4.苦悩。私の無限収納が勝手に物を吐き出すんだけど

 周りの喧噪の音とともに、私の時間が戻ってきた。

 私は机に突っ伏していたた顔を上げて、大きく息を吐いた。


「おっ、十円めっけ。これは第一発見者の僕の物だね」

「はははっ。何だよ孝太朗、小学生みたいなこと言ってよ」

「お、浩介お前、笑ったな? 今度コンビニで十円足りなくたって、貸してやらないからな」

「あぁ、いいぜ。そん時は潔く店員にごめんなさい言って、買うのを諦めるよ」

 ちょっと先で、孝太朗と浩介がいつもの漫才をしている。きっと今日も、部室で異世界についての怪しい話をするんだろうな。

 でもそうか、実際に体験して異能も持っているんだから、もう今までみたいに議論だけじゃないんだよね。


 いつもの放課後、ずっと緊張していたクラスメイトの顔が、少しだけ緩んだ気がする。

 その日はクラス全員が、何だかすっごく静かな状態のまま一日過ごしていたかな。休み時間のお喋りだって、かなり控えめだった気がする。


 ちなみに私は、もういっぱいいっぱいだった。


「それじゃ孝太朗、俺は先に部室に行ってるからな」

「おう、僕もあとで行くから。みんなには、少し遅れるって言っておいて」

「はいよー、任せとけ」

 教室を出て行くクラスメイトも、みんな早足なんだよね。いつも教室で遅くまで喋っている女子数人も、今日はもういない。

 きっと、またあの魔方陣が発生したら嫌だから、みんな急いでいるんだと思う。


「あのさ……葛城さん、ちょっといいかな……?」

 そんな姿をぼーっと見ながら、私は再びため息をついた。

 私の時間停止の異能は、私の想定を遙かに超える頻度で発動して、私の時間だけが止まっていた。それも、気のせいだと思うんだけど、少しずつ止まっている時間が延びているような気がしている。


「葛城さん? どしたの、上の空だけど大丈夫……?」

 あれから午前中だけで四回止まった。午後は三回だから、もう既に七回も時間停止していることになるのよね……ほぼ一時間に一回のペース?

 正直言って、もういっぱいいっぱいだよ。

 他のクラスメイトは、ほとんど異能の影響がないみたいなんだけど、どうして私だけこんな目に遭うのかな……。


「ねえ、葛城さん? 悩んでるみたいだけど、異能が原因だよね」

「ふえっ? ふええええぇぇっ――」

 孝太朗が目の前に来て、至近距離まで顔を近づけてきた。びっくりして反射的に仰け反ったら、後ろに椅子ごと転けそうになって、慌てて伸ばした両手を孝太朗がしっかりと掴んでくれた。


「ゆゆゆ、結城さん。ああ、ありがとう、ごめんなさい。こここここ――」

「葛城さん落ち着いて。まず深呼吸だよ」

「う、うん。スーハース―ハー」

 深呼吸をしたはいいけれど、落ち着いてからよく見たら、まだ両手は孝太朗の手と繋いだままだった。

 ボッと、顔が真っ赤になったのが自分でも分かった。


 って、何で孝太朗が目の前にいるのよ。

 美術部の幽霊部員をやってる私と違って、孝太朗は異世界研究クラブの部長だって言ってたはずなのに、何でここにいるのよ?

