第一王子との再会

 エーベル伯爵が嫡男ヘルムートは固まっていた。儀礼としては臣下の礼を取らなければいけない。頭では分かっていたが、咄嗟のことだったからだろう、同じ目線でまじまじと、いや、硬直した顔で声を書けてきた人物、エスタライヒ王国第一王子シャロム・フォン・エスタライヒを直視してしまったのだ。


「あーいや、みんな、臣下の礼はいらないよ。学園だからね。いやはや、昨年ぶりかな、カミル君」


「殿下、お久しぶりです。昨年の王城視察の時以来です」


 カミルは軽く会釈しながら、返事をした。周囲の人だかりは流石に王子を凝視するのは不敬と思ったのか、足早に講堂へと向かって行った。誰かがヘルムートの肩を叩く。


「で、殿下。失礼いたしました。しかし、この者達は男爵位と使用人、平民で、」


「おいおい、まだ言うのかい?そもそも君はラッセン男爵家を知らないのかな?降りてきた馬車の柄だけで判断するとはねぇ。エーベルス伯爵家は困ったものだ。当主はそこまで間抜けではなかったと思うが。君も新興貴族なんだ、しっかりしたまえよ」


 まだ何か言いたそうなヘルムートだったが、王子の表情、声による威圧感と、先程肩を叩いた連れのものが腕を引っ張りはじめたこともあり、一言謝罪して立ち去っていった。


「なんなの、アイツ」


 すっかり落ち着いたブランカが毒づく。


「君はエリアーシュ商会のご令嬢かな?彼は君の隣にいるカミル君ところのラッセン男爵家と同じ、比較的新興の貴族だよ。エーベルス伯爵家も元々は士爵上がりでね。長いこと一代限りの士爵を繰り返していたんだけども、まぁ戦争やなんだでここ数代の間に伯爵家になった家だよ。どうも息子さんは脳筋のようで...」


「殿下、言葉遣いが...」


「カミル君、学園ではシャロムでいいよ、シャロムで。僕と君の仲じゃないか。なんだって小さい頃はあんなことやこんなことを、」


「え、カミルと殿下は小さい頃から?」


 少し頬を赤らめたブランカが突っ込む。


「いやいや、特に何も無いから。そんな頬を赤くしないでくれよ。シャロム殿下も僕で遊ばないでください。それからブランカ、フラン、きちんと挨拶して」


 あわてて二人は王子に挨拶し、一行は学園スタッフに急かされて講堂へ急いだ。


「それにしてもシャロム殿下、しばらく王国は平和なのに、どうやってエーベルス伯爵家は武功を?」


 おそらくブランカとフランも気にしていたことなのだが、さすがに王子殿下へ気軽に話しかけられなかったのだろう。少し物思いにふけつつ、カミルが殿下へ質問した。


「ん?あぁ、それはね、北のシャルリー公国はともかくとして、南西と南東側の隣国は商流上重要な通過点でね、彼らもまぁ諸外国から国土を狙われているんだよ。我が国としても重要だからね、何かと兵を送っていたりするんだけど、どうも毎度エーベルス伯爵が先陣をきって参戦の声を上げるんだ。武功をあげて爵位を上げていきたいのかな?」


「そうだったんですか」


 カミルは納得したような、納得しないような曖昧な表情を返した。


「じゃぁ、私は国王陛下代理で挨拶があるから。そうそう、あとで君の寮室に使いを出すからね。逃げないでね」


「はぁ」


「ではカミル様、フランもこちらで一旦失礼致します」


 カミルは何となく面倒事の予感を抱きながら、講堂内の下位席へと向かった。


「ねーカミル、私はどこに座れば良いのかな?平民席だとするとカミルと別れちゃうかな?」


 相変わらずブランカはカミルの袖を引っ張っている。講堂内は王族、公爵、上位貴族、下位貴族の順で席が分かれており、各列の幅も間があったが、カミルはそれよりも更に後ろへ離れている列を見つけ、ブランカをぶら下げたまま向かった。


「まぁ末端の男爵位は士族も準男爵とも大差ないだろうし、どうも席次てきには平民と混ぜてるみたいだ。とりあえず末端貴族、爵位持ちの最後尾、平民との微妙な境界あたりにでも座っておこう。なんかお前は一人だと危なかっそうだからな」


「カミル優しいね」


「あぁうん、分かったから膝じゃなくて隣に座ってくれ。いくら幼馴染とは言え、もうその年頃は過ぎただろうに。ああもう、バカ王子がこっち見てニヤけてる。どんだけ目がいいんだアイツは」


 第一王子は離れた王家の席、本来であれば国王陛下が臨席するであろう場所から二人のやり取りを眺め、口を抑えながら笑っていた。


「なんで殿下が陛下の挨拶を代わりにするんだろうね」


「後で教えてやるから静かに待っててくれ。フランもか...」


 端の男爵家来賓席から、貴族の衣装をまとったフランがこちらを見ていた。丁寧にハンカチを取り出して涙を拭いている。笑いすぎて涙が溢れているようだ。ブランカは話す以外の暇つぶしが見つからないのか、足をバタバタさせながらいつの間にか抜き出したカミルの懐中時計をパカパカさせていた。


 「皆様、ご静粛に。ご静粛に願います。ただいまより王立シャルル学園の入学式を始めます。まず初めに学園長から挨拶が――」


 そうして王立シャルル学園の入学式が始まった。学園長の長い話をそばに、カミルとブランカ、そしてフランまでもが眠りに落ちていったのだった。



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爵位のうち、準男爵と士爵は貴族ではなく平民とされ、準男爵は世襲、士爵は準男爵の下で世襲無しとされています。いろんな爵位が出てきます。

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