れるようだった。

 数の差による不利。

 PWの有無による不利。

 『アンタレス』の〈スコーピオン〉四機を相手にしなければならないクリスの立場は、オルゴでの戦闘以上に不利だ。

 だが、今のクリスには退路など無い。

(ラルフとエミリーの頑張りを無駄にしないために、ソフィアの事を守るために、『アンタレス』との因縁を終わらせるために、今俺はこいつ等を倒す必要があるんだ。やってやるさ。俺は本当に強いんだって、お前等に今ここで証明しようじゃないか!)

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