次第に少年の周りは明るくなり、奴隷商人の姿を御目に掛ける。怪しげな帽子をかぶり、黒のマントを羽織はおっている。服装は正装というより、真っ黒の普通の服。年齢はおおよそ四十代から五十代の男だ。


「それにしてもここでお見かけするのは珍しい方ですなぁ。まさか魔法使いに会うとは––––」


「俺を知っているのか?」


「ええ、それは我々の業界では有名ですもの」


 男はニヤニヤと笑っていた。


「その年にして、去年、ヴィルヘム国家魔法師に留まらず、極僅かしかいない狭き門である国際魔法師の証まで持っている方ですからね。ですよね、ボーデン・レタリックさん」


 男に言われた少年、ボーデンは少し驚いた表情を見せた。


 ボーデンは去年、十七歳で世界の最少年国際魔法師の証を得た。世間では、あまり知られていないが、魔法というのは人にとって珍しいものである。国際魔法師の証を持つ者は、様々な国の魔法にまつわる研究、アーカイブを無償で見る事が出来るのだ。


「申し遅れました。私、オーウェン・ブラッドと言います。この国で街を転々としながら奴隷商人をしています」


 怪しげな男・オーウェンはそう名乗った。


 この店内のほとんどが獣の鳴き声や臭いが漂っている。どうやら、オーウェンという男は相当な腕のある奴隷商人なのだろう。ボーデンは、辺りを見渡してそう思った。


「どうです? 少し見て行ってらしては……」


 オーウェンがボーデンを見て言った。


「そうだな。少しだけ見せてもらいますよ」


 ボーデンは小さく頷き、おりの中にいる奴隷達を見て回る。


 檻はいくつもあり、一つの檻に奴隷が一体ずつ閉じ込められている。強力な獣が入れば、人までその中に存在している。やはり、奴隷店の中は外とは違い異臭が強過ぎる。少しでも気を抜けば、鼻が壊れそうだ。


 ボーデンは奴隷たちを見て回ると、一つの檻の前で足を止めた。


 何も変哲もない極普通の檻だ。だが、ここだけは他と何かが違う。暗闇のこの世界の中で一つだけ小さな光を放っている。


 檻の向こう側には、黄金色こがねいろの綺麗な長い髪にそれに合わないボーデンより小柄な体。小顔で、赤色の目を持っている。首と腕、足には鎖が繋がれており、埃汚い薄い服をたった一枚着ているだけだった。女だ。小さな少女が、こんな檻の中に閉じ込められている。


「何かお決めになされる商品でもありましたか?」


 立ち止まるボーデンにオーウェンが声を掛けてくる。


「なぁ、ここの奴隷って……」


 ボーデンが指差す方向を見ると、オーウェンは再びニヤッと笑みを浮かべた。


「なんと、貴方様は人間の奴隷が欲しているのですか? ダメですよ。貴方様みたいな魔法使いが、その様な人間を得たとしてもただの実験台にもなりませんよ」


「人間ねぇ。そもそもこの世界での人体実験は禁忌きんきの一つに含まれているはずだ。それともこの奴隷を売りたくない理由でも?」


 ボーデンはオーウェンを睨み付ける。


「いいえ、滅相もない。ただ、そんな今にも死にそうな奴隷を買わなくとも……」


 オーウェンは口籠る。


 確かに普通の売人だったらまず、この少女を選ぶのは避けるだろう。弱っている奴隷を買った所で自分には何もメリットがない。だが、そこにいる少女が普通の人間の少女だったらの話だ。


 オーウェンは気づいていないかもしれないが、ボーデンには何かしらの違和感を感じた。金髪に赤い瞳。そして、独特な雰囲気。何処かしらここにいる奴隷達よりも違って見えた。


