第三章 赤いサソリ(中編)


×××


 時間は正午過ぎ。

 ウォーカー数台を余裕で格納出来るほどの大きさの古びた廃工場の前には、一台の装甲車と三機の〈コクレア〉がいた。〈コクレア〉はいずれもアウルム国陸軍の機体であり、三機とも二十ミリマシンガンを装備していた。

 三機の〈コクレア〉は一列横隊で、巻き取り式シャッターの閉じられている廃工場の前に立っている。その背後に銃で武装した数名の兵士、一番後ろに装甲車が停まっていた。

 装甲車から軍服姿の男が出てきた。階級章を見る限り、彼がこの部隊の指揮官のようだ。

 指揮官の男が三機の〈コクレア〉に対して、廃工場の中への突入を命じる。命令を受けた三機が装備していた二十ミリマシンガンを、閉じられた廃工場のシャッターに向ける。

 その直後、廃工場のシャッターの一枚が、内側から破られた。

 指揮官の男にも、〈コクレア〉のパイロットの誰の知識にも無い純白の装甲のウォーカー、〈アルゴス〉が姿を現した。

 〈アルゴス〉を操縦する少年クリスは、フットペダルを踏み込みながら叫ぶ。

「予想通りのタイミングだ! 助かったぞ、ソフィア!」

 クリスは〈アルゴス〉の右手に装備していた超硬質アックスを、正面にいた〈コクレア〉に向けて躊躇無く振り下ろして胴体を切り裂いた。

 〈コクレア〉の装甲が裂かれる金属音が、〈アルゴス〉のコックピット内まで響き渡る。

 不意打ち気味に決まったその一撃は、コックピットを容易く切断した。

 敵のパイロットが絶命したことは簡単に想像出来る。

 次の瞬間、クリスは背後から小さな悲鳴が上がるのを聞いた。

 クリスがソフィアに向けて声をかけようとするが、それよりも先にソフィアが言った。

「わ、私は大丈夫です、気にしないでください。クリスさんは、戦いに集中してください」

 残りの〈コクレア〉が二十ミリマシンガンの銃口を〈アルゴス〉に向ける。クリスは即座に間合いを詰め、コンバットダガーを抜刀し左手に装備。相手に射撃で応戦する隙を与えず、二機目の〈コクレア〉のコックピットに向けて突き刺す。

 敵の兵士が絶命したことを表すかのように、サブモニターに表示されていた光点が消滅する。

「き、来ます! 二時の方向、射撃!」

「ラルフ、エミリー、今だ!」

 クリスはそう叫ぶと同時に廃工場の入り口付近へと一気に後退する。

 三機目の〈コクレア〉が装備する二十ミリマシンガンの銃口が〈アルゴス〉を追う。

 だがクリスは、敵の兵士がまだトリガーボタンを引かないということを、『心眼』の能力によって感じ取っていた。

 クリスは、冷静に仕掛けておいた煙幕を起動した。

たちまち白い煙が立ち上り、兵士達の視界を奪う。

 その直後、〈アルゴス〉の背後、煙幕の覆われた廃工場の中から曳光弾の光とともに、機関銃による無数の火線が伸びてきた。

 炸裂する銃声が廃工場の中から反響する。

 三機目のコクレアのパイロットや歩兵達、そして装甲車に乗る指揮官を含めた兵士達全員は、煙幕に遮られて廃工場の中の様子を知ることが出来ない。だが、伸びる十数本の火線が、彼等に想定外の数の敵の存在を想起させた。

 放たれた弾丸が前衛に立つ〈コクレア〉の装甲を叩く。

 廃工場を背後に立つ〈アルゴス〉が、超硬質アックスを構えた。

 クリスは敵対する三機目の〈コクレア〉のパイロットが動揺し、僅かに攻撃の意思が揺らぐのを、『心眼』の能力によって読み取った。

「今ならいける!」

 〈アルゴス〉の右手に装備する超硬質アックスを、三機目の〈コクレア〉に向けて投擲。それは回避も防御も許さずターゲットのコックピットに深々と突き刺さる。そして、切断されショーとした配線が火花を散らし、それが駆動用燃料に引火。