 それにいきなり至近距離で無駄に整った顔に迫られたら、男子限定のコミュ障こじらせてる私なんて、どうしたらいいのか分からないのよ。


「ほら、また何か考えてる。葛城さんって、今日僕が知っている限りで六回は異能を使ってるよね? でも、その割に特別何かしてるって感じはなかった」

「みぅえっ? どどどうして知ってるの……?」

「僕の異能だよ。ある程度離れていても異能鑑定ってできるから、ずっと繰り返していたら一時間くらいで、新しい機能って言うのかな、追加されたんだ」

 そこで初めて両手を離しててくれた。

 前の人の椅子を後ろ向きにして、私の前に座った。って、何でそこに座るのよ。恥ずかしいし、私帰れないじゃない。

 ……まあ、帰っても家には誰もいないし、いつも一緒に帰っていた志織は、彼氏の依吹と一緒に帰るみたいだし。クスン。


「――ていう感じに、パッシブ機能が追加されたんだ。……葛城さん、また何か悩んでる?」

「みぎゃっ、ごごごめん。いつもの癖で……」

「それじゃも一回言うよ。途中からで大丈夫だよね?」

 私は慌てて首を縦に振った。

 金輪際、物思いに更けるのは時間が停止した時だけにしよう。どうせまた、私の意思と関係なく止まるんだし。

 私がしっかりと顔を見ているのを確認してか、孝太朗は笑顔で話を再開した。

 待って、目の前でその笑顔は反則なんだけど。心臓ドキドキなんだけど……。


「それで新しく追加されたのは、誰かが異能を使った時にオーラみたいな光が見えるようになったんだ。

 そうしてまたクラス全体を見ていたら、葛城さんが一時間に一回くらい異能を使っていたんだよ」

「わ、私は……ほ、本当は使いたくないんだけど……」

「……それって、どういうこと?」

 一転、孝太朗に真剣な目で見つめられて、私の心臓はビクッと跳ね上がった。喉も何だかカラカラになっていて、無理矢理唾を飲み込んだ。

 駄目だよ、そんな顔で見られたら私……。


「……うんとね、あのね……」

 私、頑張って話したよ。

 私の異能が、私の意思に関係なく勝手に発動していること。

 最初は三十分くらい止まっていたのが、ちょっとずつ長くなっていっている気がすること。

 時間が止まっても、いつまた動き出すか分からないから、じっとその場で待っていること……。


「うわあ、それはある意味大変だな」

 私の説明を聞いた孝太朗の第一声がそれだった。

 おもむろに顎に手を当てて物思いに更ける。何か、いちいち動作が様になっていて、ドキッとするんだけど。


「それじゃあもしかしてこの十円玉って、葛城さんが朝、無限収納に収納していた十円玉だったりする?」

「えっ? 私十円玉は収納したままで、取りだしていないよ?」

「一応確認してみて貰えるかな? 無限収納の使い方は何となく分かるよね?」

「う、うん。たぶん大丈夫……かな。見てみるね」

 無限収納の異能を使うイメージで、しまったはずの十円玉を探してみる……。


「あ、あれ? ない。十円玉がなくなってる」

「だろうね。たぶん葛城さんがしまったはずの十円玉は、何かの条件が重なった時に勝手に吐き出されちゃうんだろうね」

「そ、そんなぁ……」

 私はそのまま、机に突っ伏した。


 時間停止の異能が、暴走しているのはもう諦めるしかないと思っていた。でも、孝太朗が教えてくれた無限収納の異能は、私の意思で収納できていた。

 だから、それだけでも使えると思っていたのに。

 思っていたのに、やっぱり駄目だったんだよね……ショック……。


「だから、葛城さん。このあと時間空いてる?」

 なにが『だから』なんだろう……?

 机に伏せていた顔を上げると、やっぱりというかすぐ目の前に孝太朗の顔が来ていた。思わず息を呑み込んだ。

 近い、近いよもうっ。

 何でこんなに簡単に、私の領域に入ってくるのかな。もうドキドキが止まらないよ。もう……。


「わわわ、私は、帰るだけだ、だけだから。待って、深呼吸する――」

「うん、大丈夫だよ。待ってるから」

 ちょっとだけ深呼吸して、ちょっと落ち着いてから、孝太朗に頷く。

 頷いた私は、その後ちょっとだけ後悔した。いや違うかな、すっごく後悔した。


「よし、それじゃあ僕と一緒に、異世界研究クラブに行くよっ」

 私の頭は、真っ白になった。


 なんで、そうなるの?

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