9.唖然。私の無限収納が意味わかんない物収納したんだけど

「なんで時間停止してるのに、こっちに向かってくるのよっ」

 それまで私は、時間停止は絶対だと思っていたの。私が意識して触れた物だけが限定的に動くと思っていた。

 でもそれが違った。

 トラックが、私の意思とは関係なく、時間が停止した空間の中で動いているのよ。


「こ、ここ琴音。落ち着いて、どど、どうしよう。なんでトラックがこんな所にいるのよっ」

「そ、そんな香織も落ち着いてないじゃないのよっ」

 暴走トラックがゆっくりと近づいて来るんだけど、私も香織も動けずにいた。動かなきゃ、早く暴走トラックに轢かれないところまで逃げて行かなきゃって、そう思うんだけど、こういう時って意思に反して全然体が動かないの。どうしよう。

 私が手を強く握ると、香織も手を握り返してきた。


「ねねねっ、ねね、ねえ琴音。早く逃げなきゃだよ」

「わわ、分かってるんだけど、体が思うように動かないのよ」

「私もよっ」

 気がつけば足がぶるぶると震えていて、まるで自分の足じゃないみたいだった。それは香織も同じみたいで、何だか腰が引けているように見える。


 それに何でかな、何だか体が冷たくなってきているような気がする……。


「ああっ、ごめん琴音っ!」

 志織が私の手を離そうとしたから、慌てて手を握った。駄目だって、手を離したら香織がその場で停まったままになっちゃうもん。

 そんな私を見て、香織が必死に首を横に振ってくる。


「なんで、このままだと琴音が凍えちゃうよ」

「ど、どどゆこと?」

「私ね、昨日から変な能力に目覚めちゃったみたいで、触れた物が片っ端から冷たくなっちゃうのよ。だから、琴音と手を繋いでいると、琴音の体温がどんどん下がっちゃ――」

 それを聞いた私は慌てて香織の手を離して、すぐに手を繋ぎなおした。たったそれだけで、私の体は元の暖かさにまで戻った。

 滅茶苦茶だよね、私の時間停止の異能。手を離した途端にあっという間に私の体温は元の状態に戻った。


 これで、自由に時間停止が制御できたら、無敵なんだけどな。


「――うのよっ。だから、手を繋いだままは駄目なのよ」

「あ、手を離してすぐに繋ぎなおしたから、もう大丈夫だよ?」

「……えっ? はっ? どゆこと」

「まだしばらく世界が停まったままだから、一緒に走るよっ、香織っ」

 体が冷えた時に頭もしっかりと冷えたみたい。私は香織の手を思いっきり引きながら、すっごく重い空気の壁を無理矢理進む。

 香織も慌てて、私の方に体を進ませるんだけど、やっぱり何か他の力が働いているのか動きがすっごく重い。


 それでも、暴走トラックの進む早さより少しだけ早く動けているようで、徐々に暴走トラックの進路から外れて行っている。


「もう少しだよ頑張って、香織っ」

「う、うんっ――」

 でもそれが気休めだったんだって、この後すぐに思い知る。


「ちょっと、なんで暴走トラックが曲がってくるのよっ!」

「えっ? 琴音、私見えないんだけどそれ、どういうことなの?」

「車体がくにゃって、あり得ない曲がり方してるの、せっかく香織の体から進路が外れたのにこっちに向かってるのよっ!」

 私が後ろ向きに香織を引っ張っているから、暴走トラックの車体が柔らかい粘土細工のように変形しながら進路をこっちに向けたのが分かった。


 背筋がぞわぞわした。


 何よこれ、絶対に逃がさないってこと?


 私は片手を離して、香織を私の背中に引っ張った。

 その途端にって言うのかな、逃げるのをやめたら一気に体が軽くなって、あっさりと香織を私の背後に引き込めた。

 

