第13戦 風向きの変化

「スターリングラード攻防戦なみの大勝利だ!」

 私はテレビ局の出口にプラウダと向かいながら、彼に今日の討論会の戦果を熱く語った。

 私の言葉にプラウダはクスッと笑って返事をした。

「本当にそうですね」




 あの討論会が幕を閉じた後、私達は最初の待機室に戻ってきたのだが、そこでは例の男女のスタッフが私達を待ち受けていた。

 二人のスタッフは「流石です! 書記長!」や「よくやってくれました!」という風な言葉を私達に投げかけてくれ、お次は握手を交わした上、さらにスマートフォンという謎の機械の画面上に私とプラウダと男女のスタッフの姿が収められることとなった。

 その後、番組のスタッフやテレビ局の関係者らしき人と言葉を交わして待機室を後にした。テレビ局の関係者らしき人の一人が案内人は要らないか? と聞いてきたが、来た道を戻るだけだったのでプラウダがやんわりと断った。


 そして今に至る。


「それにしてもよくあの場でチャップリンと私を重ねて反論してくれたな」

 私はプラウダを褒め称えるように言った。

「いやぁ、実は最初の方は何も思いついていなかったんですよね」

 プラウダが人差し指で頬をかきながら言った。

 ほう、意外だな。てっきり、私は前もって準備していたものと思っていたんだがな。

「ただ、昔読んでた歴史の教科書にチャップリンの演説があったことをふと思い出して」

「そうだったのか……だが、偶然にしろ、君が私を助けてくれたという事実は変わりはない。とにかくありがとう」

「こちらこそ、書記長殿にそう言ってもらえてありがたいです」

 プラウダがそう言い終わると私はプラウダに手を伸ばし固い握手を交わした。お互いがほぼ同時に手を離すと、プラウダが何かをふと思い出したように呟いた。

「そういえば、ネットの反応はどうなってるんですかね? 確かめたいんですけど、あんまりギガが残ってないからなぁ」

 なるほど、たしかに我々はユーチュバーとしてインターネットというカテゴリーで働いているからな、インターネット内での評判はユーチュバーの評価に繋がるのか。ただ、残念なことに私にはそういったことを予測できるほどの知識がない。

 だから、私はとりあえず適当に答えておくことにした。

「これは私の勝手な予想だが、恐らく君のパソコンの画面には私達の期待通りの結果が映っていると思う」

 私がそう言うと、プラウダは少し疑問の表情を浮かべて私に質問してきた。

「な、なんでそう思えるんです?」

 私はプラウダの質問にきっぱりと答えた。

「偉大なる同志プラウダのおかげだよ」

 私はちょっとした敬意の念を込めて、プラウダに質問の答えを告げた。ちなみに、私がここで使った「同志」という言葉は、ユーチューブの生放送の時のような軽い意味ではなく、心の底から出た言葉だ。

 さあ、プラウダは私にどう返答するのだろうか? やっと私に認められたことで喜びの声を上げるのだろうか? それとも感動の声だろうか?

 私は自己本位にプラウダの返答を予想した。だが、プラウダの答えはそのどれでもなく、何故かうっすらと笑みを溢した。

「あはっ、そんな同志プラウダなんて堅苦しい言葉使わないでくださいよ。僕達は親友ですよ」



なっ……。



 私ははっとした。

 プラウダにとっては何気ない一言だと思う「親友」というこの言葉が、私の胸の中で何度も反響を繰り返した。以前にもプラウダは私に「親友」という言葉を使った。読者諸君も覚えているだろう。その時、私は「親友」という言葉をぞんざいに扱ったが、今は違う。「親友」というこの言葉が私に現実味を持って深くのしかかってきた。

