クロス・ノクターン ~Me against THE WORLD~ /CASE2.浜松 Nowhere RAIL

卯月響介

日本・浜松― 最終電車が忽然と消えた? 幻の駅“きさらぎ”を見つけ出せ!

始まり…西鹿島行き11時40分発

1 遠州鉄道新浜松駅


 「このままだと…今度は本当に……人が死ぬ」


 初老の男は青空に浮かぶ色とりどりの大凧を、見物人に混じって見上げていた。

 しかし、彼に気を止める者など、この祭りにいる訳がない。

 悲愴に満ちた表情も、囃子ラッパの音にかき消されてしまっているのだから。


 観客は、糸を絡ませ切りあう、迫力ある姿に歓声を上げるだけ。


 そして男は、いつの間にか姿を消していた。

 糸を切られ、きりもみ落ちていく凧のように、雑多な宴会からふんわりと。 


 5月5日、こどもの日。


 この日の中田島なかたじま砂丘周辺は、雲一つない快晴だったという――。


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 数か月後 初夏――


 PM11:37

 日本

 静岡県浜松市



 夏の蒸し暑さが、服に吸い付く汗として、体に刻み込もうと襲い続ける熱帯夜。

 街の中心部も、その喧騒を担う役割をバーやコンビニだけに絞り、玄関口であるJR駅を貨物電車が素通りしていく。

 

 浜松。

 静岡県西部域に位置する巨大政令指定都市。

 人口約80万人。

 南を遠州灘と汽水湖である浜名湖、北を赤石、アルプス山脈に囲まれた、人も風景も豊かな街だ。



 そんな浜松を南北に走るのが、ローカル線の遠州鉄道。

 運行する車両の色から、市民には「赤電あかでん」の愛称で親しまれている。


 南の玄関口、新浜松駅は、JR駅から北西側に、少し離れた場所にある。

 グループ会社が経営する、市唯一の百貨店。

 新装され、開放感あるクリスタル・ビルの足元に、その高架駅はあった。


 「西鹿島行き最終、間もなく発車しまーす!」


 改札口では、駅員が大声で、走ってくる乗客にアナウンスしていた。

 ICカードが導入されているものの、まだ自動改札機は普及していない。

 券売機で買った紙の切符を、駅員が一つ一つ、パチパチ穴をあけていく、どこか昔懐かしい光景。

 

 歓楽街の近くということもあり、やってくる乗客は高揚している。

 顔を赤くしたサラリーマン、飲み会を楽しんだ学生、映画館のパンフをお揃いで提げているカップル……


 だが、改札前の公衆電話にいる若い女性もまた、別の意味で高揚していた。


 「いい加減にしてよ、姉さま!」

 ――いい、美奈。私は絶対に反対ですからね!

 「どうしてなの?」

 ――とにかく、海外留学なんて、お姉ちゃんが絶対許しませんからね!

 「姉さまだって、好きな絵で大学行って、先生やってるじゃん!

  私だって乗馬の騎手になりたいの!」


 叫ぶたびに、自慢のポニーテールが揺れる。


 ――私は、あなたの事を思って……

 「思ってるなら、好きにさせてよ!

  お姉ちゃんのわからずやっ!」

 

段々荒くなる声とは裏腹に、息苦しさも覚えてくる。

我に返った少女の片耳からは、駅員の切迫した声が入ってきた。


 「まもなく、西鹿島行き出まーす!

  ご乗車の方は、お急ぎくださーい!」


 その言葉に、少女は相手との会話を強引にまとめにかかる。


 「兎に角、もう電車出るから切るね。

  スマホの充電ないからさ。

  0時2分に浜北着くから、迎えにきてよね!」

 ――ちょっと、美奈!


 少女は強引に公衆電話をガチャリと切ると、ポケットから緑色のICカードを取り出し、そのまま改札を通り、全速力で階段を駆け上がる。


 「西鹿島行き最終、間もなく発車いたします!」


 ホーム上で叫ぶ駅員の声と同時に、発車メロディが聞こえてくる。

 登り切った少女は、そのままホーム上に停まっていた、2両編成の電車に乗り込んだ。

 

 電車の座席は満員で座れず、仕方なく反対側のドアにもたれかかる。

 真っ暗な窓に映った自分の顔。

 涙が溢れそうな瞳に、嫌悪と悲愴を浮かばせて。


 「いっそ…このまま、ここからいなくなりたい……。

  姉さまも来れないぐらい、遠くに行きたい…」


 その後、サラリーマンが2人。

 階段を駆け上がり電車に乗ると、ホーム上の駅員が車掌に合図。

 電車の扉が閉まり、警笛一声。

 赤いボディに白のストライプが入った車両は、ゆっくりとホームを後にするのだった。


 ■


 この遠州鉄道西鹿島線は、浜松市中心部と天竜区西鹿島の間17.8㎞を、36分かけて結ぶローカル線だ。

 駅は全部で18、約2分で次の駅に到着する。

 車両は2両1編成、上下線とも早朝深夜を除き、各列車は12分間隔で運行している。

 

 全区間が単線、つまり1本のレールを上下線で共有しており、各列車は待避線を有する駅で、進路を交換している。

 そのため、遠州鉄道の電車は、始発から最終まで、その全てが各駅停車で運行されており、無論駅以外での退避場所や複線区間、他線との接続ポイントはない。


 完全に独立した鉄道路線のはず――だった。

 

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