「琴音っ、何で立ち止まったの?」

「逃げられないなら……ううん、相手が逃がす気無いのなら、立ち向かうしかないよね」

「ちょっと、無理だよ。絶対に轢かれちゃうって」

 香織の異能が働いてか、また体が冷たくなってくる。

 でも、今はそんなこと言っている場合じゃない。私には、もう一つ異能があるじゃない。


 無限収納。


 絶対に、あの暴走トラックを収納する。

 私は空いた方の手を暴走トラックに突きだした。


「来るなら来いっ、絶対に収納するんだからっ!」

「きゃあああぁぁぁ――」

 暴走トラックの先端が私の手に触れた途端に、何かが弾けた。そんな気がした。

 一瞬だけ押されるよう感じがした後、忽然と暴走トラックが視界から消えた。


『暴走トラックを入手しました。異能に組み込みます』

 頭の中で中性的な声が聞こえて、でも何だか眠くなってきて――。


「ちょっと、琴音! 早く私の手を離して、凍えちゃうよ――」

 慌てて握っていた手が振り解かれて、一気に目が覚めた。


 ……駄目だな、ちょっと前の事なのにもう忘れてる。

 って言うか、暴走トラックに集中していたからかな、早く手を離して繋ぎ直せばいいんだった。


 呼吸を整えて振り返ると、香織が必死の形相で手を振り払った体勢で固まっていた。

 うん、ごめん。

 何だか無駄に心配させちゃったみたいだね。ごめんね、香織。


 反対側の手を握って、一緒に動けるように念じたら、動き出した香織が驚いた顔のまま動きを止めてから大きく息を吐いた。

 ゆっくりと、香織の手を引いて横断歩道を歩き始める。今度は空気の壁とか何もなくて、普通に横断歩道を渡ることができたよ。もちろん、自分が凍えないように、途中で何度か香織の手を繋ぎ直したから、もう香織に心配かけずに済んだ。


 歩道で、さっき放り出した自分の鞄を拾って、でもまだ時間停止が戻らないことに気がついて、香織の手を引きながら近くの公園に向かったよ。

 ベンチに腰掛けて、二人で同時に大きなため息をついた。


「びっくりしたね……」

「もう、びっくりなんてもんじゃないよ。気がついたら琴音がすぐ目の前にいたんだもん。意味分かんなかったよ」

「だって香織が暴走トラックに轢かれそうだったから」

「あっ、そういえば暴走トラックっ! どうなったの?」

「うん。なんかね、収納しちゃったみたい」

「……え?」

 まあ、そうなるよね。


 凍えないように何度も手を離して握ったりを繰り返しながら、香織に昨日から悩まされている私の異能について話をした。

 当然というか、何だか香織が悲しい顔になっちゃった。


「それじゃ琴音って、この停まっている世界にずっとひとりぼっちだったってこと?」

「うん。しばらく立つと動き出すんだけど、それまでは基本的に何もできないかな。時間の動きを自分で制御できればいいんだけど、勝手に停まって勝手に動き出すの」

「すっごく辛いよね。私は今、琴音に手を握ってもらって時間が止まった世界にいるけれど、なんて言うのかな……この静かさがすっごく怖い。

 私も触った物がみんな冷たくなっちゃうから、自分の異能が嫌らしいなとか思っていたけれど、琴音の方が深刻だよね」

 腕時計に目を向けると、四十分くらい経っている。


 そろそろ動き出すかも……。


 待って、動き出して大丈夫なの……?


「あああっ!」

「ど、どうしたの琴音っ?」

「やばいよ、暴走トラック! 時間が動き始めると、収納から吐き出されちゃうよ」

「ええっ、あとどれくらいなの?」

「そろそろだと思う、ちょっとごめん」

「うんわかっ――」

 香織の手を離すと、一瞬で彫刻みたいに動かなくなった。


 急がなきゃ、もうそんなに時間が残っていないはず。

 昨日、孝太朗と確認したみたいにイメージで暴走トラックを……暴走していたトラックを……どうすればいいのかな。


 考えてみたら、あれを野放しにしたら絶対にまた誰かが犠牲になるよね。

 トラックに轢かれて、異世界に転移なり転生なりしちゃう。せっかく香織を助けられたのに、もしかしたら解放した途端に目の前で香織が連れて行かれちゃう。


 でも、何もしなくても私の異能が勝手に暴走トラックを吐き出しちゃう。

 少しだけパニックになりながら、無限収納の中に入れた暴走トラックを探した。


 探したんだけど、無かった。


「……う、嘘でしょ」

 暴走トラックは確かにあるって感じるんだけど、肝心の暴走トラックが無限収納の中になかった。正直、意味が分からないものを収納したのに、さらに意味が分からない状態になっているよ。


 そして、音が戻ってきた。


「――たよ、待ってるね……って、琴音?」

 香織も動き出して、呆然としている私に気がついたみたい。

 それでも心配だったのか周りを見回して、暴走トラックが走っていないことを確認できたのか、あからさまに安心したみたい。


「琴音ありがとう。暴走トラックなんとかしてくれたのね」

 思わず私は首を振る。


「……駄目だった」

「えっと……そうなの?」

「うん。暴走トラック、何ともできなかった」

 何だか悲しくなって、両手で顔を覆った。

 動き出した世界だともう、暴走トラックが走る速さは私が何とかできる速度じゃない。もう何もできないのに。


「でも待って、暴走トラックどこにもいないよ?」

 香織に指摘されて、ハッとなった。


 確かに……暴走トラック、何処に行った?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る