 機体を内側から爆散させた。

 赤い炎と黒い煙が立ち上り、廃工場の中からは、今も尚銃声が響き続け、何本もの火線が伸びている。

「さあ、どう出る?」

 指揮官の判断は速く、即座に装甲車に歩兵を乗せて撤退した。

 小さくなっていく装甲車の姿を見ながら、クリスは〈アルゴス〉のコンバットダガーを油断無く構えつつ通信機越しに言った。

「二人とも攻撃止め! ソフィア、状況はどうだ?」

「て、敵兵士、全員撤退。周辺にも敵性反応は見あたりません」

 クリスはそんなソフィアの報告を聞きながら考えていた。

(人の意識を読みとれるソフィアの負担にもなるし、なるべく殺さずに済むようには戦いたいけど、……いや、躊躇うな、立ち止まるな、振り向くな、迷いを捨てろ。そんな中途半端じゃ俺達の方が先に死んじまう。俺達は生き残るんだ。そのためなら、どんな手段も躊躇するな!)

 クリスは決意を固め、通信機越しに指示を出す。

「ラルフ、エミリー、機体を出せ」

 ラルフとエミリーがそれぞれ乗る二機の〈コクレア〉が、廃工場の中から姿を現した。二機の〈コクレア〉は、同士討ちを避けるための識別用に、それぞれ装甲を青、ピンクに塗っており、一目で判別出来るようになっている。

 ピンクの塗装が施された〈コクレア〉から、通信機越しのエミリーの声が聞こえてきた。

「何とか追い払えたみたいだね。出来るじゃん、私達!」

 続いて青く塗装された〈コクレア〉から、ラルフの通信が入った。

「急造品ではあるが、数を誤魔化して威嚇するためなら十分に使える」

 二機の〈コクレア〉は両手にマシンガンを装備しており、さらに両肩に機銃が追加で取り付けられていた。

 煙幕を張り廃工場の中から銃撃をしていたのは、この二機の〈コクレア〉だ。「沢山の敵がいる」と誤認させる為の、言うなれば偽装だ。更に言うのであれば、銃撃に使用した内蔵式七.七ミリ機銃二門と手に持つ二十ミリマシンガン一丁以外の装備は、装填されている弾薬が全て空砲となっていた。空砲を使用したのは、その方が入手することが容易だったというだけであり、限られた資産で装備を揃えるしかないクリス達の苦肉の策である。

 ラルフとエミリーは急いで機体から降り、空砲しか入っていない追加装備を取り外し始める。クリスはその間、敵からの襲撃を警戒しつつ、撃破した敵の装備の中でまだ使える物を取り外す。

「しかし、ついにここにも軍が来ちまったか。ソフィア、無線の操作、頼めるか?」

「は、はい。今合わせます」

 数秒のノイズの後、レジスタンスで使用している電波を掴み、取り付けたスピーカーから声が流れ始めた。

『――オルゴの陸軍は、町の全域に展開している。現在第三拠点が発見され、戦闘が開始された。各員、拠点の隠蔽、不可能ならば防衛に全力で当たれ。情報の出所は不明。現在調査中――』

(ここだけじゃないのか。狙い撃ちって訳じゃなくて、オルゴ全域で似たようなことをやってるみたいだな。何にせよ、生き残る手段を考えないとだな)

 兵士達がレジスタンスの拠点を発見し、それに対する反撃が開始されたのだろう。

 見つかるよりも先に先手を打って、攻撃を開始した者達もいるかもしれない。

 ともかく、このまま状況が加熱すれば、無防備な住民を含めた多くの被害が出る事は確実だった。

(とにかく、この状況をどうにかしないといけない。そして俺達には、そのための力がある。抵抗と反撃のための力が)

 ラルフとエミリーの作業が終わった。

 クリスは二人が乗るそれぞれの〈コクレア〉との通信回線を開く。

「こちらクリス。聞こえるか二人とも、どうぞ」

「こちらラルフ。問題ない、どうぞ」

「こちらエミリー。大丈夫、聞こえてるよ、どうぞ」

 クリス達の乗る三機のウォーカーは、いつでも行動を開始出来る。

 決心を固めたクリスは言った。

「この調子だと、遅かれ早かれ戦闘はオルゴ全域に広がる。軍が再びここにやってくるのは時間の問題だ。俺達はここから第一拠点に合流して防衛戦と住民の避難支援をやる。絶対に生き残るぞ!」