「いい響きだな……」

 私はプラウダに聞こえないようにボソリと呟いた。

 しかし、私が何かを喋ったという事はプラウダに聞こえていたようで「ん? 何か言いました?」と、プラウダが手を後ろに回しながら腰を曲げ、あどけない表情で聞いてきた。

「い、いやな、何も言ってない」

 私は咄嗟に嘘をついた。

「そうですか。じゃあ、とりあえずタクシーでも捕まえましょうか」

 ほっ、助かった。私は密かに胸を撫で下ろした。

 私がプラウダの言葉に心を揺さぶられたなんて事が彼に知られたら、普通に恥ずかしいというか示しがつかないというか……とにかく、バレなくて本当に良かった。

 それにしてもまぁ、親友……か。もしかしたら、もう一度、もう一度だけ、人を信用してみるというのもいいかもしれんな。

 私はそんな事を考えながらプラウダと一緒にテレビ局から出ようとした。

 だがその時、思わぬ障害にぶつかりそうになった。なんと、黒のコートと黒の中折れハットに身を包んだ男二人が、いきなりのそりと目の前に現れ、私とプラウダの進行を妨害するかのように立ちはだかったのだ!

「お、おおっと!」

 私は驚きのあまり謎の声をあげながら、後ろにのけぞってしまった。

「おや、すいません。びっくりさせてしまいましたか?」

 少し背が高くて痩せ型の方の男が私に手を差し伸ばしながら、紳士的に話しかけてきた。

「びっくりさせてしまいましたかって、当たり前じゃないですか」

 それに対してプラウダは、少し怒りを込めて言葉を2人の男に発した。だが、痩せ型の方の男性はプラウダの言葉を気にもせず、私に話しかけてきた。

 それも、私の古き母語グルジア語で。



「ვიცი, რომ სტალინი ხარ」



 痩せ型の男はそう喋り終わるとニヤリと笑った。だが、私はその言葉を聞いた瞬間、空いた口が塞がらなかった。


 まず混乱という状態が私に訪れ、その次に何故だ? という考えが頭の中を支配していき、何か恐ろしいものに襲われているような感覚に陥った。

 まるで、自分だけ時の流れが止まっているようだ。到底、口に出せるような事ではない。


「だ、誰ですか?」

 プラウダが恐る恐る聞いた。

「いやですね、実はですよ」

 もう片方の筋肉質の男が答えた。

「スターリンさん個人の取材がまだ終わっていないことをプロデューサーが思い出したらしく、今すぐ探してこい! って言われちゃって」

「あっ、そうだったんですか」

 プラウダの表情が少しほぐれた。

「ええ、ですから、スターリンさんを小一時間ほどお借りしたくて。ですが、プラウダさんはもう帰ってもらって大丈夫ですので、安心してください」

 痩せ型の男がタクシーの方向に両手を差し向けながら言った。

「な、なら、僕も残ります!」

 プラウダは反駁した。

「いえいえ、そういう訳にもいかないんですよ。特別取材という形式ですから、第三者に介入されては困るんですよねぇ」

 だが、痩せ型の男は引き下がらなかった。

「第三者なんて、そんな! スターリンさんだって、一応僕がいた方がいいですよね?」

 プラウダは半ば放心状態の私にそう聞いてきた。

 もちろん、私も本心では「いてもらった方が助かる」と言うべきだと思っているし、客観的に見てもそれが賢明な判断である。しかし、そうはいかなかった。


「い、いや、先に帰宅しても特に問題は……な、ない」


 何故かこの時は私のことを親友と呼んでくれたプラウダに帰宅を勧めてしまった。

すると、痩せ型の男がプラウダに擦り寄り「ということですので、どうぞお帰りください」と言いながら、少し強引にプラウダをタクシー乗り場に連れて行った。

 その際、プラウダは若干反抗しながら「家で待ってますからね、スターリンさん!」と私に言葉を飛ばしてくれた。

 一方で、私は筋肉質の男に「私達はこちらへ」と言われ、テレビ局に付属している喫茶店に連れて行かれた。

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