「いや、彼女を買いたい。いや、もらいたい。異論はないよな?」


 ボーデンは、目だけでオーウェンを威嚇する。その眼には怒りと憎しみが入り混じっていた。


 オーウェンはしばらく悩み、自問自答した後、ようやく顔を上げた。


「分かりました。貴方に譲りましょう。それで奴隷紋章は付けますか?」


「いや、いらない。俺はそういうのは嫌いだ。それに元々、奴隷自体好きでは無い。人は例え、位が違えど、話し合いなどは平等でありたいだろ? 俺は、この国がどうなろうと、世界がどうなろうと関係ない。目の前にいる人間を助けないで何もする事なんて出来ないからな」


 ボーデンは財布を取り出し、その中からお金を取り出す。


「金はヴェルヘム金貨二枚でいいよな?」


 そう言って、金貨を二枚取り出し、手渡しすると檻の中を勝手に開けた。


 中に入り、少女の左腕を握る。手や足に力が入っていないのが握っただけで伝わってくる。ボーデンは溜息をつき、少女をそのまま抱え上げる。


「俺はここで失礼する。女物の服は何処で売っているんだ?」


「ここから一番近いのは、ここを出て左に曲がった所にありますよ」


「そうか、ありがとう」


 ボーデンは、そのまま奴隷店を後にした。


 嵐が過ぎ去った後、テントの中でオーウェンは受け取った金貨を握りしめながら笑った。


「いやいや、まさか彼女を選ぶものがいるとはですねぇ。いえいえ、決して悪い事ではありませんよ。ただ、彼女を選んだ事を後悔するのは果たして誰なのか。面白いですねぇ。見応えがありますとも……。さてさて、私は本職に戻るとしましょうか」


 オーウェンは再びテントの奥へと姿を消した。奴隷店は再び静まり返り、獣の鳴き声だけが聞こえた。




 奴隷店を出たボーデンは、服屋で少女に会う服を買い、近くの酒場に立ち寄った。店の奥の方に二人は座る。


 少女は黒のドレスを着て、ボーデンの前に静かに座っている。


 ボーデンはそんな少女を見て、不快感を抱いていた。いや、ほとんど、彼女の正体をある程度認識しているのだ。


「もうそろそろ、話してもいいんじゃないのか?」


 ボーデンはようやく口を開いた。


「お前、人間じゃないだろ? その黄金色の髪に赤い瞳は、世界でも歴代最古の動物言われている吸血鬼。D種の末裔まつえいだろ?」


 ボーデンは少女に鎌をかける。


 自分の勘が正しければ、真実に一歩近づく事になる。


 少女は、水をゆっくりと飲み干し、数十秒間黙ったままでいると、口を開く。


「どうやら、貴方の眼には誤魔化しなど通じないのね」


 少女は言った。そして、ボーデンは確信を持てた。


「そうよ。私は吸血鬼の末裔。ラミア・エンプーサ。歳は約二百歳ってところかしら」


「二百歳! ま、驚く事でもないか。吸血鬼ならそれくらい普通だろうな。ラミア……神話に出て来る名前の一つだな」


「へぇ、知っているのね。魔法使いにしては誇りに思ってもいいわ」


「それはどーも」


 ボーデンはラミアから視線を逸らさずに礼を言った。


「それで貴方は私をあそこから解放して何がしたいの? 人殺し、国を支配下に置く、世界征服。一体どれなのかしら?」


 ラミアは面白そうにニヤニヤしながらボーデンを見つめた。


 ラミアの料理がちょうど目の前にやって来る。フォークを手にして、一口ずつ口の中へと入れていく。


「どれにも興味はない。俺は元の世界に帰る手段を探しているだけだ。だから、その為にはこの世界に必要の事は全て得てきた。そして、今は旅をしている」


 ボーデンはラミアの問いに自分の意思を伝えた。今まで手にした物は今の自分に繋がっていると思っているのだ。


「元の世界? となるとこの時代、この世界の人ではないという事なの?」


「そうだな。俺はこの世界の人間ではない。ここに来るまでは……な」


 ボーデンはテーブルに肘をつき、両手を重ねると口の近くまで持っていき考える態勢になる。

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