×××


 オルゴにある役場の町長室には、外で始まった戦いの喧騒が聞こえてきていた。

 ここにいるのは、まずオルゴの町長である男だ。彼はいつものように椅子に座り、テーブルの上で手を組むと、落ち着かない表情で室内を見渡していた。

 無理もないだろう。

 何せこの部屋には見慣れない顔ぶれが何人も押し掛けていたのだ。それが軍服を纏い銃火器で武装した強面の男達とあっては、大抵の人間は穏やかな気持ちでなどいられない。

 軍服の男の一人であるリーダーと思しき人物が町長に詰め寄った。

「確認するぞ。貴様の話したレジスタンスに関する情報、これに嘘偽りは無いな?」

 対する町長は、ハンカチを取り出し額の汗を拭いながら問いかけに応じる。

「勿論ですアザム殿。私の知っている情報、レジスタンスの拠点の位置と各拠点の規模については、知っていることを全て話しました。それよりも、約束の方は守っていただけるのでしょうね?」

「ああ、当然だ。裏切り者ともなれば、レジスタンスから命を狙われることになるだろう。彼等には決して手出しはさせない。作戦のために放送まで協力してもらったことだし、当然の礼はするつもりだ」

「それを聞いて安心しました。しかし、この戦闘はどれくらいで収束する予定なのですか?」

 町長の問いかけに対して、アザムと呼ばれたリーダーと思しき男は、好戦的な表情を浮かべた。

「さてね? 何しろ我々は外の国の傭兵だ。この国のレジスタンスについては全く情報を持っていない。正規軍が苦戦するなら、いよいよ俺達『アンタレス』が出てって攻撃するって作戦だが、まあ、町長殿には関係ない話だ。それよりも、後一つ聞きたいことがあってな。……おい、連れてこい」

 アザムのその言葉を受けて、彼の手下が部屋に一人の男を連れてきた。

 それはレジスタンスのメンバーの一人だった。

 既に負傷し息も絶え絶えな上、両腕を縛られて拘束されている、一切の抵抗が出来ない状態にされていた。

 アザムは連れてこさせたレジスタンスの男の髪を引き、無理矢理顔を起こして町長に見せた。

 町長の表情が青ざめ、椅子ごと体を後ろに引き、そして小さく悲鳴を漏らした。

 一方の拘束されたレジスタンスの男は、町長の顔を見た瞬間、町長が裏切ったという事を悟り、怒りと絶望に満ちた表情を見せた。

 その一部始終を見ていたアザムは満足げに言った。

「なるほど、確かに彼は嘘をついていないようだ。情報提供に感謝する」

 そして、拘束していたレジスタンスの男のホルスターから拳銃を引き抜き、町長に向けて構えた。

 町長はアザムの行動が理解できずに、ただ呆然としていた。

「レジスタンスに手出しはさせないと言ったがな、裏切り者は危険だ。我が身可愛さに、何時また我々を裏切るとも分からない」

 アザムは町長が何か言葉を発するよりも先に引き金を引き、町長を射殺する。続いて、今使ったレジスタンスの拳銃を放り捨て、自分の拳銃を引き抜く。そして一切の躊躇無く、拘束していたレジスタンスの男を撃ち殺した。

 アザムは部屋の中に倒れる二人分の死体を見下ろしながら言った。

「俺達がこの部屋にいる時、レジスタンスが襲撃してきた。俺達は抵抗しレジスタンスを殺したが、町長はレジスタンスの凶弾に倒れた。つまりはそういうことだ」

 部屋にいる『アンタレス』のメンバーは、誰一人驚いてはいない。彼等にとってこれは予定通りの状況だった。

 アザムは部屋の中にいるメンバーを見渡しながら、更に続けた。

「レジスタンスについて有益な情報を手に入れた。雇い主の技術部長官殿からも、例の試作型ウォーカー奪還以外は好きにやって良いと言われてる。昔首都の方でやった、銃ぶっぱなしてコソコソ逃げるようなつまんねえ仕事とは違うぞ。ウォーカーに乗って暴れてこいって話だ。――さあ、いよいよ狩りの時間だ。せいぜい楽しもうじゃねーか」

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